第4話 青空

どこまでも青い。

今日は東京都美術館にきて東山魁夷の展覧会を見に来た。

青い。

青い。

青い。


こころは珍しく大人しかった。

黙ったまま絵を見続ける。

ふいに僕の方を振り向たら涙を流していた。


「一馬君、死なないでね」


僕は急な無茶ぶりに面食らって何も言えず黙ってうなずいた。


「本当だよ。わかってる?死ぬってことがどういうことか?本当に死んだらダメだよ!」

「わかったから落ち着こう。どうした?今日は変だよ?頓服でも飲むか?」

「いや!一馬君死なないで!」

「お客様お静かにお願いいたします」


近寄ってきた学芸員が怪訝そうに注意して元の椅子に戻っていった。


「今日はもう帰ろう。もうすぐ8時だぞ。御徒町で一杯やるか?」

「入谷がいい」

「入谷?日比谷線の入谷まで行くのか?」

「入谷がいい!」

「わかった。入谷にしよう」


そして、僕たちは日比谷線に乗って入谷まで行った。

対して店もない下町だった。

僕たちはこころの希望により、牛丼屋に入った。

まだ、こころは黙っている。

牛丼が運ばれてきて、早速僕は食べようとしたが、こころは箸に手を付けなかった。


「坂下さんどうしたの?今日の坂下さん朝から変だよ。美術館でも」

「命日なの」

「え?」

「昔の恋人の」

「ごめん」

なぜだか僕は謝っていた。

「入谷は恋人と同棲していた場所なの。10年前かな。もう10年もたつのね」

「うん」

「青い画面を見てたら、青空に上っていく恋人を思い浮かべてて。それで一馬君まで天国行っちゃったらどうしようって」

「僕は行かないよ」

「行かないでね。一馬君がもし死ぬことがあれば、わたしもいなくなるから」

「おいよせよ。それに坂下さんには和樹さんがいるじゃないか」

「和樹はね。恋人の弟なの。恋人でもなんでもないのよ。わたしと死んだ彼のことを歌のネタにしているだけなのよ。ずるいのよあの子」

「え?じゃー、本当に和樹さんとは関係あったんだ。ただの熱烈なファンの妄想かと思ってた」

「ひっどーい。統合失調症を馬鹿にしてるー。ただの妄想じゃなくて、恋人の弟なのにー」


やっとこころは笑ってくれた。


「さあ食べよう。冷めちゃうぞ。食べ終わったら入谷を歩くか?」

「明日、和樹の家族と法要があるからその時にする。ごめんね。今日は。でも、本当に死なないでね?」

「死なないよー」

「約束だよ」

「約束」


気が付けば店の中には僕たち二人しかいなかった。

冷めた牛丼を二人で黙って食べながら、明るいこころの触れてはいけない過去に触れてしまった残りの今日一日をどうすごせばいいか悩んでいた。





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