第6話



 彼女がその病気だと知ったのは、高校生活も大詰め、3年生の秋ごろだった。ちょうど今と同じくらいの時期だったように思う。

 模試が終わり、携帯の電源を入れると彼女から『彼岸花を見に行きたい』と懐かしい文面のメールが届いていた。

 送信時間は模試の最中となっていて、またさぼったのかと呆れたけど、深くは考えずに落ち合う約束をして、中学校の時に自転車を漕いだ道を今度はバスで向かった。


 すでに日の落ちた小川の土手には彼女らしき人影あった。

 「彼岸花枯れちゃってるね。暗くなってからの枯れている彼岸花はなかなかにおどろおどろしいね」

 僕は彼女の後姿に声をかける。

 「……本当にね。今年は早く枯れちゃったね」

 「そういえば、模試をさぼったでしょ。最近は授業もさぼることがあるし、いくら成績が良いからって油断していると痛い目見るよ」

 彼女は僕とは違って、成績もよい。僕はどうやら効率が悪いらしく、勉強時間と成績が一致しない。大学は、募集人員の多い、という曖昧な理由から近くの大学の経済学部を受ける予定だ。

 こんな僕が受験に失敗することはあっても、万が一にも彼女が痛い目を見ることはないだろうなとは思っていたけど、模試の疲れから、つい小言を言ってしまう。


 「…心の準備をしていてね。受け忘れちゃったよ」

 そのまま、にんまりと笑って彼女は続ける。

 「私、どうやら死んでしまうみたいだ。余命っていうの、聞いてきた」


 ……言っている意味が分からない。僕は小学生の時に戻ったみたいに言葉が浮かんでこなかった。

 「学校を何回か休んで2つの病院で検査をしたから間違いないみたい。見つかった時にはね。もう遅かったってさ」

 にんまり笑っている彼女を見て、本当のことだと悟った。彼女はいつも本当のことをにんまりと笑いながら伝える。


 「…いつ……から……」

 ‘まで’と言う言葉は、口に出してしまうと現実になってしまいそうで、ぎりぎりで飲み込んだ。

 「分かったのは少し前。私が聞いたのは本当に最近だよ。お父さんやお母さんも私に余命を伝えるべきか相当悩んだみたい」

 勘が良い彼女は、僕が飲み込んだ‘まで’も答えてくれる。

 「おおよそ一年くらいじゃないかってさ。もちろん、もっと早い場合も、もっと遅い場合もあるみたいだけど。5年生存率は5%くらいだってさ」


 僕は大げさでなく、世界が崩れるんじゃないかって思った。支えがないと、立っていられないような気がして、


 僕らは初めて、ハグをした。

 

 彼女は「枯れかけの、おどろおどろしいところでムードがない」だの「秋とはいえ、夜は寒い。寒さマジックにかかってしまった。

 全部、秋のせいだ」などと憎まれ口を叩いていたけど、顔は上気しているように見えたのは僕の自惚れだろうか。僕も頭が真っ白で、その辺りはよく分からない。


 僕は、真っ白な頭で、どうにか考えようとしていた。これからのことを。とにかく、衝撃的な告白をされた後で、自分の気持ちを伝えてしまうのは、どこか卑怯な気がして、僕はこれ以上、先に進むための言葉はついに言えなかった。

 彼女の性格からすると「ハグをしておいて、そこで止まる方が卑怯よ」と怒り出しそうなものだけれど。

  


 それからの彼女は必死に生きた。

 僕も負けないように、少しでも彼女に近づけるように、必死だった。生まれて初めて、親に頭を下げて、医療系の大学に行かせてもらえるようにお願いをした。

 経済学部を受けようと思っていた僕には、勉強の足りない科目がいっぱいあった。秋から志望を変えることに、親は驚いていたけど、初めて僕が明確な目標をもって希望を伝えたことの方が、驚きだったみたいだ。有難いことに両親は、僕の初めてのわがままを快く許してくれた。


 彼女は今まで以上に、見る前に飛べ、を体現するように、いろいろなわがままを僕にぶつけてきた。そんな彼女に感化され、僕も進路を変更したのだから、彼女のことをとやかく言えないのかもしれない。

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