第2話

 僕とその初恋の彼女が出会ったのは小学生6年生だった。少し変わっていて、でもとても魅力的な彼女は学校でも目立つ存在で、僕は初めて同じクラスになった彼女のことをそれ以前にも一方的に認識はしていた。

 しかし、話をしたり交流をし始めたのは6年生になってから。それも、彼岸花が一斉に咲き誇ったころ。少しずつ朝夕が肌寒くなってきたころだ。


 僕は授業が終わるとクラスメイトたちから離れて、一目散に家へ帰るようにしていた。

今よりもさらに輪をかけて内向的だった僕は、学校に行くと常に気を張ってしまう。

 相手に不快な思いをさせていないか、何か至らないことがあったのではないか、僕は常に考え、悩んでいた。その結果、僕は存在感を消し、誰とも話さないようになっていた。 クラスメイトと話す必要があった日には、夜寝るときに、その会話を思い出して、なぜもっとマシなことが言えなかったのかと、布団の中でバタバタと身悶えした。

 だから、もちろん学校に残り、誰かと遊ぶこともなかった。休日には1週間の心労が出るのか、いつも体調を崩し、家から出ずにただ寝ていた。

 もうこの頃には、漠然と、でも確信をもって、思っていた。

 僕はきっとこの先も独りぼっちで、たいした楽しみも見いだせないまま生きていくんだ、と。


 その日、家に帰った僕は、まず宿題をしなきゃと思い、勉強机に学習帳を開いた。そこで気づいたんだ。ランドセルの中に筆箱がないことに。教室に忘れてきたみたいだ。

 机の引き出しにはまだ削られていない新品の鉛筆しか入っていない。教室にあるのに新しいのを削ることは、その当時とても悪いことのように思われ、教室まで取りに行こうと決心した。

 通学路などのルールはしっかりと守る僕だったけれど、その時は一度帰っているし、早く取りに行きたい気持ちから、途中にあるバラ公園を突っ切って少しでも近道をしようとした。


 バラ公園と呼ばれるそこは広く、ゲートボールや夏のラジオ体操、盆踊りを行う土のグラウンドの隣にその呼び名の理由となっているバラの花壇で四方を囲まれた広い原っぱがある。

 僕はグラウンドには近寄らないように原っぱを走った。案の定、グラウンドの方ではクラスの元気な子たちが、他のクラスの子たちとドッヂボールをしていた。

 クラスメイトに見つからないようにバラに隠れて進んでいると何か柔らかいものに躓いた。

 

 「痛っ」急に誰かの声が聞こえる。僕は状況も飲み込めないまま、とにかく謝る。

 「ごめんなさい、ごめんなさい」何に躓いたのか、声の主は誰なのか、何が起こったのか。訳も分からず慌てて周りを確認すると、そこには女の子が寝転んでいた。

 ドッヂボールを気にしていて寝転んでいる女の子に気が付かなかったようだ。

 でもなぜこんなところで寝転んでいるのか、怪我をさせてしまっていないか、怒っているのだろうか、状況が分からず、すごい勢いで様々な考えが頭をめぐる。


 「おー、君か。同じクラスだけど話したことないね、はじめまして。ごめんね、こんなところで寝てて」

 「…は、初め、まして…」

 この時に初めて女の子の顔を見て、同じクラスの子だと気づいて一層慌てる。

 「ハイジがさ、干草のベッドで寝てたんだ。すごく気持ち良さそうで。昨日のうちに頑張って草を抜いて乾かしておいたんだけれど。量も少ないのか寝心地はイマイチだったよ」

 予期せぬ情報がいっぱい入ってきて僕はパンクしてしまったのだろう。とにかく謝りながら、回れ右をして来た道を走って帰ったんだ。

 まぁ今の僕でもこの状況に置かれたら対処できる自信はないけどね。それに当時の僕はクラスの男の子たちとも、うまく話ができない。まして女の子なんて誰とも話したこともなかったんだ。

 

 その日は夜に布団に入ってからも、今日あった出来事のことを考えていた。躓いてしまった足の痛みも確認せずに走って帰ってしまったことへの罪悪感、うまく答えられなかったことへの恥ずかしさ、よく分からないことを勢いよく言われたことへの驚き、明日も学校で会わなければいけないことへの気まずさ、同じクラスと覚えていてくれたことへの、少しの嬉しさ。いろいろな感情で変に目がさえて眠れずにいた。

 今になって思えば、あの時から彼女のことを意識するようになったんだろう。

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