第53話

 自分がまず始めたのは金持ちがどこにいるかを知ることだった。

 どれだけ恨んでも居場所が分からなければ意味がない。

 そのために不本意ながらも大学に進学した。有名な大学に進めばそれだけで金持ちと会える可能性は増える。有名大の出身というだけで未だに信用する人間も多かった。

 金持ち達の居場所を調べる方法はいくつか考えたが、その中でも最も効率的なのがあちらから知らせてもらうことだ。

 金持ち向けの金融商品や別荘、高級品のネット販売など色々と案は浮かんだが、最も多く、そして自動で人数が増えていくSNSを活用することにした。

 金持ちだけしか登録できないSNSなら彼らの見栄を刺激できる。そのためにも最初は紹介制度にするべきだ。

 仲間の何人かが入っていれば仲間はずれにされたくない奴らが群がってくる。

 ビジネスに役立つニュースやセミナーの紹介。資産運用などの情報が一つのアプリで調べられるようにすればそれ目当てで人が増えるとも考えた。

 自分は起業したいが口癖の意識だけは高い奴らを見つけると高校時代に学んだプログラミングで作ったアプリの原型を見せた。

 有名なアプリと似たような操作性を施したそれを自分の知り合いが作ったと偽り、買い取ってくれる人を探していると告げた。

 アプリを見た先輩はすぐに乗り気になり、これを運用させてほしいと頼んできた。

 自分はあくまで仲介役。そういう立ち回りで存在しない第三者を作り上げると売買はすぐに決まった。

 アプリ自体を一円で売り、それとは別に純利益の一%を匿名性の高い仮想通貨で払うことで契約は成立した。

 本当の目的はアプリで儲けることじゃない。予め仕込んでおいたバックドアによって金持ち達の情報を得ることだ。

 自分は時折助言をしながら先輩達にアプリを運用させ、遂にはマザーズに上場するまでになった。大金を手に入れた頃には既に先輩は卒業し、自分とはなるべくコンタクトを取らないようにしていた。

 当たり前だ。後から分け前をよこせと言われたら鬱陶しいだろう。

 だけどそのおかげで開発者が自分だと知られることも永遠になくなった。

 自分は定期的に暗号化した顧客情報を手に入れられるようになった。最初の内に完成度を高めておいたおかげで基本的なプログラムを見直されないようにもなっている。機能を追加する時は自分が作り上げた第三者に相談するように言えば改竄はまずできない。

 彼らが稼いだカネはネット上に作った仮想通貨のウォレットに貯まっていき、ブームに乗って何百倍にも価値が増えた。

 だがこれではまだ準備の一段階目でしかない。

 第二段階として金持ち達を脅す必要がある。

 脅すには目の前でナイフをちらつかせるだけでは不十分だ。それだけでは人は危機感を覚えない。

 本当に危ないと思うのは自分と同じような人間が隣で刺されている時だ。

 次は自分かもしれない。そう思わせ続ける必要がある。

 そのためには実際に危害を加えなければいけなかった。

 それを自分がやると最後の目的が達成できなくなる可能性が高い。なので人手を集める必要があった。

 それが無敵同盟だ。

 正直誰でもよかった。だけど一人目、リーダーだけは条件があった。

 まずは人を殺せる者。カネを恨んでいる者。そして何より自らも死ねる必要がある。

 金持ちに恐怖を与えるだけでは不十分だ。人は恐怖を持続できない。持続するためにはいつまでも残らなければならなかった。

 恐怖を持続させるためには想像させなければならない。人が真に恐怖するのは想像した時だからだ。

 もしかしたら殺されるかもしれない。そう思わせ続けるのに必要なのは一人の狂った殺人鬼と、それを崇拝し、無限に増え続ける信者達だ。

 無敵同盟は誰でも入れる。そして入ればリストを渡され、それを使って行動に移ることが可能だ。

 誰か一人を捕まえても終わりはない。

 そして首謀者が死亡すれば計画の全貌は永遠に闇の中に葬られる。そのためにも首謀者は死ぬ必要があった。

 なによりも死ぬ覚悟で動ける人間は恐ろしい。自分が死んでもいいと思っているのなら全てのリスクや倫理観による鎖は意味を成さない。

 人は規律の中にいる。社会的にマイナスな評価を受けると社会の中で生きていくのが困難だから法律を守る。

 だが、死ねば何事も関係ない。

 無責任であり、最大級の責任を負うことでもある。それが死だ。

 しかし現代で死んでもいいからなにかをやり遂げたいと思う人間はほとんどいないだろう。

 自殺志望者は吐き捨てるほどいるが、彼らは逃げたくて死を選んでいるにすぎない。

 そうではなく攻め。攻めの死を遂げられる人間がどれほどいるだろうか。そっちの方がよっぽど狂っていると言えるだろう。

 しかしいないわけではない。その証拠に一定間隔でそう言ったタイプの犯罪者が発生している。

 自分はそんな犯罪者が発生しやすい場所や条件を探した。

 多いのは家庭に問題を抱えているタイプだが、そんな家庭を見つけ出すのは困難だ。

 次に社会的に排斥されている人達。ひきこもりなどにも会ったが、彼らのほとんどは内向的で他人に迷惑をかける度胸もない。

 最後に行き着いたのはホームレスが集まる公園だった。そこでボランティアに混じり、合致する人物を探した。

 しかしほとんどのホームレスは根が優しかった。他人に迷惑をかけたくないから助けも頼まずに公園で寝泊まりしている。

 元犯罪者もいるが、どれも窃盗などの軽犯罪ばかりだった。

 そこで自分は考えた。いないなら作り出せば良い。

 人を殺せるような人間が見つからないなら、人を殺す理由を作ってあげればいいのだ。

 そして運良く、そして運悪く自分の父親は他人を不幸のどん底に追い落とした人間だった。

 金銭的な負担の末、ホームレスやそれに近い状態になった者はいないか。

 自分は父親のパソコンから関係者だけが見られるファイルを閲覧し、そしてようやく見つけた。

 石丸と言う男は借金のせいで母親を亡くしている。そしてその借金の原因を作ったのが自分の父親だった。

 運命だと思った。自分は石丸を探し、そしてとうとう見つけた。

 彼は仕事を辞めてホームレスになっていた。

 石丸を調べ、彼の性格や行動のくせを観察し続けた。

 そして偶然を装って彼に近づき、話を持ちかけた。

 彼にとっての復讐の話だ。

 自分の素性もどうしたいのかも全て話した。情報を与え、選択肢を増やすことで誘導する。

 死にたいと思っている人間に鬱憤を晴らせる機会を与えれば自ずとそれを選択するはずだと思った。

 予想は当たり、石丸はメンバーに加わった。石丸からすれば親の仇を取る絶好のチャンスだ。見過ごせるわけもない。

 得難かったリーダー格の人物を手に入れた。残りは誰でもいいが自分の計画を実施するためにあと二人は欲しかった。

 求めていたのは躊躇なく犯罪を行える者か、その場の空気に流されやすい者。

 結果的に時間はかかったがその両方が手に入った。

 石丸が人を集めている間、自分は計画に使う携帯や車両などを集めていた。買うための資金は既に捨てるほど持っている。

 スマホについては裏社会の人間にカネを払ってなんとかなったが、足が付かない車を探すのは大変だった。

 盗難も考えたが、それだと盗んでいる間に捕まるリスクが高い。

 そこで利用したのが放置車両だ。都内だとあまりないが、郊外で人気のない場所に行けば放置された車両が置いてあることは多い。

 自分は車の窃盗団が多い地域を周り、よく盗まれる高級車を把握し、夜中に近くを見張った。

 一ヶ月ほどで窃盗団を見つけると、仕事終わりの彼らをつけた。

 欲しいのは彼らの道具だ。彼らもまさか自分達の商売道具が狙われるとは思ってもいないだろう。例え盗まれても警察に届けるわけにもいかない。

 自宅に保管していたので、寝ている間に侵入し、バットで襲うだけだ。道具の管理は思っていたより杜撰で、それほど危険を冒さずに手に入った。

 道具が手に入ると放置された車両を使えるようにし、自分で運転して配置した。

 人と道具が集まり、準備は整った。

 まず第一の事件だ。

 最初の事件から派手に行くと本当の目的を悟られてしまう。後に無敵同盟の仕業だと分かる形がよかった。警戒されると次の事件がやりにくくなるからだ。

 自分の兄、香取俊介が普段どういう生活をしているか。それは誰よりも弟の自分が分かっている。

 性格から行動パターンまで全てだ。成金でもあり、目的を悟られずに殺すのにはうってつけだった。

 両親との食事からの帰り、食べ終わると父親は兄を家まで送ると言ったが、兄は大通りまででいいと答えた。

 これは自分が運動不足だと頭の動きも悪くなるしモテないと言い、そうなるように仕向けたからだ。

 自分は兄の家の周りに細い道が多く、一度車で入ると出るのに時間がかかるのを知っていたし、メリットが二つあるなら兄が歩くことを選択すると思っていた。

 時間を節約し、人に迷惑をかけない。昔から周りの評価を気にしつつ、合理性も持ち合わせる兄らしい選択だった。

 人は自宅の周りだと警戒が解ける。何度も通っている道なら尚更そうだ。

 そこが防犯カメラのない地区だとしても通る時間が一分にも満たないならわざわざ辺りを確認したりしない。

 数日前から放置されている冷蔵庫に自分を殺そうと思っている人間が木製バットを持って待機しているなんて夢に思わないだろう。

 冷蔵庫には穴を開け、空気の通り道を作り、寒さ対策のためにカイロも用意した。食料は持ち込み、足りなくなれば深夜に持ち込み、ひたすらチャンスを待つ。

 警察も男が被害者を後ろから追っていく姿がカメラに写っていれば間違いなく怪しむだろうが、二日前に路地へと消えた男を容疑者とするのは難しいはずだ。

 あとは兄が路地に入ると共に石丸と連絡を取り、前もって冷蔵庫から出て暗闇に隠れていればいい。

 夜に目を慣らしておけば無防備な兄の後頭部を殴るのは簡単だっただろう。

 殺したあとは暗がりに死体を移動させ、冷蔵庫の中の痕跡を拭き取り、仲間が待つ場所まで行く。

 大きめのスーツケースに入れば路地に入った男は永遠に消え去ったままだ。

 ただし、後々世間にあれが自分達の犯罪だと分からせる必要がある。でなければ恐怖を植え付けるために再び人を殺さないといけない。それは極めてリスキーで非効率だ。

 人はそう簡単に他人を殺せない。恨みがあるならともかく、関係もない赤の他人を殺すことは難しい。

 そのことも考慮し、無敵同盟のシンボルである星のマークを印刷したカードを使った。これも市販品でどこでも手に入るものだ。

 石丸が本当に人を殺せるか不安だったが、杞憂に終わり、次の段階へ進めむことができた。

 まだ協力するか不安だった田端を縛り付けることにも成功し、最初の山場を越えた。

 二つ目の事件は無敵同盟として必要なことだった。

 自分達の存在を見せつけ、社会に認めさせる。こちらはカネへの復讐だ。

 問題となるのはターゲットだった。個人的にはある程度有名だったら誰でもよかったが、それだけだと退路に問題がある。

 警察を出し抜くには予想もできない場所から出て行くか、そこに隠れる必要がある。でなければ防犯カメラの映像を頼りにすぐ捕まってしまうだろう。

 自分は大学の中に有名人で金持ちの奴と同じマンションに住んでいる者を探した。

 マンションを選んだのは理由がある。一軒家だと中に入るのが大変な上、逃げ場が多いので身柄の確保が難しいが、マンションだと基本的に出口は一つしかない。

 有名私立は金持ちの子供が多い。マンションを買い与えているような親を持つ子供は有名人と同じ建物だと自慢したくなるものだ。

 実際何人かが条件に添う物件に住んでいた。その中でも一晩誘い出せる女を狙い近づいた。仲良くなるのにあまり時間はかからなかった。

 決行当日。自分は女とデートをしている途中に鞄から鍵を抜き去った。それを公衆トイレに隠して石丸に取りに来させる。そのまま彼女とホテルへ行き、一晩過ごせば部屋の中はもぬけの殻だ。

 翌日、石丸がマンションから抜け出したあとに同様の方法で回収した鍵を彼女の鞄に入れておけば盗まれたことなど気付かない。

 ターゲットになったユーチューバーだが、最初はある程度痛めつけるくらいで終えるはずだった。

 拷問してカネを寄付させ、それを全世界に配信する。これだけで無敵同盟は十分有名になれる。

 編集した映像を流し、時間を稼げばあとは悠々と脱出できるはずだ。怪我の治療があるから炎上君からの証言はすぐに得られない。その間に火事でパニックを起こした住人がマンション内で動き回れば警察はそちらを注視せざる得ないだろう。

 しかし一つだけ誤算があった。炎上君を調べている内に、過去の発言が見つかったことだ。

 炎上君は石丸の母親がカネを失ったあの事件のことに対して、過去に発言していたのが分かった。

 騙される方が悪い。馬鹿は調べないし考えないからカネを奪われる。

 それはある意味正論だが、事件で唯一の肉親を失った石丸には我慢ならないものだったのだろう。

 結果的に石丸はガソリンを炎上君の足にかけ、燃やしてしまった。

 一瞬もし警察が炎上君の過去の動画と石丸を結びつけたらどうしようかと思ったが、投稿された動画は数百にも及ぶ。しかもほとんどが他人の悪口だ。条件の合う発言も数分だけだし、この中からあの銀行と炎上君を結びつけるのは不可能とは言わないまでも時間がかかるだろう。

 炎上君を燃やしたことは驚いたが、収穫もあった。火傷のせいで緊急手術による時間を稼げたし、なんより石丸は復讐のためなら躊躇なく人を痛めつけられる者になれた。

 それこそ本当に無敵だ。ここが一連の分水嶺だったと思う。

 第三の事件は人々に無敵同盟が本気であると分からせることにあった。

 不特定多数を狙った爆弾事件は無敵同盟の危なさを伝えると同時に、我々が本気で金持ちを目標としていることを知らしめることができる。

 それでも無差別に爆弾を使えば誰かを死なせてしまう。無関係な人間を殺せば石丸がやめると言いかねない。

 そこで爆弾はあくまで脅しとして使うことにした。タイマーを開けてから二分後に起爆するようにしたのはそのためだ。

 目的はあくまで無敵同盟の宣伝であり、後々に繋げることだった。

 だが一人だけ個別で狙った者がいる。

 それがタレントの斉藤だ。斉藤は真面目な性格から様々な企業のイメージキャラクターに使われている。

 その中の一つに石丸の母親が死ぬ原因となった投資もあった。

 石丸は母親がその投資を選んだ一因に彼があると考えていた。昔から好きな俳優だったから安心したんだろうと言っていた。

 だから斉藤の爆弾だけはタイマーをわざと起動しないようにしておき、開けた瞬間爆発するようにしておいた。

 元々誰か一人くらいは傷つけるつもりだった。でないと危機感を煽れず、たいしたことがないと思わせてしまう。

 自分は選べないならランダムでいいと告げたが、石丸は斉藤を選び、爆破した。

 警察もいつかは斉藤と最初に死んだ香取俊介、そして炎上君の発言を結びつけるだろうが、すぐさま逃げれば問題ない。

 大事なのは最後の事件に辿り着くことであり、石丸の素性や動機がバレることではないからだ。

 自分はできる限り本懐を見誤らせ、同時に未来に残るための布石となる。そうなるようにデザインした。

 三つ目の事件までに考えたのがとにかく捕まらないことだ。なによりもそれを最優先した。

 捕まれば計画がそこで終わってしまう。または中断してしまう。自分がまた石丸のような存在を見つけるのはかなり難しい。

 爆弾なら爆発する時間を自由に選べる。置いてから逃げることも容易だ。それらと社会への影響を考慮して選んだものだった。

 警察から逃亡するのはそれほど難しくない。映像に残らないこと。そして目撃者を出さないこと。この二つを両立すればいい。

 警察という組織はどこまでも証拠がないと動けない。もしくは現行犯でないと捕まえられないという腰の重さがある。

 証拠として手っ取り早いのがその二つで、DNA鑑定などは時間がかかるため映像などが優先される。

 最善手は映像に残らないこと。次点が映像に残っても足取りが分からないことだ。

 日本の公道にはNシステムがあるし、街の中には防犯カメラが張り巡らされている。

 これらからから逃げるのに一番手っ取り早いのが自然の中に隠れることだ。冬の山なら追っ手もそうは来ないだろう。

 別荘は父親の知り合いが所有しているものを無断で使った。長年放置されているのに加え、夏しか使ってなかったのだから誰かが来ることもない。

 そこに盗んでおいた車を前もって持って行き、また東京に戻れるように他の車も準備した。

 ここでしばらく潜伏してもらったのには訳がある。

 一つ目は世の中に無敵同盟のことを忘れさせないためだ。

 人は一度きりのことは忘れてしまう。しかし何度も起きたことについては深く記憶するものだ。

 炎上君の事件と爆弾事件は続けざまに起きたせいである種一つの事件として認識されている。

 だがそれでも記憶に残らない。記憶に残らせるためには議論させ、そしてそれが継続する必要があった。

 そしてそれは長ければ長いほどよく、終わらなければ尚いい。

 無敵同盟の目的はシンプルだ。格差をなくすために金持ちを脅す。

 人の感覚とは恐ろしいもので、大きなものが小さなものを傷つけるのは許せなくても、その逆は許せる場合が多々ある。

 そういう人達が不満のはけ口に金持ちへの暴力を肯定する時間が必要だった。

 諸悪の根源はカネなのだから金持ちも貧乏人も総じて被害者と言えるけど、カネを一点に集めることが歪みを産んでいるのもたしかだ。

 なにより貧しい人からすれば自分の環境が良くなるかもしれないなら応援する者も出てくるだろう。

 予想通り模倣犯も出ており、人々の記憶に無敵同盟は深く刻まれることになった。

 潜伏してもらった二つ目の理由は最後の事件の計画が固まりきってなかったから。

 このご時世だ。いつコロナで卒業式がなくなるか分からない。なくなった場合は別の手を考えなければならなかった。

 その心配がなくなり、卒業式が無事行われることを確認する必要があった。

 三つ目はそのあとに続く関係性を作ること。

 自分が死んだあとも無敵同盟は生き続けないといけない。少なくとも第二第三の無敵同盟が自然発生するまでの期間はあり続ける必要があった。

 そのための協力者を作る必要がある。もちろん計画は話せない。しかし協力したい、またはせざる得ない状況は作り出せる。

 それに尽力した。

 そして最後の事件だ。

 今までの事件はこの事件のためにあった。

 全てがここに繋がっていた。なにもかもがだ。

 大臣の娘を拉致して交渉。そんなことが現実的に不可能なのは少し考えれば誰でも分かる。

 でも人は成功体験を捨てられないものだ。一度成功すれば次も。そしてその次もと求めたくなる。たとえリスクが大きくても成功する確率がゼロでないなら成功してきた自分ならできるのではと思ってしまう。

 一つ目の事件は誰にも警戒されてなかった。二度目の事件も気をつけるのは逃げる時だけでよかった。三度目の事件は言ってしまえばピンポンダッシュみたいなものでリスクはかなり小さい。

 こうして積み上げた成功体験を最後のために利用した。自分達ならできると思わせ、実行させることには成功した。

 だが本当に計画が成功してもらってはこちらが困る。

 自分の本当の目的は自分の父親である香取浩一への復讐と、カネという存在への反逆なのだから。

 卒業式のあとのパーティーを提案したのは自分だった。ホテルの部屋を借り、そこで飲み食いしながら語り合う。そのホテルは自分の父親の知り合いが支配人をしているから格安で借りられた。

 それにかんしては誰も否定しなかった。問題は移動だ。ハイヤーで行こうと言う者もいた。金持ちの息子だ。

 そう言われることも想定済みだ。まずパーティーに誘う人数を増やした。そしてその中にカネのない者を何人か入れる。そうすればわざわざ二駅先の場所までハイヤーで行こうなんて考えは却下される。

 カネを出すと言う者もいたが、最後くらいいつも乗っていた電車で行こうと自分が言うとみんな了承した。

 もう一つの条件である大臣の娘、倉田美香子だが、こちらは簡単だ。美香子は自分に好意を寄せていることは周知の事実だ。自分が誘えば間違いなく来る。

 あとは電車に乗り、美香子と周りが離れるような位置に付けばいい。学校からずっと自分の左側にいるようにしてれば自然とドアの近くに配置できる。

 あとは石丸がナイフを持っていることを叫び、人質を代われば終わりだ。

 警察が集まる前に石丸は自分を殺し、そして石丸自身も死刑となる。

 最初から死ぬのが目的だった。

 父親の性格は熟知している。父親もまたエリートの家の出身で、他人を見下し、身内にしか興味がない。

 なら父親に対して最大の復讐はなにか?

 それは子供を殺し、その存在と資産を未来に受け継がせないようにすることだ。

 成功し、子供を莫大な投資をしてそれを受け継がせる。金持ち達が永遠に繰り返してきたが子供を殺せば意味がない。

 兄を殺し、自分を殺し、今まで貯めてきたカネの使い道を封鎖する。

 六十を過ぎ、あとはゆっくりと暮らすしかない父の余生を徹底的に痛めつけるにはこれが一番効率的だった。

 父親は一人っ子で両親は既に他界している。母親は病気がちで、そこまで長生きはできないだろう。資産を受け継ぐ者はもういない。あとは死んで国庫に没収されるだけだ。

 自分の苦しみを考えれば父親を殺すだけでは生ぬるい。

 これから死ぬまで使い道もないカネと共に過ごし、それを守り、最後は死によって奪われる。

 それがカネに操られた挙げ句に人を苦しめ、自分に死よりも重い存在そのものがたまらないような痛みを与えた者への復讐だった。

 そして自分もカネから離れるためには死ぬしかない。死んだらカネはただの紙だ。縛られることはなくなり、自由になる。

 なによりリメインという存在を永遠にするためには不可欠だった。

 捕まれば神話は終わる。捕まらなければ終わらない。いつまでもいつまでも可能性という名の物語は続いていく。

 死こそが自分にとっての最善手だった。

 だからこそ石丸には人を殺せる人間になっておいて欲しかった。そしてそれは先の事件によって成されたはずだった。

 しかし石丸は躊躇した。いつまで経っても自分を殺せない。既にリメインの存在が周知された後でもだ。

 このまま行けば警察の特殊部隊に囲まれ、下手をすればメンバーだけが狙撃されて死ぬ。

 自分が生き残り、どこかで捕まってしまえば計画は失敗に終わりかねない。それだけは許せなかった。

 石丸は根本的には優しい人間だ。今回の事件も復讐だと分かっていなければ参加すらできなかっただろう。

 自分は石丸に生きる意味を与えた人間でもある。そんな自分を殺せないのはある意味当たり前なのかもしれない。

 それでも自分が生きていれば復讐は成立せず、未来に渡るカネへの抵抗も達成できない。

 どうにかして石丸に自分を殺させる必要があった。

 石丸が最も触れられたくない箇所が母親だ。そこを煽り、刺させることには成功した。だけどこのままだと足りない。致命傷にはまだまだだ。

 それでも石丸は揺らいでいる。そこで自分は次に石丸の心理に働きかけた。

 心理的リアクタンス。

 カリギュラ効果とも言われるこれはできない、やるなと言われると返ってやりたくなる効果がある。

 このまま行けば石丸は死刑になるだろう。

 それでも無敵であると証明するにはまだ足りない。衆目の前で人を殺してこそ人々は真に無敵同盟を怖れ、カネを恐れるはずだ。

 目的のためなら死ねると言った人間がいざとなれば誰も殺せず、自分だけ生き延びてはなんの説得力もない。

 そうなれば無敵同盟そのものが崩壊してしまうだろう。

 それでは今までとなにも変わらない。

 社会に馬鹿にされ続けてきた彼らが死後もその辱めを受けるのだけは耐えきれないはずだ。

 石丸もそれに気づき、そして最後にこう言った。

「あなたに出会えてよかった」

 石丸はナイフを突き刺した時、痛みと熱さ、そして息ができないつらさを感じながら自分は安堵した。

 これでようやく終わる。ようやく死ねる。苦しみから解放される。

 銃声が聞こえ、自分の前で誰かが倒れた。

 一人じゃない。

 生まれて初めてそう思えた。

 すると全ての痛みは消えていき、安心感と幸福感が全身を包んだ。

 こうして僕、香取蒼真の命は終わった。

 だけどリメインは残り続ける。

 いつまでも、いつまでも。

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