第51話
デスクに戻ってもさっきの取り調べが気になった。
学生からナイフが見えないのはたしかだ。だけどそれだけでの理由で怪しむと言うのもおかしい。
電車の窓に映ったものを見たのかもしれないし、なにかの隙に一瞬だけ見えた可能性もある。
なにより自分の友達に何かを突きつけられているのが見え、それが分からないまま予想で言った可能性が高い。
なんにせよ真相は分からない。学生も、彼を殺した石丸も既にこの世にはいないのだから。
「なにか分かりました?」
俺が悩んでいると梅田がお湯を入れたカップ麺を自分のデスクに置いて尋ねてきた。俺は椅子の背もたれにもたれた。
「いや、分からないことだらけだ」
梅田はカップ麺の蓋を開けると中身を箸で混ぜた。
「でも今回の事件ってなんだったんでしょうね?」
「なにって?」
「だって結局無敵同盟の目的はよく分からなかったじゃないですか」
「分からなくはないだろ。格差の拡大を是正しろってことだ」
「いや、それは分かるんですけど、ならなんで奴らは香取を殺したんですか?」
「それは香取が金持ちだからだろ」
「それだけなんですかねえ。香取だって炎上君だって言ったら成金ですよ。しかも彼らよりお金持っている人はいくらでもいるわけだし。なんで彼らが選ばれたのかが未だに分からないんですけど」
「……それは石丸にしか分からないだろうな。田端も橋爪も聞かされてないって言ってたし。でもなにかがあったんだろ」
「なにがですか?」
「狙いやすさとか、むかついてたとか、そんな理由が」
「ええ~。そんな理由で殺しますかねえ?」
「殺してるんだから仕方ないだろ。石丸と二人にはなんの関係もないことが分かってるんだ。会ったこともないし、話したこともない。そもそもホームレスの石丸と資産家の二人に接点なんてないしな。住んでる場所も離れてた。なら考えられるのは一つだろ」
「テキトーに選んでテキトーに襲った。じゃあ二人はすごく不運ですね。でも爆弾事件の時は本当にそんな感じだったって田端も橋爪も証言してますからしょうがないのかなあ。条件に合う人物を探して狙ったって」
「奴らの敵はこの社会だからな。誰かをピンポイントで狙うより無差別に襲った方が効果がある」
梅田は「う~ん」と唸った。
「まだなにかあるのか?」
「そりゃあありますよ。ていうか浅井さんは気にならないんですか?」
「……最後の被害者か」
梅田はこくんと頷いた。
俺はため息をついて机の上を見る。
そこには事件後に上がってきた報告書が置いてあった。
最後の被害者であるあの学生。
その名前の欄に刻まれた四文字がこの事件をまた複雑にする。
そこにはたしかに香取蒼真と書かれていた。
香取。つまり一人目の被害者である香取俊介の弟だ。
これはただの偶然なのか? それとも別の意図があるのか?
目下調査中だが、今のところ香取蒼真と無敵同盟の関係性は認められていない。
だが石丸が香取兄弟に恨みがあったとすれば最初と最後の事件に繋がりはできる。
しかしその場合は真ん中の炎上君傷害事件と無差別爆弾事件の関係性が分からなくなる。
意図的なのか、そうでないのか。
どちらにせよ物的な証拠が出てこない限り、俺達にできるのは想像するだけだった。
梅田がカップ麺を啜る音を聞きながら俺は石丸の最後の表情を思い出していた。
マスクをしてたからはっきりとは分からない。
だけど俺には死に行く石丸が随分安心しているように見えた。
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