第50話
橋爪の取り調べでも出てくる証言は田端のものとあまり違いはなかった。
警察に慣れているのか、こちらは多少余裕があるくらいだ。
「だから言ったっしょ? カネなくて困ってたらいい話があるって言われてついてったんすよ」
「怪しい話だと思わなかったのか?」
「そりゃあ思いましたよ。出し子か強盗の誘いだろうなって。でもそんなのよりいい話でしたね。出し子なんて大したカネも貰えないで捕まるだけっすから。まあ頼んできたら持ち逃げするつもりでしたけど。半グレはヤクザと違って情報収集の網が狭いっすからね。それで何度か稼ぎましたし」
「でも大学生のガキが年寄りに電話かけるのとは訳が違うだろ。なんで協力した?」
橋爪は悪そうに笑った。
「そりゃあカネっすよ。あんだけ色々と手配できるとこだ。どっかにたんまり隠してる。俺の計画だと石丸さんから金主の居所を聞いてかっぱらっちゃおうってはずだったんす。でもあの人いくら聞いても言わないし。まあじゃあ貰えるもんだけ貰ってさっさと次に行こうかなって思ってました」
「いくら貰った?」
「一件百万。全部後払いでした。だから最後のはもらってないっすね。それと最初に五万ほど」
「最初のカネを持って逃げれただろ?」
「もちろん考えましたよ。でも一週間後の計画に付き合ったら百万っすよ? それも現金で見せられたらやっちゃうでしょ」
橋爪はさも当たり前のように言うが普通はそんな大金を見ればかえって怪しむもんだ。
おそらく普通じゃない人間を探してたんだろう。カネさえ払えば動くこいつみたいな奴を。
「お前から見て無敵同盟はどうだった?」
「どうって?」
「組織としてだよ。寄せ集めなのか、詐欺で稼いでる半グレぐらいなのか、それともヤクザレベルなのか」
「どうっすかね~。寄せ集めと言えば寄せ集めっすよ。でも準備にかけるカネとかはそこそこ大きな半グレレベルっすかね。けど計画っつーか、なんていうか、ガキっぽいところも多かったっす」
「ガキっぽい? 成功してるのにか?」
「まあ言い方はあれっすけどね。ほら。犯罪をするような奴って案外アドリブだったりするんすよ。もちろん計画は立てるけど、リスクを排除しきるとかはしない。そんなことをすれば動けなくなりますからね。でもリメインは違った。まず退路から考える。それがないなら絶対にしない。この終わりから考えるってのが馬鹿にはできないんすよ。大抵は俺みたいに刑期より目の前のカネのことを考えちゃう。だから捕まるんすよねえ」
橋爪はやれやれという様子だが、俺の方がやれやれだ。
「でもそれをガキっぽいとは言わないだろ」
「まあそうなんすけど。でもやっぱりガキっぽいんすよ」
「どんなところが?」
俺がそう聞くと橋爪は少し偉そうに言った。
「簡単に言えばあれっすね。現場を知らないってことです」
「現場?」
「犯罪経験って言えばいいっすかね。実際はなんとかなることの方が多いんすよ。ほら。日本人って平和ボケしてるし、犯罪とか暴力に慣れてないから対処の仕方も分からないじゃないっすか」
それは確かに言えている。警察に通報するタイミングが遅かったり、間違った判断を下す市民は多い。そして事態が悪化してから駆け込んでくる。
「そうかもな」
「でしょ? だからそこまで詰めないでもなんとかなるんすよ。でもリメインは違った。相手を馬鹿にしてないって言うか、几帳面すぎるって言うか。とにかく犯罪組織に入ったことがあれば分かりますよ。上の方も馬鹿なんで無茶苦茶言ってきますから。でも下はそれを無理って言えない。で、どんどん無茶なことをしていくんです」
「生憎これから先も犯罪組織に入る予定はねえよ」
「そうなんすか? もったいない。あんたは案外こっち側の人間でしょ?」
橋爪が意外そうにするので俺は苦笑した。
「馬鹿にするな。俺はずっと刑事だよ」
「そういう意味じゃないっすよ。人種って意味です」
「……どうだろうな。でもどうせ虐めるならお前らみたいな馬鹿共の方が楽しいよ」
「ほら。本性が出た」
橋爪はクスクスと笑う。俺は肩をすくめた。
「まあいい。他に気になるところはなかったか? 調査に協力すれば多少刑期は短くなるかもしれないぞ」
「ああ。それなら一つだけあります」
「なんだ?」
「いや、これは事件には全然関係ないことなんすけどね。なんか気になったんですよ。おかしいなあって」
「だからなんだよ?」
俺が苛立つと橋爪は首を傾げた。
「いやね。立て籠もりの時ですよ。俺は体で石丸さんを周りから隠してたんです」
「知ってるよ。それが?」
「だから見えないはずなんです」
「……なにがだ?」
「石丸さんの手元っすよ。いや、仮に見えたとしてもなにを握ってるかまでは分からないはずなんす。後ろは閉まったドアなんだから」
俺は現場を思い返した。たしかに人質を盾にして左右を人で固めればなにも見えないはずだ。
そこで俺はハッとし、橋爪はいやらしい笑みを浮かべて頷いた。
「そうです。だけどあのガキは石丸さんの持ってたものをナイフだって言い当てたんです」
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