第49話

 取調室に連れてこられた田端は日本を騒がしたテロ集団のメンバーと思えないほど大人しかった。

 動機を尋ねるとこれといった過激な思想も持たず、しかし社会に不満はあったと言うだけだ。

 友達もおらず、恋人もいない。そして家族もいなくなった。

 孤独な田端を埋めてくれたのが無敵同盟だと言う。それも自分から入ったと言うよりも半ば強制的に入らされたように思えた。

 分かりやすいほどの手駒だ。正直、こいつのことはどうでもいい。

 俺が聞きたいのは二つ。

 石丸という男のこと。そしてリメインという謎の存在だ。

 それを田端に尋ねるとリメインのことは自分も知らないと答えた。

「知らない存在についていったのか?」

「……知らないと言っても石丸さんは知っていたみたいですし、計画自体は成功してましたから……」

 そう言いながらも田端はどこか不満そうだった。本当のところはリメインという存在を認めてなかったのかもしれない。

 それもそうか。カネを恨んでいたのにカネで動かされた。それに不満を持つということはある程度の信念は持ち合わせていたんだろう。

「石丸はリメインのことを信頼していたのか?」

「……多分ですけど、信頼してました。計画も全てリメインが立ててましたし、とにかくその通りにすれば大丈夫だって感じでした」

「リメインとはどうやって連絡を取っていた?」

「さあ……。分かりません……」

「石丸が持っていたスマホだ」

 俺は透明な袋に入れたスマートフォンを机に置いた。

「中を見たが、リメインと呼ばれる者とのメッセージのやり取りは確認できなかった。通話記録もだ」

「え? でもそんなはずはないです」

「なんでそう思う?」

「だって別荘から逃げる時も連絡があったって言ってたし。それに多分、携帯はたくさん持ってました。使い終わったら捨てていたと思います」

「なるほどな……」

 だとしてもこんな大がかりな計画を前に一度も連絡を取らないなんてありえるだろうか?

 そこで俺はハッとした。

「……そのリメインって奴は本当に存在するのか?」

「え? どういう意味ですか?」

 田端はポカンとする。

「だから、石丸の自作自演なんじゃないのか?」

 今度は田端がハッとした。考え込むと納得したように頷いた。

「……そう……かもしれません……」と納得しかけて田端は首を傾げる。「いや、でも……」

「でも?」

「……変な言い方ですけど、石丸さんにそれができたのかなって」

「どういうことだ? 見ていた分だと石丸はそこそこ頭が切れる感じだったぞ?」

「それはそうだと思います……。あの人は馬鹿じゃない……。でも、カネとか車とかそういうものを準備できたかと言うと……」

「石丸は消費者金融で借りれるだけ借りていた。ヤミ金も合わせればかなりの額だ。それを使ったんじゃないか?」

「お金……だけの問題なんでしょうか?」

「パトロンがいると?」

「そうだと思ってました。そう説明されましたし。でもそれだけじゃないと思うんです……」

「具体的には?」

 田端はしばらく考え込み、そして自信がなさそうに答えた。

「……なんとなくですけど、後ろに誰かがいる安心感みたいなものを感じました」

「……なるほど」

 そういうこともなくはないだろう。一人の人間と支えられている人間じゃ余裕が違う。

 たしかに石丸には余裕を感じた。いや、感じていた。それは立て籠もって時間が経つと失われていくように思えた。

 石丸にとってもあの状況は予想外だったんだろう。

「仮にリメインという人物がいたとして、なにが目的だったんだ?」

「それは動画で言ってた通りだと思いますけど……」

 あの動画で石丸は富裕層の資産の半分を寄付するように言っていた。しかしそれだと最後の立て籠もりと繋がらない。

「それなら金持ちを襲えばいいだろ? そっちの方がリスクが少ない。わざわざ人を誘拐して、それも大臣の娘を捕まえて国と交渉しようなんて、そんなことが本当に成功すると思っていたのか?」

 田端は肩を落とした。

「……難しいとは思ってました。でも計画を聞いたらやれる気がして……」

「それもリメインが考えたと?」

「そう言ってました……」

 いくら話を聞いてもリメインのメリットが分からない。

 暴力に訴えるやり方じゃ温厚な日本人はなにも変わらない。そんなことはある程度の頭があれば分かっていたはずだ。

 それでもリメインは強行した。そして今年の春から有名企業で働くエリートの学生を死なせ、リーダー格の男を失った。

 リスクとリターンが計算できればリスクの大きさとリターンの小ささから立て籠もりなんてことはしないはずだ。

 結果として最悪の状況になり、メンバーの二人は逮捕されている。

 ここから考えられるのは一つ。

「……まだ他に仲間がいるんじゃないのか?」

「え? いや、でも……」

 田端は遅れて俺の言っている意味に気づき、目を見開いた。

「……ぼ、僕たちは捨て駒だったって言いたいんですか?」

 その通りだ。無敵同盟を宣伝するための捨て駒。本体は後ろに隠れていて、次の行動に移るタイミングを待っている。

 そう考えると今回の立て籠もりも納得できた。

「……リメインの他に誰か知らないのか?」

「知りません。だってそれじゃあ……。もしそうだったら石丸さんはなんで死んだのか…………」

 仲間の存在を知らされてないのなら無駄死にとまでは言わないが、利用されて死んだ可能性が高い。

 だが他に仲間がいることを知っていたのなら自分から死んだとも考えられる。

 奴らが名目通り死すら怖れない集団だとしたらだが。

 しかしこれでまた別のことが心配になってきた。

 石丸の偶像化だ。他にも仲間がいるなら自ら命を捧げた英雄として無敵同盟のシンボルになり得る。

 死を美化するなんてまるで特攻隊だ。あれも未来から見れば悲劇だが、あの当時にいれば崇高な行為に思えたんだろう。

 命を供物にして集団が強靱化される。人はいつまでも進歩していないのかもしれない。

 俺はうなだれる田端に尋ねた。

「どうしてここまですんなり話してくれた? 石丸って奴のことは慕ってたんだろ?」

 田端は少し考え、小さく嘆息した。

「……捕まって、安心したんです。逃げ続けるのは恐かった……。ずっとあんな生活を続けろと言われても無理だと思います……。それに自分が尊敬したのは石丸さんでリメインじゃない。組織とかそういうのはどうでもいいんです」

「……なるほどな」

 石丸はもう死んだんだからなにを言っても迷惑はかからない。

 だから自分達がどうやって香取を殺したり、炎上君を襲ったのかも教えてくれた。

 話が本当なら首謀者は間違いなくリメインと石丸だ。田端や橋爪は精々協力者だろう。

 刑期を決めるのは俺じゃないが、オウムの時とは違って無差別に殺したわけじゃない。死刑ってことはないだろう。

 だがどちらにせよこいつらの人生は終わった。

 仮に刑務所から出ても普通に生きるのは難しいだろう。これはそれだけの事件だった。

「……最後に一つ聞きたい。後悔はしてるか?」

 すると田端はゆっくりと顔を上げて微笑した。

「……いいえ。僕の人生はもうとっくに終わってましたから。これからどうなるかは分からないですけど、少しでも世界が変わったならすごいことです。ただ死ぬよりはずっといい」

 なんて目をしやがる。まるで殉教者だ。

「……そうか。今のは調書に書かないでおいておくよ」

 取調室から出て行く時、田端は小さく一礼した。

 どこにでもいる中年の男だが、その時だけはなんだか大きく見えた。

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