第45話
穏やかな天気だった。雲は出てるけど青空が広がっている。
卒業式は学部によって午前と午後に分けられているらしく、ターゲットの娘は午後の部に出る予定らしい。
午前中。僕らは痕跡を消すために掃除をしたり、アルコールで指紋を拭いたりした後、昼過ぎにひっそりと空き家を出た。
その足で近くの駅に向かい、電車に乗って大学のある駅まで向かう。
人が多い場所は久しぶりなので緊張した。外は寒かったが電車内は暑く、しかもマスクと帽子をしているせいで汗をかいた。それを持ってきたハンドタオルで拭くと周りの人と目が合った。
若い女の子だ。写真の娘と歳が近かった。今からこんな子を攫って拷問にかけると思うと益々焦り、汗が噴き出す。
そんな僕を気持ち悪がったのか、女の子は空いていた席へと移動した。
避けられてむっとする反面、僕は安堵していた。
橋爪は女を見てニヤニヤし、余裕を浮かべる一方で石丸さんは黙って静かに立っているだけだ。意識しないと気配すら感じない。
この人は一体なにを考えているんだろうか?
やっていることや言っていることはすごく残酷だけど、本当にそうなのだろうか?
この姿を見ているととてもそんな人には思えない。
だけど躊躇なく人を殺し、若者の足を焼く石丸さんもまたいて、どちらが本当なのか分からなくなる。
そんな疑問も自分達が指名手配犯であるかもしれないことを考えると警戒心に掻き消されていった。
目的の駅に着くと僕らは大学の方へと向かって歩いた。
怪しまれないように別々で行動し、計画通り近くの喫茶店に入る。そこで別々の席に座り、予定まで時間を潰した。
卒業式が終わるまで一時間ほどのはずだ。喫茶店の中も外も学生がちらほら見える。
親が金持ちだったとして、この若者達に罪はあるのだろうか?
そんなことをまた考えてしまう。
だけどいずれ親から遺産を受け継ぎ、そのカネで自分の子供を育てていく。それが連鎖して行き、機会の不平等が大きくなり、今があった。
それは事実で、ならやっぱりどこかでその連鎖を絶たないといつまで経っても貧しさから抜けられない人が出てくるんだ。
その流れは強く、一人では逆らえない。
なにかの記事で読んだことがあるけど、貧しい人間が努力して成功してもその寿命は短いのだそうだ。
考えてみれば当たり前だった。最初に課せられたハンデを克服するには人並み以上の努力をしなければならない。
そうやってようやく周りと同じかそれ以上に立てる。
だけど長くは続かない。
努力とは人より時間や気力体力を一つのことに注ぎ込むことだ。
そんなことをすれば体は摩耗し、せっかく成功してもすぐに人生が終わってしまう。
だがカネがあれば別だ。カネを使えば効率的に動けるし、無駄な体力も使わないで済む。生活ができなくなる心配もしないでいい。
同じ才能があってもスタート地点が違うだけで随分差が付く。それは残酷で、いつだって身の回りに落ちていた。
なのに自分達の努力だけで今の位置に立っていると誤解している奴らはむかついた。
だけど怒りと殺意はまた別だ。
不平等に怒ることと、だから殺すことは違う気がする。
僕はあくまで悪人でなく、善人でいたい。
そうだ。違和感の正体はそれなんだ。
誘拐したあとでいい。石丸さんに拷問はやめようと提案しよう。わざわざ本当に指を切らなくても似せたものを映像で見せれば十分騙せる。女の子にまだ罪はないんだから。
そうだ。そう言おう。終わったあとなら言えるはずだ。
そう思った時だった。
石丸さんが立ち上がり、店を出る。橋爪もそれに続いた。
これがターゲットを見つけた時の合図だった。
僕もゆっくりと立ち上がった。体が重い。意識がぼんやりする。
それでも半ば義務感に駆られ、僕は店をあとにした。
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