第41話
青木の証言を元に周囲の防犯カメラを昼夜を問わずチェックすると、ちょうど近くの図書館のカメラに件の男が写っていた。
青いリュックにテープが貼られている。この男に間違いない。
マスクをしているが、幸いにも水を飲むシーンがあったおかげで顔が分かった。
警察は直ちに男を重要参考人として指名手配。すると目撃者が何人か現れた。中には自分も声を掛けられたと言う男もいた。
そして極めつけが派遣会社からの通報だ。この男を雇ったことがあるという企業からの連絡を受け、免許証を登録していた派遣会社から連絡があった。
男の名は石丸冬馬。四十歳。
名前と年齢が分かればあとは芋づる式に情報が手に入った。
父親は職人だったが、怪我をしてからは働かず、アルコール依存症になり、十年前に腎臓癌で死んでいる。
母親はそんな父親から逃げるように離婚。女手一つで石丸を育てた。金銭的な余裕はなく、石丸は高校時代から週五日でバイトをし、高校卒業後すぐに就職している。
勤務態度は真面目で無駄がない。困っている人がいればいつも助けていた。
しかし母親が事故で亡くなると石丸は会社を辞めた。そこからの足取りはいまいち分からない。
日雇いで働いていたのは分かっているが、ネットカフェを転々としていたらしく、住所は今も不明のままだ。おまけに誰か特定の人と仲が良かったなんて情報もなかった。
この孤独が石丸を犯罪に駆り立てたのだろうか? だがそれだけでこれほどのことをしようとするか?
なにより今回の事件はカネがかかりすぎる。
分かっているだけでも四台の盗難車が使われ、簡単とは言え爆弾も作っている。
間違いなく計画的な犯罪だし、組織的に動いている。
そんなことをこのおっさんができるのか?
カネも人との繋がりもない世間から隔離されたこの男に。
できるわけがない。まず間違いなく裏に誰かがいる。
そいつは誰だ? なんのためにこんなことをしている?
過激な社会主義者か? 石丸は昭和の残骸に捕まってしまった?
その可能性は大いにある。だが違う気がした。
俺が知っている石丸は炎上くんの動画だけだが、あの声は怒っていた。
しかし今のところ炎上くんと石丸に直接の関係は見当たらない。
なら石丸はなにを怒っていた? この国や世界? だがそうだとしてなんであんな若者を襲う?
もっと分かりやすくカネを動かす年寄り共がいるはずだ。それこそそいつらはこの国や世界を牛耳ってきたと言っても過言じゃない。
炎上くんを狙う理由はある。有名で金持ちだ。自分達の考えを伝えるのに適している。
だけど炎上くんはカネを払った。それなのに足を焼かれている。
なんの恨みもない人間にそれだけひどいことができるんだろうか?
もちろんそういうことをする人間はいる。だが大抵前科やそれ相応の兆候があるはずだ。
だが石丸にはそれがない。ないのにあれだけ酷いことができる。
サイコパスの可能性はあるにはある。だけどサイコパスは生まれつきのものだ。危ない人間なら学生時代や会社員時代にその片鱗を見せているだろう。
途中で変わるソシオパスかもしれないが、だとすればホームレス時代に事件を起こしていても不思議じゃない。
だが石丸に前科はなかった。トラブルを起こしたという話も聞かない。なのに今は凶暴で凶悪だ。
石丸は四十歳だぞ? 今の今まで本性を隠して生きてこられるか?
なにかがおかしい気がする。だがそれが分からないから気持ちが悪い。
そうこうしている内に最近石丸を見かけたという通報かあった。
調べてみると空き家を利用した民宿に泊まっていたらしい。鍵だけ渡し、掃除などは全て宿泊者が行う。実質賃貸だが、賃貸だと借り手が限られるのでここを利用したのだろう。
さっそく鑑識を連れて行くといくつかの指紋が出てくる。生活の中心となる場所は消されていたが、細かい場所には残っていた。
その中の一つが警察のデータと一致した。
橋爪弘樹。二十五歳。犯罪歴多数。
写真を見た時あっと思った。こいつは香取殺人事件の時に個人タクシーの運転手をしていた男だ。
こいつが共犯ならあの時にスーツケースを運んでいた男も事件に関係している可能性が出てきた。
三月上旬。警察は石丸に加え、橋爪を重要参考人として指名手配。
もう一人の男を警察内で情報共有した。
すると三月も半ばなったある日、長野県警から橋爪を長野市で見たと言う証言が出てきた。
防犯カメラの情報から圏内の別荘地に潜伏していることが判明。
長野県警はすぐに令状を取って踏み込んだが、既にもぬけの殻だった。
どうやらすんでのところで逃げたらしい。しかし確実に追い詰めている。
面が割れた以上、もう目立つ真似はできないだろう。そんなことをすれば捕まるだけだ。
やれることは逃げるだけ。そんな現実が警察内部の空気を少しずつ緩めていた。
だが俺は逆に恐ろしかった。
奴らは無敵同盟だ。無敵の男達を追い詰めればどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。
そしてその予想は銃声と共に現実のものとなった。
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