第40話

 相談窓口に向かうと、元ホームレスと聞いていた俺は少し驚いた。 見た目からしてえらく若い。

 青木と名乗った青年は少し前まで学生だったらしい。

 コロナで学校は休校。アルバイトも減り、仕送りを貰っていない彼は家賃が払えなくなった。

 学校は休校でも学費はかかる。彼は卒業するために日雇いのバイトをしつつ友達の家に泊めてもらったり、天気の良い日は野宿をしていた。

 今は就職先が見つかり、大学を中退して働いているらしい。

 現在は寮暮らしだが一時期は本当に生きていくだけで精一杯だったそうだ。

 そんな青木がカネのなかった時に寝泊まりしていた公園で男が声をかけてきたと言う。

 痩せた四十代くらいの男に妙なことを言われたのを最近思い出したらしい。

「そいつはなんて?」

「えっと、色々話したあとに死ぬことはできますかって」

「死ねるか? なんて答えたの?」

「いや、普通にできないですって。たしかにあの時は死にたいって思ってました。なんで僕だけこんなに苦しまないといけないんだろうって。うちは片親なんで心配もかけられないし、兄弟もいるからお金の相談なんてできません。でも周りの友達は普通に親から仕送りしてもらって遊んでて。学校も授業なんてないのにお金は請求してくるし。だからなんかこの世界狂ってるなとは思ってましたけど」

「でも死ねないと答えた」

「はい。だって死んだら全部終わりじゃないですか。なんのために今まで苦労してきたのか分からないですよ。でも、不思議と変な感じはなかったんです。宗教の勧誘とかだと面倒くさいなとか思っただろうし、それこそイッちゃってる人だったら逃げてたんですけど、その人はなんて言うか優しかったんです」

「優しい?」

 俺と梅田は顔を見合わせた。そんな変な質問をしてきた奴への印象が優しいってどういうことか分からない。

「具体的には?」

「え? そう言われると難しいですけど……。まあ、言ったらもう死んでるみたいな感じなんです」

「死んでる?」

「なんて言うか、死んでたらもうなにも要らないじゃないですか?お金とか地位とか安定とか未来とかって。だって死んでるんだから」

「……まあ、たしかに」

「あの人は多分そんな感じだったんだと思います」

 抽象的な説明を受けて俺と梅田は益々混乱した。

「えっと、それでその人が無敵同盟のメンバーだってなんで思ったの?」

「あ。それは普通に声です。動画見てすぐにあって思いました。聞いたことあるって。それで思い出したらあの人だろうなって。あんな風に話せるのってあの人以外思い浮かばなかったんで。静かだけど強いみたいな。ほら。普通は逆じゃないですか。うるさいけど弱く見える。その逆です」

「その公園ってどこか分かる?」

「あ、はい」

 青木の説明で検索すると都内の公園が出てきた。それを見て俺は頷いた。

「あそこか。ボランティアが炊き出しとかやってるよな。NPOとか学生のサークルとかが」

「あー。見たことあります」と梅田も頷く。

 無敵同盟と言うからにはメンバーを集めないといけない。社会に不満を持った奴らを見つけるにはホームレスの支援が受けられるところはうってつけだ。

「時期は? できれば正確なのが知りたい」

「それなら分かります。ちょうど次の日がイベントの設営だったんで。コロナの時にあったイベントはその時くらいですから」

「そいつの服装とか特徴って分かるか?」

「特徴ですか……」

 青木はしばらく考えて「あ」と声を出した。

「リュックを持ってました。青くて大きい登山用の。なんか破れてたみたいで、そこをテープで貼ってたと思います」

「青いリュックとテープだな」

 俺が頷くと梅田がメモを取った。

 そいつが周囲の施設を使っていればまだカメラの映像が残っているかもしれない。

 顔が分かればかなり近づける。だけどもう少し早くこの情報が欲しかった。

「……動画を見たのって最近なの?」

「え? 動画って炎上くんのですか? いや、配信されてすぐ見ました。友達の間で話題になってたんで。ヤバイけど面白いって」

 面白い?

「じゃあどうしてその時に言ってくれなかったのかな?」

 俺が少し責めるように言うと青木はムッとした。そして皮肉めいた笑いを浮かべる。

「正直生活が大変でそれどころじゃなかったですし」

「だからってさ。もしかしたら次の事件を防げたかもしれないんだよ?」

「いやでも、国とか警察とかなにもしてくれないじゃないですか。そういう時だけ早くって言われても」

 どうやらこの青年も警察は嫌いらしい。

 俺は梅田と顔を見合わせた。梅田はなんとも言えない表情をしている。俺はやれやれとかぶりを振った。

「……君がもし事件に巻き込まれたら、その時は迅速に対応させてもらうよ」

 俺がそう言うと青木は立ち上がった。そして帰り際に振り向くと車の鍵を取りに戻ろうとした俺に声をかける。

「あの」

「……なに?」

 俺が振り返ると青木はやるせない表情を浮かべていた。

「……あの人、逮捕するんですか?」

「犯行に関わった証拠が見つかればな」

「いや、でも、そんな悪いことしてますか?」

 俺は混乱した。少なくとも無敵同盟は殺人と傷害、更に爆弾までばらまいている。

「……それはどういう意味で?」

「だって襲われたのってみんな金持ちでしょ? 弱者を狙ったわけじゃないですよね?」

「強者だろうが弱者だろうが、犯罪を犯せば捕まえる。それが法治国家だ」

「でも弱者が困ってても誰も助けてくれないじゃないですか。僕がお金もなくて野宿してた時、警察は注意するだけでなにもしてくれなかった。金持ちが困るとすぐに助けるくせに。それってどうなんですか?」

 そう言われ俺は口をつぐんだ。

 平等だと言っておきながら、俺達を含めた社会はそんな風に人を扱った例しがない。

 いつだって社会にとって重要な人間を守り、そうでない人間を切り捨てる。

 もし今回の事件が弱者を狙ったものだったら、社会はこれほどまでに警戒しただろうか?

 またいつものよくあるヤバイ奴が暴れたで済ましていたんじゃないか?

 そして捕まえて死刑だ。弱者の声はいつだって小さく、誰の耳にも届けられない。強者がそれを封じ込める。

「…………それは」

 俺は少し考えて嘆息すると、再びデスクに歩き出した。そしてぼそりと言った。

「俺達にはどうしようもない」

 決めるのはいつだって上だ。いくら偉そうにしたって所詮俺達は国家の駒でしかない。

 それを再確認するとなんだか無性に虚しくなった。

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