第39話

 刑事・浅井律樹



 奴らが姿を消してから三週間が経った。

 カメラの映像から見えても最低で三人の人間が関わっている。体格からして全員男だろう。

 奴らは金持ち達に随分遅いクリスマスプレゼントを配達した後、車を変えて長野方面に逃走。その車も谷底から見つかった。

 だけど消化器が撒かれていたせいもあり、有力な証拠などは出てこなかった。それでも今の技術だと指紋の判別はできるはずなので、おそらくずっと手袋をしていたんだろう。

 そこまで対策を取っているということは前科がある可能性も高い。

 どこに逃げたかは分からないが、おそらく山の近くに別の車を用意していたんだろう。

 俺も行ってみたがあの冬山を素人が登るとは考えられない。登れたとしても食料の問題が出てくるはずだ。用意していた可能性はあるけど、どちらにせよ車を見つけたのが事件発生から時間が経ちすぎていて足跡は分からないままだ。

 なにより素人の警官が山に入ると死ぬと言われたので捜索隊を集めないといけず、諸々の事情もあり結局山狩りは断念された。

 爆発物を置かれた家に設置されていた防犯カメラの映像を分析した結果、二人は中年、もう一人は若者だと分かっている。

 だけどどの映像も顔がはっきりと映っていない。これもカメラ対策なんだろう。

 おかげで指名手配も寄せ集めの情報から作った似顔絵を載せるしかない。似ているかどうかも怪しいので、通報されるだけ迷惑だ。

 爆弾事件は大きなニュースになったが、前の二つの事件と比べると生ぬるい。

 ほとんどが玄関前で爆発し、怪我人は三人。それも爆破の時にガラスで指を切ったり、逃げる時に転けたりしてだ。

 唯一、顔と手に火傷を負ったのが元俳優でタレントの斉藤だ。

 昔ながらの誠実さをウリにしている斉藤は無敵同盟のことを卑怯者と非難していた。

 しかし斉藤だけを攻撃しようとしていたとは考えづらい。他の爆弾同様にタイマーはついていた。ただ作動しなかっただけだ。そのせいで段ボールを開けた瞬間に爆発し、二枚目は台無しになった。

 そのせいもあり、事件は大きな影響を社会に与えた。

 資産の半分を寄付すると明言し、その証拠画像をネットに上げる資産家が増えてきている。

 まだ少数派だが、それでも確実に毎日現れていた。彼らもその方が得だと気付いたのだろう。

 現にネットでは寄付した人間を善人だと祭り上げ、寄付しない人間をリストにして貶めている。

 企業のトップやタレントなど、イメージが大事な人達は何億か支払ってそれを買った方がプラスだと判断したみたいだ。

 しかし一方で暴力による強制は非難されていた。テレビでも議論が繰り返されるが、結局暴力はいけないという当たり前の帰結で締めくくっている。

 それでも無敵同盟が世の中を変えつつあるのは確かだ。

 そして遅ればせながら本格的な捜査本部を作り上げた警察が最も怖れていた事件が起きた。

 模倣犯だ。

 有名人に刃物を送ったりして脅迫するならまだ可愛げがあるが、デパートで人を切りつけ、「俺は無敵同盟だ!」と叫ぶおっさんが現れたことはさすがに笑えなかった。

 聴取の結果、動画を見て自分もなにかをしないといけないと思ったが、なにをしたらいいのか分からなかったと証言している。

 その結果デパートに行ってナイフで暴れたらしい。デパートなら金持ちが多いと思ったらしいが、デパ地下を選ぶ辺りがアホの極みだ。試食に並ぶおばさんを斬ってなにが変わると思ったのか。

 腹立たしいのはこういう馬鹿共がどんどん増えれば俺達警察の仕事が増えてしまうことだ。

 メディアへの働きかけもあり、最近は無敵同盟の報道も随分減ってきた。別に報道の自由は否定しないが、テレビが人に与える影響も考えてほしいもんだ。

 ネットに公開されているリストも随分減ってきた。それでもコピーは繰り返され、完全な削除の終わりは見えない。

 誰が考えたかは分からないが文章ファイルにしたのがいやらしい。誰にでもコピーでき、すぐ手に入る。

 動画の方もコピーが繰り返され、同じものが様々なサイトにあった。特に海外のマイナーなサイトは削除を依頼しても仕事が遅く、そのせいもあって検索すればすぐに見られる状況が続いている。

 この状況が続けば奴らを英雄視する馬鹿共が増殖してもおかしくなかった。

 なにより未だに捕まえられない警察に失望する声は大きくなっている。

 捕まらないことで無敵同盟のスター性は日に日に増していた。

 俺も毎日捜査に出ているが、未だに決定的な手がかりは見つかっていなかった。

 どうやら相当念入りに計画されている。それが分かると恐くなってくる。

 ヤクザや海外の犯罪組織がバックにいるのではと噂されているが、そいつらは地下に潜りはすれど、目立つことを極端に嫌う。

 しかしある程度知能が高い人間が率いているのは誰の目にも明らかだ。

 時々思う。この事件に解決はあるんだろうか?

 犯人を逮捕すれば本当に終わるのか?

 正直そうは思えなかった。

 だがいくらゴールが見えてなくても事件は終わらせないといけない。

 金持ちが嫌われていても市民には違いないし、市民を守るために俺達はこの仕事に就いている。

 そもそも警察官なんてのは世間に比べたら貰っている方だ。公務員の中でも収入は多い部類に入る。

 俺だって食うに困る体験をしたことがあるわけじゃない。実家は裕福じゃなかったけど普通の中流家庭で、高校を出てから警察学校にも行けた。

 こんな俺がいくら奴らの考えを想像してみても、結局のところはなにも分からないのかもしれない。

 俺達が無敵同盟を捕まえられないのは、あいつらの目線に立てていないから。そう言われると納得してしまう自分がいた。

 なら、あいつらの気持ちが分かる人達に会いに聞くしかない。

「浅井さん。ちょっといいですか?」

 するとちょうどいいタイミングで外で聞き込みをしていた梅田が元ホームレスを連れて来た。

 連日の捜査で疲れていたが、俺は足に力を入れて立ち上がった。

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