第38話
歩き始めて十日目。僕らはスキー場近くにある別荘に到着した。
バブルの時代にできた二階建ての別荘は設備からなにから古くさかった。それでも電気は通っているし、石油ストーブもある。なにより凍死する心配がないのが嬉しい。
予定ではしばらくここで寝泊まりすることになっている。食べ物も色々と用意されていたので、食料が底をつきかけて不安だった気持ちが一気に上向いた。
やってきた初日は野菜を使って三人で鍋をつついた。
野菜がこれだけありがたいと思ったのは今日くらいだろう。
だけど橋爪は大根やにんじんを取らず、白菜と肉ばかりを食べていた。
「俺、食べられないものいっぱいあるんすよね。二人はすごいっすね。なんでも野菜食べられて」
「私もししとうは苦手です」
石丸さんはそう言いながら水菜を口にした。
意外だ。そういうところもあるんだな。僕もナスがダメだけど。
「ここにはどれくらいいるんですか?」
僕が尋ねると石丸さんは静かに答える。
「次の予定が決まるまでです。まだ正確な日時は決まってませんが、おそらく本格的に動くのは三月の半ばくらいでしょう」
「そんなにですか」
「そうです。なのでしばらくのんびりしましょう。計画はリメインと私で立てておきます。車もあるのである程度落ち着いたら街に行くのもいいですね。周りに誰もいないとは思いますが、もしいればずっとここに籠もっている方が怪しまれます」
橋爪が「マジっすか? いやあ、かなりたまってたんでありがたいですよ。カネも使わないとだし」と喜ぶ。
僕は眉をひそめたが、それでもこいつの性格にも慣れてきた。
どこまでも子供なんだ。中学生から何も変わってない。本能のままで生きている。だから馬鹿で、だけど根本的には悪い奴じゃない。
つまりは大切なことを教わってこなかっただけなんだ。いや、教える人がいなかったんだろう。それこそ社会からつまはじきにされればそうなるしかない。
石丸さんはおたまで具材をよそった。
「ただし、外に出る時は必ず二人で。なるべく離れないようにしてください。飲酒もダメです。お酒が飲みたいなら買ってきてここで飲んでください」
「分かりました」と僕が答え、橋爪は「はいっす」と言って頷いた。
橋爪は嬉しそうにこっちを見てくる。
「田端さん。ソープ行きましょう。ソープ」
「いや、僕はいいよ」
「えー。行きたくないんですか?」
「正直そんな余裕はないかな。車で送ってあげるよ。その間僕は買い物してくる。それでいいだろ?」
「まあ別にいいですけど。せっかくカネあるのに遊ばないんですか?ほら。ここでもまた百万ずつ置いてあったじゃないですか」
橋爪は封筒を取り出した。前の事件でも渡されている。これで合計三百万だ。
「…………もういいんだよ。カネで買うのも買われるのも。そういうのはもういいんだ。なんなら僕の分も君にあげるよ」
「え? マジっすか!?」橋爪は一瞬喜んだが、すぐに苦笑した。「……あー。でもやめておきます」
「なんで?」
「俺が持ってると使っちゃうんで。もしなくなったらその時貸してください」
どうやらこいつは馬鹿だが自分のことは分かっているらしい。
「まあ、機会があったらな」
僕はそう言ってまた鍋を食べた。
こんな生活がいつまでも続くわけがない。警察だっていつか見つけるだろう。
逃げ続けるだけならともかく、行動を起こせば危険度は跳ね上がる。自分のことだけを考えればどこかにじっとしていた方がいい。
でもそれだと世界は変わらない。できる限り僕らの考えを伝え続けないとダメだ。
それがいつまでできるかは分からない。ただ、あまり長くないだろう。
前とは違い、今は警戒されている。石丸さんもリメインもそれが分かっているからここで世間が緩むのを待っているんだろう。
それか二人にはあるんだろうか?
この世界を脅し続ける策が。
分からない。僕には考えもつかない領域だ。
だとしても今は安心できて、同時に少し楽しかった。
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