第37話

 おそらく、昔のままの自分じゃすぐに根を上げていただろう。

 プログラマー時代は運動不足だった。実家で介護をしていた時はそれなりに動いていたけど、歩くのは精々買い物の時くらいだ。

 だけどホームレスになり、日雇いで働くようになってから随分体力がついていた。

 重い物を持ち運ぶ仕事が多いので背中のリュックサックもそれほど気にならない。

 それでも登山は大変で、僕は二人の後ろでゆっくりと歩くのが精一杯だった。

 若い橋爪はともかく石丸さんはよく動く。ホームレスだった時期は僕より長いから体力があるのも当然かもしれない。

 長野の山と言って恐かったけど低山ばかりを選べばそれほど無理難題ってわけじゃない。時間をかければ踏破できるレベルだ。

 アイゼンは重くて慣れるまでは大変だったけど、三日も経てば気にならなくなった。

 夜まで歩き、テントを張ってキャンプする。ガスでお湯を沸かして簡単な食事を取り、テントの中で三人で寝る。

 寝袋だけでもそれなりに温かいけど、持ってきたカイロを足やお腹に張ると朝まで快適だった。

「なんかガキの頃に作った秘密基地を思い出しますね。万引きしたゲームとか持ち込んで遊んだなあ」

 夜。橋爪は楽しそうにしながらお湯を沸かす。

 後半は同意できないけど前半は概ね理解できる。

 僕も親に隠れてゲームをしていた。やりすぎると取り上げられるから布団の中でやっていた。少しだけどあの頃に似ている。

 でも今は一人じゃない。それが頼もしかった。

 こんな逃亡中に考えるのはおかしいのかもしれないけど、生まれて初めて仲間というものが分かった気がした。

 開けた場所に出るとネットでニュースを見るが、僕らの事件は日に日に扱いが小さくなっていた。

 車が見つかったという報道が出たのは登山を開始して一週間以上経ってからだった。あれからまた雪も降ったし、この分だと警察が僕らの足取りを掴むのはほぼ不可能だろう。

 誰も逃亡犯が毎日登山に明け暮れているとは思わないはずだ。

 真冬の山なら警察犬も追って来られないし、人と出会うこともほぼない。だからリメインはこのルートを選んだと石丸さんは言っていた。

 そして今もまた彼が用意した貸別荘に向かっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る