第36話

 僕らは車を走らせ、人通りのない高架下を見つけるとそこで駐め、スマホでテレビを見ながら車内で食事を取った。

 ニュースは我ら無敵同盟のことで持ちきりだ。まさかその本人がこんなところで呑気にカップ麺を啜っているとは誰も思わないだろう。

 だけど僕らの目的はそんなちんけな自尊心のためじゃない。今すべきことは腹ごしらえと次のターゲットを探すことだ。

 タレントの中には資産家も多い。その中でもファイルに載っている者達をチェックしていく。

 僕らがテレビを見ている間も橋爪はスマホでネットニュースやSNSを見ていた。

 このスマホやパソコンもリメインが手配してくれたものらしい。もちろん自分では契約していない。

 ホームレスをしていると簡単に稼げる話をよく持ちかけられる。その中の一つに名義貸しがある。自分の名義でなにかを契約し、それを他人が使用するものだ。

 訳があって家が借りられなかったり、携帯の契約ができない人間などがそれを使って人並みの生活をしたり、あるいは犯罪のカモフラージュになったりする。

 今回は後者だ。何人かのホームレスにカネを渡してスマホを契約させ、それを使用していた。

 情報はいつだって武器になる。いや、今の時代はないと不利になるほどだ。

 ホームレスが這い上がれないのもそれが原因の一つだろう。情報がない。得られない。情報はタダじゃないからだ。テレビを見るには電気代がかかるし、ネットを見るにはスマホやパソコンがいる。

 カネがない者は情報を得られず、時代からも社会からも隔離されていく。

 そういう意味ではネットカフェはありがたい。だけどそこで仕事を見つけても面接を受けるのにまたカネがかかる。身なりを整えたり、履歴書を買ったり、数回分の食費と同等の電車代がだ。

 それに受かったとしても連絡先がいる。携帯の契約や住所のために部屋を借りなければならない。

 また動き出そうにもかなりのカネがかかるんだ。だからみんな諦める。元に戻れなくても日雇いとネカフェと炊き出しがあれば生きてはいけるから。

 今の僕たちがこうして普通に生きていられるのもリメインがかなりのカネを工面してくれているからだった。

 結局は全てがカネでできている。否定したくてもできない。それを僕は寒空の下で学んできた。

 あの体験はしてみないと分からない。金持ちや恵まれた人間には一生理解できないだろう。

 だからこそ、最もむかつくのが分かったようなことを言われることだ。テレビやネットの著名人はそんな奴ばかりだった。

『お金がないって言いますけどね。日本にはセーフティーネットがあるわけだから、それを受ければいいだけなんですよ』

『この事件は貧富の差をもたらした現政権を象徴するものです。ただちに国会で追加予算を審議すべきだ』

『はっきり言っちゃうとね。努力しなかった奴らの逆恨みですよ。もちろん不平等はあるけど、そんなのどこにでもあるでしょ? 会社でも事務所でもなんでも。努力する方向を間違っちゃったイタイ奴らって感じの感想しかないですね』

 どれもこれも耳障りだ。

 こいつらが正論だと思っているものを言えるのは今そこにいるからだ。一度でもあそこに落ちた人間なら分かる。

 人は一人じゃ社会に抗えない。それだけ流れは急で、どうしようもなかった。

 なにより人の心はそんなに頑丈じゃないんだ。一度ヒビが入れば欠けた歯のようにもう戻らなくなる。

 それを知らない勝者達の言葉は鬱陶しい以外なかった。

 もちろん彼らもそれなり苦労はしたんだろう。努力はしたんだろう。だけどそれは精々自分一人でどうにかなる問題を解いたにすぎない。

 クリアできるようにデザインされたゲームを攻略して自分は天才だと言っているようなものだ。

 僕らは自分達に反抗する者を探してはメモを取り、一日で七十人ほどをリストアップした。

 そしてこの中から次のターゲットを探す。

 方法は簡単だ。こいつらは知らないがファイルには載っていない個人情報を使う。

 それがメールアドレスとパスワードだ。

 これは使い回す人が多い。この二つを使ってショッピングサイトにログインし、注文履歴を確認する。

 そして配達が明日の注文がないかを見ていく。それがあればターゲット確定。なければ除外する。東京に住んでない場合も同じく除外だ。

 それを繰り返し、僕らは半日で八人ほどのターゲットを見つけ出した。

 あとはその家に爆弾を入れた段ボールを届ければ終わりだ。

 硝酸アンモニウムと軽油を混ぜた火薬で作った爆弾に炎上くんの時にも使った腕時計のアラームを利用した着火装置を組み込む。

 爆発のタイミングは二種類。セットしたアラームが鳴るか、箱を開けてから少し経ってからだ

 仕組みが分かれば子供でもできるこれを通販で使う段ボールに入れ、底に星のカードを貼り付けて僕らの意思を奴らに伝える。

 僕たちは本気なんだと。死ぬことすら怖れない軍団なのだと。

 それをこの腐った世界に知らしめる。

 幸い、今の時代には敷地内に荷物を放置する起き配が一般化していた。

 自分が注文した商品が入っているであろう箱が届けば誰だって中に持って行くだろう。

 爆弾はどこで爆発してもいい。中でも外でも、人を巻き込んでもだ。

 そこはもう全部が運としか言いようがない。

 気付かずに家の外で爆発する場合もあれば、開けた瞬間に爆発する人もいるだろう。

 今回は人を殺すことを目的としてない。あくまでも僕らの本気度を伝えたいだけだ。

 だから箱を開けてから二分ほどで爆発するようになっている。二分なら警察も呼べないし、捨てる場所も見つからない。精々家の外に置くかその場から離れることしかできないだろう。

「さて。行きますか」

 翌日の朝。僕らは三人バラバラになって動き出した。

 前もって宅配便でよく使われる白い軽バンを三台用意し、ターゲットの家に向かう。

 そして玄関の前や庭に段ボールを置いて次の家に向かった。マンションだと無関係な人間が巻き込まれる可能性があるので今回は全部戸建てを狙う。

 一人二個。石丸さんは三個を置くとすぐに指定の場所へ向かった。

 雑木林に車を突っ込み、そこにシートをかけて隠すと前もって用意していた別の車に乗り込み、高速道路で中部方面に向かった。

 車に乗ってテレビを確認するとどこもかしこも爆破事件のことで持ちきりだ。

 だけど僕らに余裕はない。警察はすぐに車を特定し、追いかけてくるだろう。

 それまでになんとか逃げ切らないといけない。だからと言ってここで飛ばせばそれはそれで捕まってしまう。

 安全運転で逃げる僕らは映画がやドラマの中でカーレースを繰り広げる悪党達とは似ても似つかなかった。

 車を走らせ続け、長野県にある古い山道に辿り着いた僕らは荷物を手に外へ出た。すぐに車内に向かって消化器を巻く。これは証拠隠滅の効果があるらしい。

 そしてガードレールの隙間を見つけるとドアを開けたままアクセルを踏んだ橋爪が車を走らせ、ギリギリで飛び降りるとワンボックスカーは谷底へと落ちていった。

 それを見届けた僕らはリュックを背負い、山を見つめる。

「ここからはゆっくり行きましょう。まあ、ハイキングだと思ってください」

 石丸さんはそう言って近くにあった登山道を登り始めた。僕と橋爪を大きなリュックを背負ってついて行く。

 この辺りは山が多く、しかもそれが他県へと繋がっている。山と山を繋ぐ登山道も多数あり、まるで迷路だ。

 一部の山は雪に覆われたこの時期は人気も少なく、逃げ隠れするには絶好の場所だった。

 山は深く、まだ雪が多い。そこを僕ら三人が歩いて行く。

 本格的な逃亡劇は静かに始まった。

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