第34話

 メンバー・田端裕太



 香取を殺してからバラバラであの民家に戻るとあの時の運転手が既に待っていた。

 小柄で目が細く、いつもにやついている。正直、あまり好きにはなれない男だ。

 石丸さんはキッチンから冷凍のパスタを解凍して三人分をお盆に置いて持ってきた。

 そしてこたつに入っている男を紹介する。

「彼は橋爪くんです。田端さんとは別に手伝ってくれています。すいません。事が終わるまで言えなくて」

「いや、それはいいですけど……」

 当然と言えば当然だ。僕が裏切る可能性だってある。だけど犯罪後だったら警察には駆け込めない。既に共犯者なんだから。

 僕が橋爪に会釈すると橋爪もにやつきながら会釈した。

「橋爪です。よろしくお願いします。えっと、田端さん」

「……若いですね」

 橋爪は笑いながらパスタを箸で啜った。

「全然ですよ。もう二十五です」

 僕は食べながら喋る橋爪の品のなさと言葉に眉をひそめてフォークでパスタを丸める。

「二十五歳って言ったらまだ未来があるんじゃない?」

「どうなんすかね? でも多分ダメっす。俺犯罪者なんで」

 橋爪は照れ笑いを浮かべながらパスタを食べ続ける。

「……なにしたの?」

「色々っす。強盗。傷害。窃盗。殺し以外は全部やってんじゃないですか?」

「……すごいな」

「あはは。そっすかね?」

 橋爪は褒められたと思ったようで上機嫌だ。

 僕は石丸さんを見た。石丸さんは黙々とパスタを食べ、そして口の中のものを飲み込むと水を飲んでから答えた。

「なんでも躊躇なくやれる。そう言う人間がリメインの要望です」

「リメイン?」

 初めての単語に不思議がると橋爪が答えた。

「ここのカネとか払ってくれてる人ですよ。言ったら金主ですね。今回も成功報酬として一人百万くれるんですよね?」

「そうです。そこの封筒に入っているので一人ずつ取ってください」

「うわ。マジっすか」

 橋爪は食事を放り出して立ち上がるとキッチンにあるテーブルまで行き、置いてあった封筒を手に取った。中には札束が入っている。

「すげえ! ありがとうございます!」

 橋爪は嬉しそうに礼を言うが、石丸さんは黙って食事を続ける。

 どうやらあいつを軽蔑しているのは僕だけじゃないらしい。

 今更カネなんて求めて仕方がないんだ。それが諸悪の根源なんじゃないか。

 だけど同時にカネがないと人は動かないことも理解している。誰だってタダでは働かない。

 信念があるなら別だが、そうじゃない人間を動かすにはそれが必要だ。

 カネを憎み、カネを使う。その矛盾を孕みながら僕ら進むしかない。それを石丸さんも分かっているから複雑なんだろう。

「……まだ別にいるんですね?」

「はい。ですが私達がリメインと会うことはありません。彼はカネを出し、指示を出す。我々はそれに答えるだけです」

「……それって今までとなにが違うんですか?」

「……曖昧な言い方をすれば心ですかね。立場は違えど我々は同士です」

 橋爪はニヤニヤ笑い、カネをポケットに入れてまたこちらに戻ってきた。

「石丸さんって案外詩人っすね」

「真実ですから。でもこれだけは言えます。リメインはカネのためには動いていません。彼は本気でこの世界を変えようとしています」

 僕はゴクリとつばを飲んだ。

「……つまりは革命ってことですか?」

「そんな大層なものじゃないですよ。ただ」

「ただ?」

「カネが唯一の価値のように思い込んでいる人達を否定したいだけです。人が生きると言うことはもっとシンプルで、それでいて犯しがたいはずですから」

 石丸さんは再び食事を続けた。

 なんとなくだけど言いたいことは分かった。だけどリメインって奴は気にくわない。

 どうせどこかの金持ちなんだろうが、自分はなんのリスクも背負わずにこんなことをするなんて卑怯にも程がある。

 そしてなによりこの崇高な行いにこんな下品な若者を選んだことも腹が立った。

 僕は橋爪に尋ねた。

「君はどうしてこんなことをやろうと?」

「え? まあ話聞いて面白そうだったし、ぶっちゃけ俺もこの社会ってやつはむかついてるんで」

「だから犯罪者に?」

「まあそうっすね。俺、片親で。しかも残った母親にはずっと虐待受けてたんです。飯とか食わせてもらえないし、母親は帰ってこないし。だから腹減った時はずっと醤油舐めてました」

 思った以上に壮絶な過去に僕は思わず絶句した。だが橋爪は笑って話を続ける。

「施設に入ったのは七歳の頃で、そっからはまあよくあるコースです。小学校ではずっと万引きしてて、中学で喧嘩して相手が大怪我したんすよ。鉄パイプで殴ったら骨が折れちゃって」

 そんなの当たり前だろうが。よくそんな話を笑ってできるものだ。

「そんで年少入ったり出たり繰り返して、仕事もやったことはあったんですけど、安いし疲れるし上司はうざいしですぐ辞めました。でもカネはいるから車上荒らしと空き巣とかして稼いで。あ。でも最後に捕まったのは女ですね」

「女?」

「はい。いや、なんかムラムラしてて。そしたら可愛い子が通るじゃないですか? じゃあもう襲うしかないよなって」

「……レイプってこと?」

「そうっすね。でもなんかDNAとか残っちゃって。そっから足が付いて捕まっちゃいました。ったく一発くらいヤラせろって話ですよね。だから女はムカツクんですよ。あっちも気持ちよかったはずなのに。俺だけ捕まってムショっすよ。おかしくないっすか?」

 僕はこの男がなにを苛立っているのかが分からなかった。同時にこんなことを当たり前のようにやれる人間がいることを恐ろしく思った

 だけど今の僕は橋爪を責められない。石丸さんもだ。だから黙っている。

 どれだけ取り繕っても僕らはもう犯罪者なのだから。

 でも悲しいことに頼もしくもある。こいつはどんな犯罪でも平気でするだろう。人として大切ななにかが欠落している。普通の人がブレーキを踏むところでアクセルを踏める人間だ。

 そんな破綻した存在が、今だけはありがたい。

 石丸さんは僕らが話している間も黙々と食べ続け、トレーを空にすると静かに告げた。

「では、全員が食べ終わったら次の計画を話します」

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