第30話

 捜査が進むに連れ、犯人の行動が分かってきた。

 犯人は放送の二時間前に出前を装ってマンションに侵入。エレベーターに乗るとカメラをスプレーで無効化した。

 管理人がそのことに気付いたのは三十分後。元々防犯カメラはあまり見ず、出入りする人を確認するのがほとんどだったので仕方ないと言えば仕方ない。

 しかし通報はせず、カメラの管理会社に後日直しに来てくれと頼んだだけだった。

 高級マンションは安全。その考えは間違っている。一度入ってしまえば空き巣もしやすいので被害は年々増えていた。

 炎上くんこと田野辺の住んでいたマンションも高級な部類だが、セキュリティーのほとんどは入り口やラウンジ周辺に集中し、階毎に防犯カメラもなかった。

 これはプライバシーを重視してのことらしい。芸能人などは恋人を家に入れる映像などを残したくない。そこに配慮した設計だと管理人は言っている。

 つまりエレベーターのカメラさえ無効化してしまえばやりたい放題だと言うことだ。

 マスクと帽子で顔を隠した男はエレベーターのカメラを無効化すると、それから生き延びた田野辺の証言が頼りだ。

 両足を火傷により失った田野辺が手術を終えてしばらく経つとこの世の終わりのような顔で病院のベッドに横たわっていた。

「……いきなり男が二人やってきて、その内一人に殴られました」

 そう防犯カメラに写っていた男は二人だった。だがこれは驚くことじゃない。あいつらは常々『我々は』と言っていた。

「その後はロープで縛られて、拷問って言うか……」

 映像と違う。映像では侵入するとすぐに仮面の男が出てきた。

 しかしそれもなぜかは分かっている。

 あの生放送はただの録画だった。いや、正確に言えば編集されたものだった。

 考えてみれば分かるが、生放送で暴行や殺人を行えばいつ誰が通報するか分からない。警察が駆けつける時間が特定できないのは犯人からすれば致命的だ。

 だがそれを犯人達は録画と編集という術で乗り切った。編集に使う素材は元々田野辺が持っていた動画と犯行当時に撮っていた映像を組み合わせている。

 田野辺は基本動画を撮影し、それを編集して動画投稿サイトに載せていた。当然使わない動画や素材もたくさんある。

 一人が拷問に近いことをしてる間、それを録画しつつ、もう一人は田野辺のパソコンから動画の素材を拝借し、それをその場で編集していた。

 見返して見ればいくつかのパートに別れているのが分かる。最初にカメラを倒したのも編集だと気付かれないためにしたのだろう。

 まあそこらの細かいところはいい。

 問題は奴らがいつあのマンションから出て行ったかだ。

「やっぱりあの人だかりに隠れて出たんでしょうか?」

 梅田はデスクでコーヒーを飲みながら尋ねた。眠そうなのは俺もそうだ。ここしばらく睡眠不足だった。

「それがアンパイだろうな。正面玄関は抑えたが、裏の駐車場に人を張れたのがおそかった。そっちから出た人も多かったし、防犯カメラも死角だらけ。だけど問題はそのあとだ」

 梅田は頷いた。

「あのマンションから出るのはそれほど難しくはありません。でもそのあとも街中にある防犯カメラに写ってないのはおかしい」

「あの辺りには他にも防犯カメラが多くあるし、車に乗ったとしてもそこまで行くまでに映るはずだ。でもそれがない」

 前と同じだ。あの男は現在の警察で防犯カメラの映像がかなりのウエイトを占めていることを熟知している。

 言うならば現代の捜査はカメラに写るかどうかのゲームだ。

 人と人との関わりが少ない東京では目撃証言を取るのが難しい。怪しい人を見かけなかったかと訪ねても隣に誰が住んでいるかも知らないのだから誰もが怪しく見えて当然だ。

 実際住人に聞き込みをしてみたが一緒に出てきた人も知らない顔ばかりで分からないと言われてしまった。

 管理人も住人全ての顔と名前を覚えているわけじゃない。大概は契約者だけだ。

 九十世帯以上の住人から情報を得て選別するだけでも骨が折れる。

 だけど分かったことがある。あの男は香取殺人事件の犯人だ。

 あいつの付けていた仮面には犯行現場にあったのと同じ星のマークが刻まれていた。

 動機も言っていた通り、取り立てだろう。

 思わず舌打ちが出る。

 なにが取り立てだ。そんなことで殺人を正当化するな。

 いや、ちがう。最も恐ろしいのはあいつが殺人を正当化すらしていないことだ。

 自分を悪だと理解している。それが分かった上でこの社会の歪みに対峙しているわけだ。

 狂気としか言いようがない。だがあいつはやめないだろう。

 これからも動き続ける。でなければあんな風に宣言はしない。

 マスコミや週刊誌は連日の大騒ぎだ。ニュースやワイドショーも大きく取り上げ、社会問題化している。

 俺はどこかの記者が目ざとくも手に入れていた星のカードが載せられた週刊誌を手に取った。

 無敵同盟。彼らは正義か、悪か。

 その見出しは刺激的で、如何にも世間が好きそうなものだった。

 奴らが正義だろうが悪だろうがどうでもいい。

 俺達警察が最も怖れているのはその先にある。

 正義と悪で分けられた秩序が崩壊することだ。

 ただ冷静になって窓の外に広がる街を見つめると思ってしまう。

 こんなことが一部でも肯定される社会なら、既にもう狂ってしまっているんじゃないかと。

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