第28話
刑事・浅井律樹
犯行から一ヶ月経っても香取を殺した犯人は見つからなかった。
それどころか有力な容疑者さえ挙がってこない。
もちろん何人かそれらしい奴は見つかっている。
学生時代にサークル内でトラブルがあった男。借金を断られた男。香取が金持ちになったと知ってよりを戻したかった昔の彼女。
怪しい人物はいくつかいたが、そのどれもアリバイがあったり、そもそも既に東京を離れていたりしていた。
何より周囲の防犯カメラにそいつらは全く映っていない。範囲を広げても同じだった。
SNSも隅から隅までチェックしたが、手がかりはまるでない。遺族の許可を得てダイレクトメッセージも確認したが、大した情報はなかった。
このことから捜査本部は通り魔の犯行に舵を切り、周囲の住人の逮捕歴などを洗ったが、今のところこれと言って怪しい人物は出てこない。
万策尽きた。不本意だがこう言う時、警察にできるのは次の事件を待つくらいだ。
また犠牲者が出ればそこから手がかりが見つかるかもしれない。
俺はそんな不謹慎なことを思いながら防犯カメラの映像を見返していた。正直今やれることはこれくらいしかない。
怪しい人物なら映っている。それがこの自販機の男だ。
深夜にチェックアウトして大通りへ向かい、ここでコーヒーを二本買っている。一本はその場で飲み、もう一本はポケットに入れていた。
ホテルに問い合わせたところタイ人らしいが、俺には日本人に見える。見えるが、正直こんな暗さで日本人と他のアジア人を見分けるのは不可能だ。
電話しながら自販機を見つめ、そして一瞬目を見開く。視線の先には路地があるような感じだ。
この男は事件に繋がるなにか見たのだろうか?
いや、もし見てるならそのまま買い物を続けるようなことはしないだろう。異国で殺人犯を見つければすぐに逃げるのが普通だ。
男はその後大通りへ行き、個人タクシーに乗り込み、羽田の方に向かっている。
この男はたまたま夜遅くチェックアウトして事件が起きた時間帯に居合わせたのか?
この男が犯人だという可能性もなくはない。香取を殺し、カメラに戻らずホテルに戻り、そしてチェックアウトして出てくる。
だがホテルの正面玄関には防犯カメラがあるし、裏口にはないが、そこを通れば従業員用の通路に出ないといけない。その通路から出るには防犯カメラのある廊下しかないので、やはり映像が残るはずだ。一階の部屋に窓から入っても自室に戻るには階段かエレベーターを使わなければいけなかった。
なら考えられるのは共犯者か。だがそれなら実行犯はどこに行った?
俺は映像を一時停止させた。それから巻き戻す。
そう言えばこの男、最初は左手でスーツケース持ってたな。だけど缶コーヒーを飲んでから右手に持ち変わっている。
なんでだ? どうして持ち替えたんだ?
まさかスーツケースが重くなった?
俺はハッとした。
まさかこの中に実行犯が隠れているのか?
それなら実行犯が冷蔵庫に隠れていた可能性が頭をもたげる。
一人の場合どうやって香取があの路地を通るところを確認するかが分からなかったが共犯がいれば連絡を取ればいいだけだ。
あり得ない話じゃない。だとしたらタクシーの運転手もグルか?
あのスーツケースに人が入っているならかなりの重さのはずだ。それが分かっていたから運転手はケースを積むのを手伝ったとも考えられる。
でももしそうなら最低でも三人が関わっていることになる。
香取が殺されてカネが動いた気配はない。遺族に渡っただけだ。資産家の遺族がカネ目当てで息子を殺すとも考えられないし、大金を貸していたという情報も今のところない。
もし組織犯罪だとして、こいつらはなんのために香取を殺したんだ?
恨みがあった? それならなんで捜査線上にあがってこない?
カネでも恨みでもない他の理由なのか?
「…………ダメだ。分からん」
俺は顔を上げて目頭を押さえた。
どちらにせよあれだけ狭い区画を徹底して探したんだ。それでいないならもうあそこにはいないだろう。
この自販機の男は気になるが、もし犯罪に荷担しているなら既に海外へと逃げているだろう。
となると手がかりは個人タクシーの運転手だが、それもこれだけ時間が経てば逃げるなり隠れるなりしているはずだ。
おそらくだが、この事件の犯人は自分達が見つからないとは思っていない。だが時間を稼ぐ方法は分かっている。
現代の捜査において防犯カメラの映像は命綱だ。そこから逃れることができればかなりの間自由になれる。
初動が大事な捜査においてこれは致命的だ。それでも警察は諦めない。
なぜならこれが殺人だからだ。暴行や傷害、詐欺じゃない。
日本における殺人の検挙率は現在でも九割五分以上。それこそ草の根かき分けてでも見つけてやる。
まずは自販機の男とタクシーの運転手だ。こいつらが共犯なら自ずと実行犯が見えてくる。
ここから調べてみるか。逆に言えばここで犯人への手がかりが見つからなければいよいよ手詰まりになる。
そんな風に落ち込んでいた時、梅田が血相を変えて俺のデスクに走り寄った。
「浅井さん! やっぱりあれがヒントだったんですよ!」
「あれ? あれってどれだよ?」
梅田は手に持っていたスマホを俺に見せた。
画面を見て俺は驚愕した。
そこには犯行現場にあった星のマークが映っていた。
俺と梅田はすぐにパトカーに向かった。
スマホの画面には動画サイトの生放送が映っている。
それは俺が思っているより衝撃的な内容だった。
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