第27話

 そこから先はあまり覚えていない。

 都心から離れた山の麓の町に向かい、周囲に民家や防犯カメラがない廃工場の駐車場で石丸さんをトランクから出した。

 外に出てきた石丸さんに僕はさっき自販機で買っていたぬるくなった缶コーヒーを渡した。

 石丸さんは「ありがとうございます」と言ってそれを受け取ると蓋を開けて飲んだ。

 僕は未だに状況が飲み込めていなかった。

「あの……これからはなにを?」

 石丸さんは一息つくと僕の後ろにいた運転手を見た。

「今から橋爪君に車を捨ててきてもらいます」

 橋爪と呼ばれた背が低く、目の細い男は「はーい」と言って車に乗り込む。

「田端さん。あなたは服を着替え、ここからあの家まで帰ってきてください。ただし一人で。そこで続きをお話します」

 石丸さんはトランクからリュックを取り出してそう言うと歩き出し、橋爪は車を走らせどこかに行ってしまった。

 訳の分からない僕だが、リュックの中にあったパーカーとジーンズに着替え、バスと電車であの民家に向かう。

 感じていた違和感は少しずつ膨らみ、周りの人に見られたり追われたりしているような錯覚を覚えた。

 そして途中、朝食にと立ち寄った定食チェーンで僕は全てを理解した。

 テレビのニュースには昨日僕がいたホテル近くが映っていた。

「今朝。東京都港区で若い男性の遺体が発見されました。男性には外傷があり、警察は何者かに襲われたと考えられ、周囲を捜索しています」

 ニュースのテロップにはデカデカと殺人の二文字が書かれていた。

 本当にやったんだ。そう思うと同時に怖くなった。

 僕はその殺人の手助けをした。おそらく防犯カメラ対策だろう。

 誰も東南アジアからの旅行客が殺人に関与しているなんて思わない。警察から逃げるためのカモフラージュだ。

 そう言えば石丸さんはなにか棒状の物を持っていた気がする。あれが凶器か。

 事態を理解すると急に緊張し出した。さっきまであった空腹は消え去り、持ってこられた定食に手を付けられない。

 どうする? このまま殺人の手伝いを続けるのか?

 それともいっそ警察にでも行った方が…………。

 そんなことを悩んでいるとニュースから速報が流れた。

『今情報が入ってきました。殺されたのは若い投資家で、かなりの資産があったようです。現時点でトラブルがあったかどうかは判明していません』

 それを聞いた途端、僕の中でなにかが消え去った。

 すっとしたような、妙に爽やかな気持ちになる。

 石丸さんが殺したのは金持ちだった。理由は分からないが弱者を虐めたりしたわけじゃない。

 それが正義なのかは分からない。いや、社会的に見れば悪だろう。

 だけどそんなことはどうでもよかった。

 今まであった抑圧は消え、自由を手に入れた気分だ。

 救われた気がした。同時に僕は石丸さんに感謝した。

 惨めな気持ちを晴らしてくれてありがとう。そう言いたかった。

 そして彼のようになりたいとも思った。

 彼のようになるには自分も無敵になるしかない。

 何者にも、何事にも怖れない無敵さを手に入れる。

 そうすればこんな僕でも少しは産まれてきた意味が分かるかもしれない。

 そう思った瞬間、僕の中に言い表せない万能感が姿を現した。

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