第25話

 それから数日後、僕は都心のホテルにいた。

 外国人観光客をターゲットにした比較的新しくて現代的なホテルだ。そこで東南アジアから来た観光客を装っていた。

 コロナのせいか部屋には空きが多くあり、予約は簡単に取れた。

 僕の役割はここで三日間泊まること。

 ベッドに座り、東京の街を見る。視界の端には石丸さんに渡された大きなスーツケースが置いてあった。

 既に二日、ここで寝泊まりしている。一泊一万円とホテルの中ではそれほど高くない部類だが、それでもホームレスにすれば夢の世界だ。

 朝食と夕飯はレストランでバイキングが食べられるし、昼は渡されたカネで東京を観光し、外食して済ませた。

 ようやくやってきた人並みの生活だったけど、心は穏やかじゃない。

 石丸さんは人を殺す手伝いができるかと尋ねた。

 その問いに僕は戸惑いながらもできますと答えた。

 普通に考えれば石丸さんはヤクザかなにかで、僕にも仕事の手伝いができるかどうかを聞いているんだろう。

 だけど僕には違って思えた。あの人はむやみに暴力を振るうような人間じゃない。

 むしろそんなことを嫌う人だ。たった一週間一緒にいただけなのに、僕はそう言い切れるほど石丸さんという人を分かった気でいた。

 あの人にそれだけ言わせると言うことはそれだけ追い詰められていたんだろう。

 一体なにに追い詰められたのかは知らないけど、気持ちは分かる気がする。

 この社会は常に僕らを追い詰める。優秀な者と無能な者で隔て、優秀な者に入らなければ人扱いしてくれない。

 だから必死になってついて行こうとするが、それをし続けることができない者から脱落していってしまう。そして一度脱落すると這い上がるのは困難だ。

 まさしく僕がそうだった。見えないなにかに追い詰められ、遂には死ぬことにしか救いがないように思えてくる。

 そんな切迫した気持ちもこのホテルでゆっくりすると少しほぐれた。

 だけど同時にこの社会に向けての怒りは大きくなる。僕らが毎日生きるか死ぬかで生活しているのに、この景色に映る人達は旨い物を食べ、温かいベッドで寝ていた。

 カネの心配は多少あるだろうが、飢え死ぬようなことは一生ないような奴らばかりだ。

 彼らと僕で一体なにが違うのだろうか。学校に通い、就職もした。だけど途中で退場し、そしたらもう戻って来られない。

 他人と自分の差を見せつけられると自分が情けなくなり、同時にその差が曖昧なことに気付く。

 親にカネがあるかないか。学歴があるかないか。職歴があるかないか。

 そんな装飾を排除した時、僕と彼らにどんな違いがあるのだろう。

 多少は違うだろう。僕は優秀じゃない。でもまるっきり無能だとも思わない。

 たとえ無能だとしても優秀な人間との間にこれほどまでに大きな差があるんだろうか。

 それこそ一方は生き続け、もう一方は死なないといけないような大差が。

 もしそれがただ運の良し悪しだけで決まっていたとしたら、一体この世界はなんなんだろう。

 僕はなんのために生まれてきたんだろう。

 そんなことを思いながら、僕は石丸さんからの連絡を待っていた。

 あの人が僕らを追い詰めたなにかを殺してくれるならいいなと思いながら。

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