第24話
七日目。
明日になればここを出なければならない。カネはある程度できた。
だけど不安はなくならない。むしろ大きくなる。
最終日と言うこともあり、石丸さんは豪勢な食事を用意してくれた。と言っても回転寿司の持ち帰りだが、それでもおいしかった。
酒も出されたがちっとも酔っ払わない。それどころか明日が近づくことが恐ろしい。またホームレスに戻るのがイヤだった。
僕がそれを言うと、石丸さんは少し困っていた。
「すいませんけどここでは一週間までという決まりなので。それにホームレスがイヤなら生活保護という道もあります」
「それは……やっぱりイヤです……」
「……でしょうね。気持ちは分かります。もちろん生活保護は悪いことじゃない。それを受けて社会復帰している人はいくらでもいますし、大なり小なり税金を払ってきたんだから後ろ指をさされる覚えはありません。ですが人には尊厳がある。自分の力で生きていくという尊厳が」
僕は頷いた。馬鹿げた話だが、これは気持ちの問題なんだ。
自分は男で働き盛りだ。周りの同年代はしっかり働き、家族を養い、家を建てている。
そんな時に元気な僕がこんなことでは立つ瀬がなかった。
でも一方で僕はもう自分の力では立ち上がれないほどボロボロで、残っているのは妙な意地だけだ。
分かってる。大事なのは命だ。それでも僕はこれを捨てられなかった。
カネもない。家もない。家族もいない。友達も恋人もいない。
そんな僕が最後に残った意地すら手放せば、あとにはなにも残らなかった。
しかし現実は残酷で、こんな状況ではなにもできない。それでもなにかをすべきだという気持ちだけがあった。
「……石丸さんはどうしてこの仕事を?」
「ある人に誘われたんです。ただ報酬は貰ってません。あるのはここと、食費や電気代などの経費だけです」
「タダでこんなことをしてるんですか?」
「ええ。私はもうお金に縛られるのはごめんなんで。報酬を払うと言われましたが断りました。死ねばカネもただの紙ですから」
まるで悟りを開いた修行僧だ。だがその喩えは合っている気がした。石丸さんはずっと静かで、ただなにかを待っているみたいだ。
この人はすごい。今まで会った誰よりも自分を律し、他人のために生きている。
憧れは言葉になって口から出た。
「僕もここで職員になることはできませんか? もちろんお金はいりません」
「……残念ながらそれはできません」
「なぜですか? 食費なら払います。家賃だって少しなら払えます」
「お金の問題ではありません。私はここである人を待っているんです」
「ある人って?」
石丸さんは少し躊躇して僕の目を見た。まるで心の中まで覗こうとしているようだった。
しばらくして石丸さんは静かに告げた。
「私はずっと自分と一緒に死んでくれる人を探しています」
心臓がイヤな跳ね方をした。
石丸さんは冗談で言っていない。心の底からそう思っている。
死ねるか、死ねないか。それを自分に尋ねた時、あったはずの覚悟がぐらついた。
これから先、良いことなんて待ってない。なら死んでも同じだ。
それなのに僕は即答できなかった。
少し間を開けて、なんとか口を開く。
「……僕も死にたいと思ってます」
石丸さんは微かに俯いた。
「人は、誰でも死ねます。誰もが死からは逃れられない。それが早まるか遅くなるかの差です。間接的には飲酒も喫煙も夜更かしも自殺と言っていいでしょう。人は誰だって死に向かっているし、向かうことができるんです」
「……なら、他になにが必要なんですか?」
「覚悟です。自分の命を差し出す覚悟。その度量があれば人は無敵になれる」
無敵?
意味はよく分からないけど僕はもうとっくに僕の人生を諦めている。今更生きたいと思っても仕方がない。
「覚悟ならあります。僕はもう疲れたんです……。ここ最近、ずっと死に場所を探していたような気がします」
俯く僕に石丸さんは静かに告げた。
「覚悟は言葉ではありません。意思を持った行動なんです」
「じゃあなにをすればいいんですか?」
石丸さんは悩んでいた。僕には覚悟が足りないとでも言いたげだ。
それは確かで、いざ死ぬとなれば足がすくむ。この沈黙は恐ろしかった。
それでも逃げ出す場所もなく、僕はただ答えを待った。
ここで逃げ出せばもう本当に終わりな気がしたから。
しばらくして石丸さんは言った。
「……分かりました。では一つ手伝ってほしいことがあります」
「手伝い?」
「はい」
石丸さんは頷き、そして告げた。
「人を殺す手伝いです」
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