第23話
誰かの世話になることに抵抗はあったけど背に腹は代えられないと僕は石丸さんについていった。
公園から十五分ほど歩いた昭和の匂いが残る住宅地にそのシェルターはあった。
シェルターと聞くとなにか行政の施設みたいな響きだが、こうやって見る限り古い民家にしか見えない。
それでも中に入ると得も言われぬ安心感に包まれた。
「本当にここに一週間もいていいんですか?」
「はい。許可は取ってますから」
先ほどから電話したようなそぶりはなかったが、石丸と名乗った男はそう答えた。
「お腹空いてますよね。すぐに準備します。と言っても簡単なものしかありませんが。こたつに入って待っててください」
石丸さんは台所へと行くと冷蔵庫を漁りだした。僕は居間にあるこたつに入り辺りを見回す。テレビの近くに小物が置いてあるけどセンスが若い。石丸さんの趣味なんだろうか。
僕が座って待っているとしばらくして何枚もの皿に乗った料理が出てきた。
チャーハン。唐揚げ。たこ焼き。ドリア。食べたくても食べられなかったものがこたつに並べられる。
思わずゴクリと喉が鳴った。ご馳走を前にすると空腹の抑えが利かなくなる。
僕は手を付ける前に確認した。
「あの、僕、お金とかは……」
「ははは。炊き出しに並ぼうとしている人から取りませんよ。全部タダです。提供してくれる人がいるので気にしないでください」
誰かは知らないけど世の中捨てたもんじゃないらしい。
僕は会釈すると大好きな唐揚げを箸で掴んで頬張った。柔らかい肉を噛むと油が口の中に広がる。
一口食べると空腹が後押しした。それからしばらく僕は夢中で食べた。
どれもスーパーで売ってる冷凍食品だ。昔はよく食べていた。だけど全てが信じられないほどおいしくて、思わず泣きそうになる。
石丸さんはそんな僕におかわりやビールを持ってきてくれた。
お腹がいっぱいになると僕は古びた天井を見上げた。
こんな風に後先考えず食べたい物を食べるのはいつぶりだろう。
ずっとカネの心配をしながら食べ物を選んでいた。多少の空腹は水で誤魔化し、少しでも長く生きられる方法を考えてばかりだった。
「お風呂も沸いてますからよかったらどうぞ。着替えも下着なら上下で新しいのがあります。そちらもお金はいらないので使ってください」
「ありがとうございます」
至れり尽くせりだ。でもここまでされると怖くなる。なにか対価を要求されるんじゃないだろうか?
まあ例え要求されても払えない。家もないから請求のしようもない。殺されて臓器を取られるとかでもない限りは逃げればいい。
見たところ石丸さんは細身だし襲われるとかはないだろう。だけど念のためカネは風呂まで持って行こう。カネと言っても小銭ぐらいしかないけど。
そんな不安は杞憂に終わり、僕は久しぶりの風呂に入り、そして布団で眠った。
朝起きても、昼になっても、夜になっても危険は感じない。それどころか石丸さんは気持ちが分かるからと優しくしてくれた。
二日、三日といて気付いたが、この人には悪意がない。いや、正確に言えば僕に対しての悪意はない。
時折感じる大きな憤りのようなそれは僕にではなく、もっと巨大なものに向けられているようだった。
四日目。このままだとただ時間を浪費するだけなので、僕は石丸さんに教えられた日雇いの仕事に向かった。
朝から晩まで宅配便の仕分けをする。いわゆるピッキングだ。
疲れたが初めてなこともありすぐに終わった。だが何度も続ければ退屈になってくるのは全ての日雇いに言える。ある程度の疲労があった方が時間が早く経ってくれるから精神的には楽だった。
さすがにカネを持っていればなにか言われたり取り上げられたりすると思ったが、石丸さんはそんなことをしなかった。
「それはまたここを出た時に使ってください。ここは一時的なシェルターですから」
「はあ。そうですか……」
シェルターと言うわりには僕しかいない。そのことを不思議に思ったが、きっと予算に上限があるのだろうと結論付けた。
五日目。もうすぐここから出ないといけないとなると、少し不安になってきた。
また日雇いで日銭を稼ぎネットカフェや安宿を探す日々。
それが待っているのだと思うと億劫になる。カネは少しできたが、それでもすぐに尽きるのは分かりきっていた。
一体自分はなにをしているんだろう。一体自分はこれからどうなるんだろう。
真っ暗な未来を思い浮かべるとまた死にたくなった。
このまま生きていてなにか良いことがあるんだろうか?
あるわけがない。この社会は僕みたいな人間を受け入れてはくれないし、受け入れたとしてもそれは使い捨ての労働力としてだ。
金持ちのために働かされ、金持ちの都合で切り捨てられ、そしてまた路頭に迷い、惨めで情けない思いをする。
きっと僕の人生はその繰り返しだろう。
それでも翌日僕はまた日雇いに向かった。これが搾取だと分かりながらも、働かなければ生きていけない。
そういう風に世の中はできている。
シェルターへの帰り、バスを降りて駅に向かうと大学生の集団が僕と一緒に働いていたおじさんを見て笑っていた。
「なんか臭くね?」
「やめとけって。ああいう人は肉体労働するしかないんだから」
「それだけはマジでイヤだよな。頭使って生きないと人権なんてねえよ」
若者の言っていることはたしかに正しいのかもしれない。僕らは無能だからこうやって汗水流して働いている。
そしてなにより学生時代の僕もあんなことを考えていた。誰かの下に見られたくない。だからホワイトカラーを目指し、プログラマーになった。
会社員になったらなったで、形が変わっただけの奴隷だということに気づきながらも目を瞑った。自分はまだマシなのだと。
僕も彼らと変わらない。いつだって世間の価値観に振り回される弱者だ。
だけどそれでも許せなかった。
僕らが苦しんでいるのは本当に僕らだけのせいなのか。社会にはなんの責任もないのか。
そしてなにより、誰もが自業自得だという目をしているのが頭にくる。
僕は自分を育ててくれた両親のために仕事を辞め、最後まで世話をした。そんな僕が社会に戻ってくるとこの世界は僕を怠けていたと言って拒否をする。
本当にそうなのか? 全部僕が悪いのか? なんで僕がこんな目に遭わないといけないんだ。
怒りが湧いてくる。同時に虚しさもあった。いくら憤っても僕にはなにもできない。現状を変えることができない。
だからまた、俯いたまま人で溢れる駅を歩いた。
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