第20話

 喫茶店から出た僕は犯行現場周辺の新聞販売店を巡った。

 香取の死体を見つけたのは新聞配達員だ。その人に会えばなにか新しいことが分かるかもしれない。

 幸いにも二つ目の店舗で発見者と出会うことができた。

 中村さんは五十代前半の男だ。ちょうど夕刊を配り終わった後らしい。

 僕が記者だと言うと中村さんはまたかという顔をした。

「何度も取材を受けているのにすいません」

「いや、べつにいいよ」

 中村さんは満更でもないみたいだ。きっと非日常のひとときを楽しんでいるんだろう。殺人事件の発見者になるなんてそうない。

 今から帰ると言うので僕は中村さんを家まで送ることにした。

 中村さんはもう何度も話したであろう内容を話してくれる。

「あの人を見つけたのはあそこの近くにあるマンションに配ってからだった。走り出してちらっと横を見たらなにかが置いてあったんだ。それに曲がってきたトラックのライトが当たって人だと分かったんだよ」

「周囲に人は?」

「いや。誰もいなかった。あそこは一通ばかりだから誰も通らないし、通っても住んでる人くらいだろうな。あの兄ちゃんも気の毒にな。まだ若いし、大丈夫だと思って歩いてたんだろ」

 香取のアカウントから最近運動不足だという記述があった。おそらくそれを解消するために少しの距離だが歩いたんだろう。

 医者か家族かは知らないが、ずっと部屋でモニターを見つめている生活は改めた方が良いと言われていたらしい。

 あの若さでタクシーで移動しているんだからカネをケチるはずがない。この辺は道が細かいから大通りの目印だけ伝えてあとは歩いたということも考えられる。

 マンションまではすぐだし、酒が入ってたなら酔い冷ましの意味もあっただろう。ちょうどアメリカ市場が開くタイミングだし帰ってからトレードを始めようとしていたのかもしれない。

「凶器とかは分かりますか?」

「さあね。それっぽいものはなにも落ちてなかったよ。多分持ち帰ったんだろう。でも血はほとんど流れてなかった。うつ伏せになって倒れてたから最初は酔っ払いが寝てると思ったくらいだ」

「死体に触ったんですか?」

「触ったよ。冷たかった。そこで気付いたんだ。こいつは死んでるって。それで警察に連絡したわけだ」

「警察はなんて?」

「普通だよ。見つけた時どんな感じだったとか、俺がなんであそこにいたのか詳しく聞かれた。もしかしたら疑われてたのかもな」

 第一発見者を疑うのは定石だが、香取とは関係ないと判断されたんだろう。

 中村さんは「次の角を右ね」と言ってから訝しんだ。

「でも不思議だねえ」

「と言うと?」

「だってあそこは東京の中心だよ? そこら中に防犯カメラがあるでしょ。だからすぐ犯人が見つかると思ったんだけどなあ。マンションだってホテルだって会社の事務所だって中に入れば防犯カメラなり警報装置なりが動くでしょ」

「じゃあ住人の犯行ってことですか?」

「どうだろうねえ。あそこはそれなりに知ってるけど、マンションはともかく、一軒家に住んでるのはお年寄りばかりで、若い子なんて殺せないと思うよ。マンションだって中に入ればカメラがあるし。多分だけど車かなんかに隠れて出たんじゃないかな」

 だけどそれなら不審車両を警察が追っているはずだ。それが盗難車で既に乗り捨てられていたとしも都内で防犯カメラやNシステムから隠れるのは困難だろう。

 どうやらあまり有益な情報は得られそうにない。ここはもう切り上げてもう一度SNSのチェックをしよう。

 アパートまで送ると下りる前に中村さんは小さく笑った。

「一応ね。写真もあるんだ」

「え?」

「もしかしたら売れるかと思って周りを写メで撮ったんだよ」

 写メなんて久しぶりに聞いたが、本当なら見てみたい。

「見せてもらっていいですか? 紙面に載せる場合は買い取らせてください」

「いいよ」

 中村さんはそう言うと古い折りたたみケータイを取り出して写真を見せた。

 そこに映っていたのは香取が倒れた姿。周りの状況などで、これと言って目新しさはない。

 その中の何枚かはぼかしは入っているものの、雑誌に載っていたものだった。どうやら他の記者にもこうやって見せて回っているらしい。

「どうだい?」

 どうだいと言われてもめぼしいものは既に使われている。

 僕が携帯を借りて何枚か流し見しているとその内の一枚に変なものが映っていた。

 それは箱の中に置かれた星のマークが描かれたカードだった。

「これは?」

「近くにあった冷蔵庫の中に入ってたんだ。なんか妙だと思って撮ってみたんだよ。ほら。よくあるだろ。ダイイングメッセージってやつが」

 死にかけの人間が路地の奥に向かってそこにある冷蔵庫の中にカードを置くわけがないし、それはないだろう。

 だがたしかに気になる。現場には行ってみたが冷蔵庫なんてなかった。

「警察はなにか言ってましたか?」

「さあ。写真は撮ってたけど、回収したかどうかも分からないな。死体からは結構離れたし。でも指紋とかも取ってたよ」

 調べてもなにもなかったのなら証拠ではないだろう。

 だがなぜこんなところにカードなんて入っているんだ? 

 小学生が遊びで入れたのか?

 事件に関係あるかは分からない。だがもしあったらスクープになるかもしれない。

 僕は予算と相談しながら告げた。

「もしよかったらこの写真を買い取らせてください」

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