第19話

 僕は早速無料でWIFIに繋げるカフェを探し、そこで一番安いドリップコーヒーを頼んで席に着いた。

 ノートパソコンを広げてエルドラドにログインすると香取のアカウントを探す。見つかったそれには取材前に聞いていたより多くの情報が載っていた。

 父親は名前は伏せているが一部上場している有名会社に勤めているらしい。家族は四人。恋人は募集中と書いている。

 そして華々しい学歴とトレーダーとしての物語も載っていた。

 大学在学中にバイトで貯めた数百万を元手に親から与えられたマンションでトレーダーとして始める。一年目はマイナスだったが、相場の勉強に徹し、自信を付けた二年目に親からもらったマンションを売り払い、そのカネを使って投資の幅を広げたらしい。

 父親には貰ったのより高いマンションを五年以内に買ってみせると約束し、三年後には達成する。

 香取のプロフィールには自分が如何に優れているかを書いているが、僕から言わせれば運良く親のカネを増やした若者にしか見えない。

 おそらく香取は香取で努力したんだろうが、普通の学生は親からマンションなんて貰わないし、奨学金の返済も気にせずにトレードの勉強なんてできない。

 まあ、今となってはどうでもいい。香取は死んだんだ。

 七億あったカネは遺産として家族が受け取るが、日本の相続税は累進課税制だ。確か六億以上は五十五%取られるから、かなりの額が国庫に納められる。

 さて。問題は香取の人間関係だ。

 このSNSでは他のものと同様に誰が誰にフォローされ、誰をフォローしているかすぐに分かる。

 有名人を除き、ほとんどが相互フォローだ。当たり前だろう。ビジネス目的で繋がるのだからお互いに連絡が取れるようにする必要がある。

 フォローしてもフォローされなかった場合はそれを外すのが暗黙の了解になっているみたいだ。

 香取がフォローしているのは二百二十人ほど。対してフォロワーは二百人弱だ。

 自分が犯人なら関係性を消すためにフォローを外すだろう。僕はフォローとフォロワーを見比べ、合致しない数名を探し出した。もちろん有名人に対して一方的にフォローしている場合は除く。

 次に香取の投稿を隅から隅まで確認し、合致しない数名との関係を示唆していないかを確認した。

 犯人がフォローを外していない可能性もあるので気になる投稿はスクリーンショットで保存していく。あとで再確認するかもしれないのでブラウザの内容もソフトで録画しておいた。

 だが出てくる写真は投資家仲間とのパーティーや新しい家具を買ったこと。家族旅行に行きたいがみんな忙しくて無理だとか、なぜか彼女ができないなど、くだらないものばかりだった。

 投稿にはコメントができるが誰かと揉めた形跡はない。ダイレクトメッセージは本人しか見られない。それでもおそらく警察は確認しているだろうし、今も犯人が捕まらないとなればSNS上でトラブルはなかったと言うことだ。

 もしトラブルがあれば事件現場周辺の防犯カメラに写っているだろう。いや、金持ちの場合は殺し屋でも雇うのかもしれない。

 しかしいくら探しても香取を殺して得する人物が見当たらない。

 あえて言うなら資産を相続する家族だが、相続税を軽くする方法などいくらでもある。どうせ殺すならそういった痕跡が見つかるはずだ。

 そもそも有名企業でかなりの地位にある父親の一家がカネを理由に息子を殺すとも考えづらい。やはりあるとすれば何らかのトラブルに巻き込まれた場合だろう。

 しかし香取は毎日のほとんどを家で過ごしている。トレードに精を出し、たまに友達とパーティーに出かけるくらいだ。それ以外は家に宅配を頼んでその豪華な食事をSNSに載せている。

 目標は三十までに資産十億と書いているので、それを達成するために集中していたみたいだ。

 あと半年もすれば三十歳なので目標達成はかなり難しかっただろう。本人もそれが分かっていたから取材に応じて失った自信を取り戻そうとしたのかもしれない。

 エルドラドでよく目にするのは資産何十億のスーパーリッチ達だ。彼らと香取を比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 僕や出版社の社員に取材を受け、ちやほやしてもらおうと思っても不思議じゃない。まあ贅沢な悩みだとしか思わないが。

 だが一つだけ言えることがある。

 香取は悪い奴じゃない。

 仕事柄悪人にも取材してきたが、香取には彼らにある荒んで諦めた気配がまるでなかった。

 犯罪者がなぜ犯罪を犯すのか。僕は専門家ではないから本当のところは分からないが、持論はある。

 彼らは皆諦めている。自分か、あるいは周りの環境、社会に対してだ。

 カネが欲しくても正攻法では得られない。この社会は残酷だ。学歴や経歴がなければ就きたい職にも就くことができない。

 起業を目指しても何者でもない若者に銀行はカネを貸さないし、会社だって取引をしてくれない。

 そんな彼らがそれでも金持ちになりたいと願うなら、犯罪に手を染める以外ないのだ。

 ある種犯罪者は社会が産んでいる。そして産んだ子供をその手で捕まえ、閉じ込め、あまつさえ首を吊らせていた。

 犯罪で大金を得られる人間は社会的にも有能な人間が多い。当たり前だ。組織を管理して莫大な利益を産める人間が今の日本の会社にどれだけいる? だがその有能さを社会は使い切れていない。

 一方で犯罪によって大金を得た彼らは往々にして疲れているし、憤っている。正当な手続きを得てないので自分のカネが奪われるのではないかと脅えてもいる。同時に社会に対して攻撃的だ。

 だが香取は違った。裕福な家に産まれ、何不自由なく育ち、学歴も立派で親からマンションまで買い与えられている。

 正直好きにはなれないが、利口だ。少なくとも馬鹿なら貰った金は全て溶かしているだろう。そして利口な人間はトラブルに近づかない。

 彼自身が悪党だった可能性もあるが、僕の主観ではあり得ないと断言できる。社会的な地位を失う危険性を犯してまでそんなことができる器じゃない。

 ならどうして香取は殺された?

 通り魔か? 通り魔ならどうして警察はすぐに捕まえない? 

 答えは簡単だ。犯人は計画的に香取を殺し、そして逃亡している。

 思ったよりこの事件は複雑で想像が付かない力が働いているのもしれない。

 もしそうなら僕は真実に辿り着けるのだろうか? 

 今はまだ分からないがとりあえずやれることをやるしかない。

 このままだと記事が推測ばかりになり、また読者に机が喋ったのかと笑われてしまう。

 まだ締め切りまで時間はある。もし机が喋るとしたら締め切り直後に原稿が白紙だった時だろう。

 それまでは無能らしく這いずり回るのみだ。

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