第17話
記者・大鳥敬吾
香取が死んだと聞いた時、僕は自分でも驚くほど悲しまなかった。
いや、それだけじゃない。どこか胸がすっとした気がした。
ざまあみろとまではいかないけど、微かに嬉しい気持ちになったのは事実だ。
我ながら酷いとは思うが、その原因はおそらく香取が金持ちだったからだろう。
もしこれがそこらの会社に勤務する普通の若者だったらこんなことは思わない。もっと哀れに思っていたはずだ。憤っていたかもしれない。
カネが僕の気持ちを左右する。その恐ろしさを感じつつも、それよりこのチャンスを物にするという決意の方が強かった。
僕は死ぬ半日前に香取と出会っている。
そんな僕がこの事件についての記事を書きたいと週刊誌の編集長に提案をすれば、快諾されるのは当たり前だった。
事件から一週間が経ってもこれといった容疑者が見つかっていないのなら尚更だ。
題名はシンプル。
『若手資産家はなぜ殺されたのか?』
如何にも週刊誌の読者が好きそうなネタだ。
しかし僕は記者クラブに入っていないので警察から直接ネタを引っ張ってくることはできない。
そもそも警察が一般の人間に情報を漏らすのは地方公務員法違反だ。
警察内部の記者室に出入りできる記者クラブの記者なら公然の秘密として直接聞けるが、僕みたいな何の後ろ盾もないフリーランスはどさ回りをするしかない。
こういう時は守られている記者クラブの連中が少し羨ましい。
でもあいつらはあいつらで正義を報道するとか威勢の良いことを言いながら警察内部で不祥事があれば本名すら出せない腰抜けだ。
まあ飯の種を警察からもらっているのだから仕方ないと言えば仕方ない。
だけど同じ犯罪者でも利益のあるなしで態度が変わるのは報道者としては情けない限りだ。
少なくともそんなことをしてるんだから偉そうな態度はやめてほしかった。
今回のことで知りたいことは三つ。
香取とはどういう男だったのか。
なにか恨まれるようなことはあったか。
事件当初になにが起きたのか。
ある程度のことは既に新聞社や週刊誌が記事にしているが、細かいところまでは追えてない。
こういう事件で売り上げが伸びるのは犯人が捕まり、その動機や手法などが分かった時だから今は最近あった別の殺人事件や大物芸能人の不倫を取材する方が旨味がある。
今は手元の情報を増やすために動くべきだ。ここで結果を出せば原稿料が上がったり、年末の忘年会くらいには呼んでくれるかもしれない。
逆に言えばここで成果を残せないのなら僕が切られる時期は着々と近づいてくるだろう。
結局のところ僕も記者クラブの奴らと大した違いはなかった。
どれだけ夢を語っても腹は空く。
金持ちになりたいと思ったことはないが、飢え死にしたいとも思わない。生きていくためにはある程度自分の信念を曲げないといけないのだ。
僕は前の記事で撮った写真や作成した資料なんかをまとめて段ボールに入れた。
これを整理するのはこの事件が終わってからになりそうだ。
益々散乱する部屋を横目に僕は足取り軽く家を出た。
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