第12話
しかし私のそんな考えも間違いだと気付かされる。
それは暑い夏の日だった。
例にもよって私は日雇いの仕事に出ていた。うだる暑さの中での設営作業はとにかく大変で、遅れていたのもあり休憩はほとんどなかった。
この広場で若者向けのライブをするそうだが、自分にはまるで関係がない。チケット代は一万円もするらしいが、そんな余裕がある人が何万人もいることに驚いているくらいだ。
なんとか仕事を終わらせて日当の九千七百円を受け取ると私は掛井さんが寝床にしている公園にやってきた。
最近仕事をよく取れるようになってきた。仕事を取るコツが分かってきたのだ。
曜日だとか季節だとか時間帯だとか、それらに合わせて穴場の仕事がある。大抵きつくて安いが、いくら安くても最低賃金は貰えた。
それにホームレスも長くやっていると節約の方法が分かってくる。ある程度お金の目処は付くようになってきた。
だからと言うわけでもないが酒でも奢ってあげようと余ったカネで安い吟醸酒なんかを持っていった。
だがいくら探しても掛井さんはいない。
周りのホームレスに聞いてもしばらく見ていないそうだ。
私はまさかと思った。だがホームレスをしていればいつ死んでもおかしくない。
病気にかかったり、暑さや寒さにやられたり、人に襲われることもある。
とうとう掛井さんにもそんな時期が来たのだろうか。
しかしそうではなかった。事情を知る人から話を聞いた私は驚き、住所を調べてそこに向かった。
見つけたアパートは今にも倒壊しそうなほど古かった。その一室に掛井さんはいた。
霞んだ音がするインターホンを鳴らすとしばらくして掛井さんが出てきた。
少し驚いていたが、掛井さんは中に入れてくれた。奥に向かう掛井さんは足を引きずっていた。
持ってきた酒を渡すと、それをちゃぶ台に乗せて不揃いのマグカップに注いだ。
掛井さんはそれをおいしそうに飲むと、私は尋ねた。
「……生活保護を受けられたんですね」
掛井さんはため息をつくと酒を見つめた。昔と比べて随分小さくなったように見えた。
「そうなっちまったなあ」
「別に責める気はないんです。でもちょっと想像できなくて。怪我をされたんですか?」
「うん。仕事でさ。重いもん運んでたんだ。人手が少ないから誰かに手伝ってもらうこともできなかった。そしたら躓いて、持ってた作業台の下敷きになっちまった。そっから足が動かなくてな。動けなきゃ仕事もできないし、そんならもうってことで諦めたんだ」
「労災は?」
「日雇いだからおりないってよ」
うそだ。働く限り日雇いだろうがバイトだろうが労災はおりる。
おそらく無知につけ込んだ業者が嘘をついて支払わなかったんだろう。日雇い如きに労災なんて使いたくないというわけだ。
私は辺りを見渡した。随分ひどいアパートだ。立地も悪いしよっぽど安いのだろう。
「ここはどうやって探したんですか?」
「業者だよ。仕事がなくて困ってたら声をかけて来たんだ。生活保護の申請もアパートの手配もしてやるからどうだって。正直悩んだが、この足じゃどうしようもない。野垂れ死んだら死んだで迷惑かけるだろうしな」
掛井さんは近くにあったビニール袋を手元に持ってきた。
「毎週業者が食べ物とか飲み物とか買ってきてくれるんだ。それでなんとか生きていけるよ」
「……そうですか」
覗いてみると安いレトルト食品が入っていた。あまり量はない。これだとお腹はふくれないだろう。
それから私らは酒を飲み、いくつか話をした。夜になって帰ろうとすると、掛井さんは言った。
「どうせネットカフェだろ? よかったら泊まっていくかい?」
私は悩んだが、かぶりを振った。
「いや、やめておきます。私はまだなんとかやっていけそうなんで」
「……そうかい。来てくれて嬉しかったよ。またいつでも来な」
私は「はい」と言って部屋をあとにした。
だが私はもう二度とこのアパートに来ることはなかった。
その一週間後、掛井さんは部屋で首を吊って自殺した。
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