第10話

 彼とはその後も何度か炊き出しで出会った。

 実のところ最近は日雇いの仕事も増えてきて食事代くらいはあったのだが、それでも私は炊き出しに並んだ。

 他の場所でもやっているが必ずここを選んだのは彼に会うためだった。

 彼はこんな場所に似つかないほど知性があり、知識もあった。

 おそらく彼ならどんな場所でも職にありつけるだろうし、カネにも困らないだろう。

 だが彼の意見は違った。

「いたい場所と能力がいつも均衡しているとは限らないんです」

「……かもしれない」

 私はため息をついて彼からもらった缶コーヒーを飲んだ。

 誰だって事情がある。そしてそれは彼にもあるのだろう。

 彼は街を見上げた。

「どうですか? 答えは出ましたか?」

「……いや。まだだ」

 前にされた提案の答えを催促され、私は俯いて温かい缶を両手で握った。そして炊き出しに並ぶ人達を見つめた。

「死ぬのは構わない。これ以上どうなろうと私には未来なんてないからね。だけど善悪は別だ」

「死ねるのなら善も悪もないと思いますけど」

「気持ちの問題だよ。覚悟と言ってもいい。それにやっぱり君の言っていたことが完全に正義だとは思えないんだよ」

「正義、ではないのかもしれません。だけど正当ではあると思っています。欲して然るべきだと」

「……悪いけどそうとも思えない」

「……そうですか」

 彼は残念そうに息を吐いた。

 なんだか申し訳ない気持ちになる。一方で自分が間違っているとも思っていなかった。

 彼の提案はそれほど過激で苛烈だった。

 一見大人しそうに見える彼がどうしてそんなことを思うようになったのか気になるが詮索はしない。話す必要があるなら話すだろうし、そうでないなら話さないだろう。

 彼は都会の狭い空を見上げる。

「あなたにはそれをするだけの権利があると思うんですけどね」

「……権利はあくまで権利だよ。それを使うかどうかは私が決めることだ」

「……たしかに」

 彼は想定とは違ったと言いたげだった。だがそれでも纏う余裕は揺らがなかった。

「無理強いするつもりはありません。ただそういう選択肢もあることは頭の隅に留めておいてください」

「……分かった」

 彼は立ち上がり、そして「待ってます」と言って行ってしまった。

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