第8話
いくら死にたいと考えても、実際に死ねる人間はどれほどいるのだろうか?
十人に一人? それとも百人?
おそらくもっと少ない気がする。
人は簡単には死ねない。生きたくなくても肉体は食料や睡眠を欲し、気力がなければないほどそれらの欲に引っ張られ、結果として生き延びてしまう。
会社を辞めた私はしばらく貯金を切り崩して生きていたが、それも底を尽き、アパートを追い出されてからは安宿やネットカフェに泊まっていた。
仕事がないと叫ばれてはいるが、選ばなければあるにはある。
肉体労働や誰もしたがらない汚れた仕事をやっていると自分のことが益々惨めに思え、同時にそれにふさわしいとも感じていた。
自分で死ぬ勇気はない。だけどこんな生活を送っていればそう遠くない未来に死ぬだろう。健康なんて気遣うことすらできない。
そんな日々を過ごし、私はいつの間にか四十手前になっていた。
ここから先浮上することはないだろう。普通の生活を送るのさえ困難だ。
でも仕方がない。そういう運命だった。
私はそんな諦めを片手にただただ毎日を生きていた。
考えることはどうすれば死なないかだけ。
ネットカフェの宿泊は一泊二千円弱。食事は一食二百円以内に収める。つまり一日にかかる費用は二千五百円くらいだ。
一万円あれば四日は生きられる。どうしてもカネがなければ野宿でもいいが、その場合晴れの日じゃないと苦しい。
日雇いの日給は九千円ほどなので、大体月に十日前後働けばなんとか生きてはいける。
だがいつも仕事があるわけじゃない。働ける時は連続で働き、少しでも蓄えておかなければすぐにカネは底を尽く。
そうなれば完全なホームレスだ。今もそうだが、やっぱり屋根があるのとないとでは安心感がまるで違う。
だとしてもいずれ私も段ボールの中で寝るんだろうなとは思っていた。それが早いか遅いかであり、私と彼らに差なんてない。
正社員として働いていた自分がそうなんだ。
実のところ、高そうなスーツを着て歩く会社員達とその足下で黙っているホームレスに大した違いなどないのかもしれない。
それこそたった一つの出来事で人は全てを失うのだ。
病気や怪我、心の傷を負うかもしれない。財産を騙し取られるかもしれない。
不安定さはいつでも存在し、そして失ったものを取り戻すのは容易ではない。
でもそれは失わなければ分からなかった。
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