第10話

 地下水道はひたすら同じ景色が続いていた。天井も壁も白っぽい石で造られていて、どこにも継ぎ目が無い。本当に石なのかも分からなかった。

 川の横には人が並んで歩けるだけの道が整備され、一定間隔で壁面にドーム状の窪みが設けられている。


 視界に入るものが変化に乏しいせいで時間感覚を失いそうだ。

 そんな中での唯一の刺激は敵襲である。ヴォイドとスカルの眼前で空中に灰色の塵が集まり、人の形となった。

 瞬時に荷物を下ろしたヴォイドはガラスの剣を抜き、フォトンの刃で『灰人』をあっという間に切り伏せる。敵が霧散するのを見届けて、安堵の息を吐く。


「相手に反撃すら許さない。風のように疾い。何度見ても見事だねぇ」

「褒めても何も出ないぞ。さっきも言ったが『灰人』が現れたら距離をとってくれ。触られるだけで危ないんだ」

「奴らのドレイン攻撃の怖さは知っているつもりだよ。ボクみたいにか弱い乙女が触れられでもしたら、あっという間に死んでしまう」

「案外、吸い取った『灰人』の方が死ぬかもしれないな」

「ひどい!?」


 そんなやり取りを繰り返し、一日が過ぎた。

 疲労が限界を迎える前に食事を摂る。水面を吹く風が冷たいので、窪みの中で腰を下ろして避けることにした。

 スカルは食料の乾燥パンと干し肉を取り出し、携帯用の湯沸かし器をランタンに繋いで湯を沸かした。道具を一式持ってきていたらしく、丁寧に紅茶を淹れる。

 湯気の立つカップをヴォイドに差し出し、仮面の下でにっこりと笑った。


「シミル地方の茶葉を用意したよ」

「ありがと」


 温かいお茶に感謝しつつ、簡単に食事を済ませる。

 窪みの中、対面のスカルは壁に背を預けて両脚を抱えるように座った。


「あと、どのくらい歩くんだ?」

「ボクの予想では一日半といったところだ。基本的に一本道だから迷うことはない。物資の半分はここに残しておく。帰りにでも拾えばいい」

「分かった」

「今夜は交代で見張をしよう。三時間経ったら起こす。戦って疲れただろうから、キミは先に寝てくれ。もし襲撃されたら全力で起こすから、先に承知しておいてほしい」

「それは構わないけど、上流に向かえば向かうほど『灰人』の数が増えてないか?」

「概ね、予想通りだよ」

「お宝が近いってことかな。ここで何を探すつもりなのか聞いてもいいか?」

「愚問だ。ボクは世界探究者。探すのは真実さ」

「俺にも分かるように教えてくれ。命懸けで戦っているんだぞ」

「はっはっは、キミも世界の謎に興味が湧いたみたいだね。いいだろう」


 どういうわけか、腰を上げたスカルはヴォイドに寄り添うように座り直す。

 怪しい仮面女から甘い香りが漂い、潤んだ唇が綻んだ。肩と肩が触れると恥ずかしくなったヴォイドは身を引いてしまう。


「逃げなくてもいいだろう」

「なんで隣に座るんだよ」

「近い方が熱意も伝わると思ってね」


 理屈はいまいち分からない。ヴォイドは皮膚がざわつくのを感じながらも、どうにかその場に留まる。

「教王スピリトを知っているかな?」

「それくらいは知ってるよ。教団で一番偉い人だろ」

「そう。この世界の最高権力者だ。代々、教王は神より授かった『祝い火』を管理してきた。その火から生まれるのがフォトンだ。水晶の糸を編んで造られたファイバーケーブルが各地に繋がれ、それを通り道にフォトンが供給される。フォトンが無ければ明かりは無く、植物は育たないし、列車も動かない。それは知っているだろ?」

「そんなの常識だ」

「そう。だからこそ疑う余地がある」


 それまでとは質の違う笑みを浮かべ、スカルは顔をさらに近づけてきた。

 骨色の仮面の下では目を輝かせているのではないか。そんな気がする。


「人々の信仰が『祝い火』を燃え滾らせ、いつかは『太陽』へ昇華させるのだという。ボクにはそれが真実だとは思えないんだ」

「教団がそう伝えているんだろ。いちいち疑わなくてもいいじゃないか」

「いいや、疑うね。そもそも彼女らが信仰する神は中途半端だ。神は『灰色の魔王』が『太陽』を呑み込むのを止められず、『太陽』が失われても同じものを用意することはできなかった。教典の通り『太陽』が無限のフォトンを生む存在だったなら、信仰心で燃える程度の『祝い火』なんて明らかに見劣りする。そもそも神が人間の味方なのかも怪しい」

「往来で喋ったら火刑確定だな……」

「そんなことで臆するボクじゃないよ。おっと、話が逸れてしまったね。ボクがここで探しているのはこれらの謎を解く手がかりさ。そもそも神話の時代……」


 それからスカルは一時間以上に渡って熱心に話し続けた。結局、ヴォイドの睡眠時間が削られただけで具体的なことは判明しない。あるところでスカルはピタリと会話を止める。


「キミはお人好しだな」

「ん?」

「ボクの話をちゃんと聞いてくれるなんて」

「雇われた身だからな」

「ははは、それでも嬉しいよ。おかげでキミに対する個人的な興味が湧いてきた」

「残念ながら、あんたの崇高な目的は理解できてないぞ」

「ボクの依頼を一度断って、またすぐに会いに来ただろう? 急に金が必要になったのかなと思ってね」

「あー、そのことか……」


 本当のことを話すか少しだけ迷う。知られたところで特に問題は無いが、気恥ずかしい。

 黙って考えていると、真横にあるスカルの口元がにやけていた。


「もしかして、女にでも貢いでいるのかな? おっと、乗り換えるなら今のうちだぞ。ボクは右に出る者がいない有料物件だ」

「違うよ。謹慎処分くらって二ヶ月も給料出ないし、家賃払わなきゃいけないし、下宿先の窓ガラスを割っちまったし、色々あるんだよ」

「なんだ、つまらないな」

「面白い話じゃないって。それに……」


 ヴォイドは水路の方へ目を遣る。

 水の流れる音は退屈だけど落ち着く。

 田舎の農地の景色が浮かんでくるようだった。


「故郷への仕送りが途絶えたら、母さんに心配されちまうだろ」

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