第9話
「実に嬉しいね。ボクの依頼を引き受けてくれたということは、世界探究者の理念を理解してくれたということかな」
「そうかもな」
星空の下でスカルは声を弾ませ、仮面に半分隠れた笑顔で振り返ってくる。スーツのあちこちにベルトを巻き付けてボディラインを強調した服は相変わらず奇妙だったし、見るからに動きにくそうだ。それでも身軽に振る舞っているのは気持ちが軽いからかもしれない。フォトンを宿したランタンこそ手に持っているものの、他に荷物らしい荷物は見当たらない。
一方のヴォイドは最低限の水と食料とランタンだけは持ってきた。
宿屋の窓ガラスを割ってしまった後、敗北感に苛まれながらスカルを探し、依頼を受ける旨を伝えたのである。すると「準備があるから」と数日待たされ、さらには何も持ってこなくていいと念を押されていた。
「ところで、どこへ行くつもりなんだ? 目的地は『灰人』が出てくる遺跡なんだろ?」
「その通り」
「こっちにあるのは水晶を掘り尽くして、とっくに廃坑になった鉱山だぞ」
二人で歩いてはいるものの、ヴォイドは行き先を教えてもらっていなかった。
街から出てから既に二時間近く経過している。人の通った痕跡はしっかりと残っていたものの、周囲の温度は下がってきた。
「この辺りはもうフォトンを伝達するケーブルが撤去されてる。ケーブルは熱源にもなるから、それが無いと気温は際限なく下がるし、寒くて死ぬかも」
「はっはっは、キミは心配性なんだね。何のために時間をもらったと思っているんだい? ほら、ここから坑内に入るよ」
さらに歩いて、ようやくそれらしい場所へと着いた。
岩壁には大きな穴が開けられている。鉱山の名前と番号が振られたプレートがそのまま残っていて、ご丁寧に『立ち入り禁止』と注意書きがされていた。
「……この中に入るのか?」
「そうだよ。目指す遺跡は鉱山のさらに奥にある」
入り口の奥は真っ暗闇だ。わずかな星に照らされた屋外と違い、明かりがなければ進めないだろう。
ヴォイドが頬に汗を垂らして躊躇っていると、スカルは怪訝そうな顔になった。
「どうしたのかな?」
「こういう洞窟とか狭い場所にいい思い出が無いだけだ」
「閉所恐怖症ということか」
「……大丈夫。ちょっと怖いだけだから」
スカルは小さく「人選ミスだったか?」とぼやくも、ヴォイドは聞こえないふりをして中へと入った。
廃坑内は思ったよりも広く、天井も高い。そのおかげで狭い場所が苦手だと宣言したヴォイドでもなんとか耐えることができた。
当然のように人の気配は無く、かといって他に生き物も見当たらない。ヴォイドは足取りが重くなり、何度も「本当に大丈夫なのか?」とスカルに尋ねてしまう。
「ボクを信じなさい。怖いなら腕組みして歩いてあげよう」
「いや、いい」
カフェに無理矢理連れ込まれたときの感触を思い出して、気を引き締め直す。
二人は下り坂をひたすら進んだ。段々と道が細くなる。街中で例えるならどんどん脇道に入っていく感覚だろうか。しばらく歩くと行き止まりとなる。
「ここが遺跡の入り口さ」
ランタンに照らされた先には大量の荷物が置いてあった。見た目に新しく、以前からここにあったものではなさそうだ。奥には見るからに古い鉄扉があって、異様な雰囲気を漂わせている。
「必要物資は先日、運び込んでおいた。ほら、これを装備してくれ」
ゴソゴソと荷物を漁ったスカルは、その中から鞘に入った剣を取り出す。
受け取ったヴォイドは引き抜いてみるとガラスの刃が露わになった。
「本当に外殻兵士隊と同じ装備だ……」
「こっちのランタンにはフォトンを充填してある。接続はこのケーブルを使いたまえ。あぁ、キミ専用のコスチュームも仕立てておいたからね!」
得意そうな顔でスカルが取り出したのは、黒いマントと目元を覆う骨色の仮面だった。
ただでさえ肌寒い空気がさらに冷え込むのを感じる。
「それを着ろ、と?」
「光栄に思いたまえ。ボクとお揃いの仮面だ」
「遠慮しておく」
「着てくれたら報酬を上乗せしよう」
「くっ……」
寒さを凌ぐのにマントはあったほうがいい。しかし、仮面を付ける意味を見出せなかった。
ここから先の遺跡とやらに人間がいるとは思えなかったから恥ずかしがる必要はない。だが抵抗感は拭えない。
「仮面は後で付ける」
「……まぁ、いいだろう。おっと、マントは耐火性だ。熱を遮断してくれるから、必ず着用してくれたまえ」
「壁から火でも噴き出してくるのか?」
「後で分かるさ。では荷物を持って出発だ」
スカルがリュックを背負う姿は驚くほど似合っていない。
ヴォイドも続いて荷物を背負い、ベルトに鞘とランタンを下げる。
「てっきり、荷物は全部俺が持つのかと思ってた」
「キミだけに苦労させるつもりはないよ。このくらい何ともないさ。それと、この先からはランタンの明かりは必要ない」
「どういう意味だ?」
「ふふふ。見てのお楽しみさ」
不適な笑みを浮かべたスカルが鉄扉を開け放つ。僅かな隙間からは光が漏れてきた。水のせせらぎも聞こえる。
ヴォイドの心配顔は遺跡とやらの内部を目の当たりにした瞬間、驚きへと変わった。
「これは……」
鉄扉の向こう側には川が流れていた。
その周囲は石造りのトンネルに覆われていて、所々に埋め込まれた水晶が光を放っている。
川幅は広く、小さい船なら通れそうだった。流れる水の透明度は高くて、底に敷き詰められた石床が見える。そんな河川が上流も下流も先が見えないほど長く続いていた。
「どうだい? すごいだろう。これが古代魔術文明の地下水路だ」
「こんなものが鉱山の中にあるなんて」
「調査用のトンネルがたまたま古の地下水路にぶつかったのさ。そのせいで教団から圧力がかかってね。ここの存在は隠蔽され、鉱山は廃坑となった」
「ふーん。なんで教団は圧力をかけたんだ?」
「彼女らは魔術師を恐れている。それだけのことだよ」
教団が圧力をかけることは珍しくない。直近であれば聖女フォグ襲撃の件だ。ヴォイドだけでなく外殻兵士隊や聴衆にまで緘口令が敷かれた。
あれと違って、この古代魔術文明の地下水道は噂にすらなっていない。それだけ最初の目撃者が少なかったということだろう。
「魔術師なんてとっくの昔に全滅したんじゃないのか?」
「その話は置いて上流に向かって歩こう。ここには未だにフォトンが供給されている。明かりもあるし、寒くもない」
「そうだな。穴倉というよりは屋内って感じで、さっきと違って怖くない」
「まぁ、食料が無くて『灰人』が出ることを除けば快適だろう」
「こんなに水があるのに荷物には水筒が入ってたぞ」
川は底が見えるほど透き通っている。これなら飲料水には困らなさそうだ。
流れる水面を指差すヴォイドに、スカルは苦笑いを返す。
「飲まない方がいい。見た目は綺麗かもしれないが、ここを流れている水は世界で一番穢れているからね」
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