第6話
地上に幾つも空いた掘削坑の近くに大きな街があった。掘り出した水晶を加工すればフォトンを増幅したり、蓄積したり、様々な用途で使える。だから水晶を加工する工房も同じ街の中に存在していた。永遠の夜に閉ざされたスフィアにあって、その街は活気に溢れている。名前は『ルイン』という。
外殻兵士隊は各地に点在しているのでルインの街にも詰所がある。立地は廃坑に近い街外れで、『灰人』たちの出現頻度の高いエリアに近接していた。
建物はボロい。魔王の配下と戦う兵士は尊敬されるが、高価な装備品にばかり経費がかかって他に回らない。そんな詰所の隊長室で、席についた大柄な男が呆れ顔で書類を摘み上げている。
少し離れた場所で立っているヴォイドは文字の一言一句を読み取れたし、そのせいで胃が締め上げられていた。
「二ヶ月の謹慎処分だ。その間、給料は出ないからな」
「ちょっと待ってください」
「黙って最後まで聞け。そうしたら申し開きの機会はくれてやる」
聖女フォグ襲撃事件の後、待機命令を受けていたヴォイドは詰所に呼び出されていた。
事情を聞かれるのだろうと予測していたが見事に外れ、隊長から今回の件について処分が言い渡されている。
「俺の命令を受けていたにも関わらず勝手に『灰人』と交戦し、大怪我を負った。兵士としての資質に疑問を抱かざるを得ない」
喉から出かけた反論を呑み込み、身体を震わせる。まだ喋ってもいいとは言われていない。
隊長は値踏みするような視線をぶつけてくるが声を荒げてはこなかった。あくまで淡々と告げてくる。
「あと、教団から箝口令が敷かれた。襲撃の日に見たもの、聞いたもの全ては口外してはならない……だとよ。逆らったら火刑だな。ま、これに関しちゃ俺たち外殻兵士隊の全員が従わなきゃいけない」
「何故ですか?」
「まだ喋っていいとは言ってないんだがな。いいだろう、申し開きしてみろ」
「あのデカい犬は『灰人』じゃなかった。四本脚だし、体の色も灰色じゃなくて黒だし、しがみ付いたけど触っただけじゃ死にませんでした」
「そうだな。俺も疑問だ。兵士になって二十年だが、あんなのは初めて見た」
「つまり『灰人』とは戦っていません。命令違反じゃない」
「お前が小癪な屁理屈を捏ねるってんなら、俺もそうするぞ。じゃあ、あの黒い犬は何だったんだ? 魔王が新たに生み出した灰人の亜種かもしれん。そうなら『灰人と戦わず逃げろ』って命令には違反したことになる」
「でも、俺が時間稼ぎしなかったら聖女フォグは殺されていました」
室内に重い沈黙が流れる。ヴォイドとしても、これだけは言っておかなければならないと思った。
もしもヴォイドが、黒い犬にしがみ付いて一緒に落ちていなければ……あの場で聖女フォグを守れる人間はいなかったのである。
隊長は食い下がるヴォイドの目を見て、手にした書類を投げ捨てる。
「結果論に付き合うつもりはねぇよ。誰もがチャンスをモノにしようって、我先に動いたら組織は成り立たねぇンだ。それでも処分に従わないなら分かっているんだろうな? 除名になって二度と兵士にはなれんぞ」
「……金が入らないのは困ります! 俺が何のために田舎から出てきて兵士になったと思っているんですか!」
「知るか! そう思うんなら大人しく命令に従っておけ! 御託はもういい! 剣とランタンを置いてさっさと帰れ! 二ヶ月は顔を見せるんじゃないぞ!」
「くっ……」
声を荒げる隊長を前に、ヴォイドは歯軋りした。
腰に下げたランタンにも鞘にも手は伸びない。
隊長は腕組みをして椅子に体重をかけている。そして目を伏せた。
「お前の腕っぷしが強いのはよく分かっている。天性のものだ。けどな、自分ひとりで何もかもできるなんて自惚れるんじゃねぇぞ」
「わかりました、もういいです」
床に投げ捨てられた書類を拾い、ベルトからランタンと鞘を外して隊長の机の上に置く。
踵を返したヴォイドの背に、それまでとは違うトーンの声がかかった。
「お前、本当に身体は何ともないのか? 傷は?」
「……大丈夫です。聖女フォグが治してくれましたから」
「そうか」
「失礼します」
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