⑥決行日当日
直哉は、初めて綾子とデートに行った時の服を着て、髪を整えようと自分の顔を見た。
鏡の中の男は髭面で不健康な顔そのものだ。
でもこの顔とも今日でお別れだ。
髭をそって、髪を整える。
最後に少し整えた自分の部屋を見回し、黒いカバンをつかむ。
(もうここには戻らない―)
強い決意とともに家を出た。
目的の場所に着くと、腕時計は9:00を指している。
社員が出社していく姿が見える。
(綾子-)
綾子が綺麗なスーツにハイヒールで入っていく。
一緒にデートした可愛らしい綾子はそこにはいない。
ぎゅっと強くカバンの紐を握った。
一歩、一歩、歩みを進める。
ビルの階段を一段一段上り、扉に手をかける。
すると、扉の中から「キャー」という声が聞こえてくる。
直哉はゆっくりと少しだけ扉を開けると、覆面をした男が拳銃のようなものを持って、社員たちを隅に追いやろうとしている。
綾子もその中にいる。
男は覆面をしている。
あこぎな商売をして被害にあったのは自分だけではないらしい。
この男も同じように被害にあったのだろう。
犯人が殺気立っているのがわかる。
このまま黙って去ることも出来る。
“「じゃあそこまでお話しませんか?」”
なぜかこの状況で初めて綾子と話した時のことが蘇る。
少し頬を染めて、はにかんでいた。
直哉は、黒いカバンに目を向けた。
顔を隠すということは、逃げる気だ。
つまり死ぬつもりはないのだ。
この爆弾を使えば、助けられるかもしれない。
でも、直哉を騙し、地獄に突き落としたのは綾子だ。
直哉は目を閉じて深呼吸をすると、立ち上がった。
このまま一気に扉を開けたら、何も言えないまま撃たれる可能性がある。
周辺を見ると、窓がある。窓に影が映らないように慎重に手をかけて、少し力をいれるとすーっと開いた。
何も反応がない。ゆっくり窓の方をみると、どうやらトイレの窓のようだ。
なんとか上って、静かにトイレに侵入する。
トイレのドアを少し開けて、様子をうかがう。
男は一人のようだ。
直哉は深呼吸をした。
男が気を抜いた瞬間に飛び込んで、爆弾があると言えばいい。
人質を逃がさないと爆発させる、お前も死ぬぞと言うのだ。
こんなセリフ、ドラマの中だけだと思ってた。
(下手したら死ぬよなぁ)
死ぬつもりでここに来たし、ロクでもない人生だし、最後に一発だけ人のためにやってやるかと心を決めて、起爆スイッチに手に持ち、飛び込む前にカバンを開けた。
爆弾を直に見せれば、犯人もすぐ発砲はしてこないはずだ。
「・・・え?」
直哉は思わず、起爆スイッチを押した。
「佐藤、こっちだ」
桐谷が小さな声で佐藤を裏門横のフェンスで手招きをする。
「こんな日に遅刻すんなよ」
腕時計は6時を指している。
「明日は決戦と思うと、寝れなかった」
佐藤は眠たそうにしながら、フェンスの穴をくぐる。
「行くぞ」
眠そうな佐藤を引きずって、屋上につながる階段まで向かう。
屋上の扉にかかったカギをはずそうとすると、外れない。
よく見ると新しいカギに変わっている。
「うそだろ」
佐藤は「これは勇気のある撤退が必要かもしれないな」と欠伸をしている。
「お前は言ったからにはやり遂げる男じゃないのかよ」
「人生は何があるかわからんもんだ」
佐藤はもうカバンをもって階段を降りようとしている。
「おい、佐藤、諦めるのかよ」と言い終わるか終わらないかの瞬間に、
「お前らなんでここにいるんだー!」
と佐藤と桐谷が一番に苦手としている体育教師、通称ゴリ男の声がした。
そこから地獄だった。
進路指導室にそのまま連れていかれた。
どうやら最近学生たちが屋上を勝手に使っていることに教師が気づき、カギを交換したらしかった。
ゴリ男は文化祭前に最後のチェックを早くから来てしていたらしい。
1時間ほど説教を受け、その後は校舎の点検に一緒に連れていかれ、あれこれと掃除などさせられた。
他の学生が登校するころには佐藤も桐谷もぐったりしていた。
時計をみると、8時半を回っている。
「今回は作戦失敗だな」
桐谷は小さく頷いているが、もうほとんど寝ているようだ。
そのまま流されるように校庭の文化祭の開会式へ向かう。
校長の話が始まった。
桐谷はつまらねぇなと思っていると、近くからチ、チ、チ・・・と音がする。
時計の針が進むような音だろうか。
桐谷が見回すと、どうやら隣に立っている佐藤が持っている黒のカバンから鳴っているようだ。
「佐藤、カバンからなんか音すんぞ」
小さな声で佐藤に声をかけるが、佐藤は「ん?」と半分寝ている。
「時計でも入ってんのか?」
桐谷が教師の目を盗んで、カバンのチャックを開ける。
「・・・え?」
某探偵アニメで見たことあるフォルムのものだ。
「ば、爆弾?」
残り時間は15分のようだ。すごい勢いで秒数が減っていく。
「おい!佐藤!何なんだ、これ?」
佐藤はぼんやりとした目で「ん・・」と言っている。
さすがに教師たちや周りの生徒も気づいてこちらを見ている。
ゴリ男がすごい顔でこっちに向かっている。
説明していたら絶対に間に合わない。
桐谷は、カバンを握ると走り出した。
佐藤もなぜかカバンを離さず、一緒に走り出す。
「桐谷―、俺しんどいよー」とのんきな声をだしている。
「いいから死にたくなきゃ走れ!」
桐谷は自分にこんな力があるのかと思うほど走り続けた。
見えて来た、海だ―。
佐藤から無理やりカバンをはずすと、思いっきり海に向かってカバンを投げた。
カバンは放物線を描いて海に向かって飛んでいく。
思いっきり投げた反動で、ドンとしりもちをついて、数秒すると、ドカーンというけたたましい音ともに水しぶきが高く上がった。
「桐谷、一発ぶち上げたな」
ずぶ濡れになった佐藤がそうつぶやいた。
雅也は暗闇中、ターゲットの家の裏から敷地に入った。
黒いキャップに黒の上下で暗闇に紛れている。
スマホをみると、美奈とさつきの笑顔でこっちをみている。
時刻は2時を回ったところだ。
イヤホンから仲間の声がする。
「俺はしばらく見張ってから遅れて入る。何かあればすぐに連絡する」
「了解」
雅也は小さな声で返事をすると、裏口の扉の前に立つ。
扉に手をかけると、開いている。
(不用心だな)
もしかしたら誰かいるのかもしれない。
小さな懐中電灯をつけると、慎重に雅也は部屋へ入った。
どうやら誰もいないらしい。
仲間に誰もいないと伝えると、部屋の奥へ入る。
念のために音を立てないようにしながら、歩く。
金庫は2階の奥の部屋にあるらしい。
絶対失敗はできない。美奈とさつきの笑顔を守るためだ。
階段を一段、一段上る。
なんとなく懐かしい匂いがする気がした。
母が好きだったルームフレグランスだ。
(いつか謝りたかったけどな)
母にいつの日か謝りたかった。でも今も空き巣をしなければ妻と娘の笑顔を守ることすらできないのだから、それは叶わぬ夢だ。
弟にも顔向けできない。
なぜか涙がこみ上げそうになる。
今は仕事中だ、涙をこぼすわけにはいかない。
奥の部屋にたどり着くと、金庫に触れてみる。
これであればそれほど開けるのに時間はかからない。
懐中電灯を口にくわえ、カバンを開ける。
空き巣の7つ道具が・・・
「・・・え?」
カバンの中には大きな巻物が一つ入っているだけだ。
戸惑っていると、パチっと音とともに明かりがつく。
住人と目が合う。
「・・・うそだろ」
そこには、母と父が立っていた。
とにかくバレたからには撤退するしかない。
混乱する頭を落ち着かせて、ベランダへ飛び出す。
「待て!」と父の声が聞こえるが、ここで待つわけにはいかない。
カバンにロープが、と思ったら、もちろん大きな巻物しかない。
(しゃあねぇ)
巻物をさっとベランダの手すりに結び付けて、ロープ代わりにして降りようとする。
「危ない!」仲間の声がしたかと思うと、途中で巻き物の紐が切れて、どんと庭に巻き物とともに落ちた。
痛みを一瞬感じたが、どうやら巻き物に掴まったおかげで落ちる速度がゆっくりだったのでけがはなかったようだ。
「イテテ・・」
上を見上げると、ベランダから父と母と仲間がこちらを見ている。
巻き物だと思っていたのは横断幕だったようで、大きな字で『俺は生まれ変わる』と書いてある。
「なんだよ」
雅也はなんだか痛みのせいか、驚いたせいか、何なのか笑ってしまった。
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