⑤決行日の前日に

「明日はいよいよ決行日だ。わかってるな」

雅也は静かに頷いた。

昨日商売道具も磨いておいた。あとは明日の流れをしっかり確認して、シュミレーションしておくだけだ。

「さつきちゃん?だっけ?大丈夫なのか?」

「明後日までは義実家で預かってもらってるから大丈夫だ」

「かわいいんだろうな」

ふいにタバコをふかしながら、娘のことに触れてきた。

「自慢じゃないが、将来は美人になる顔だ」

「つまりお前には似てないわけだ」

「うるせぇ」

一瞬黙ったかと思ったら、雅也の方をまっすぐに見てくる。

「・・・本当にいいんだな?」

スマホのホーム画面の美奈とさつきの笑顔の写真が目に入る。

「あぁ。こいつらの笑顔を守るためならなんだってする」

「・・・そうか」

そういうと、明日の詳しい場所と地図を差し出してきた。

普通のよくある一軒家だ。

「一見金持ちには見えないが、金庫にたんまりと金をためているらしい。遺産が入ったらしいんだが、最近入ったからまだセキュリティもちゃんとしてない。明日から旅行で家をあけるらしいから、まずお前と俺でやれば失敗しないと思う」

間取り図や金庫のタイプなどどこで手に入れたのかわからないような情報を並べて、シュミレーションを行う。

「どうだ?やれるか?」

「あぁ、問題ない」

「昔の目つきに戻ってきたな。じゃあ明日な」

そう言って男は立ち上がると、去っていった。

雅也は気持ちを落ち着かせるために、コーヒーをもう一杯注文した。


「準備したぞ」

佐藤は黒いボストンバックを机にドン、と置いた。

「これが例のものか」

桐谷はバックのチャックの隙間から中身を確認する。

「準備万端だな」

「当り前だろ。俺は言ったからにはやり遂げる男だ」

佐藤はバックを足元に置いた。

「早速、明日のシュミレーションといこう」

明日は、早朝に校舎へ向かい、下準備をする予定だ。

校舎の裏門横のフェンスが破れているので、そこから入る予定だ。

その後屋上に向かい、準備をする。

屋上は普段鍵がかかっていることになっているが、カギが壊れていることを学生のほとんどが知っていた。

この高校は海が近く、屋上から綺麗な海やサンセットを拝むことができる。

その為、絶景の告白ポイントとして学生はよく使っているのだ。

きっと明日も早朝にキラキラ輝く海を眺めることができるだろう。

その後、全校生徒が集められ、文化祭の開会式と共にドンっだ。

見つからないように自動で行えるように仕掛けも考えてある。

見た目は子供、頭脳は大人な探偵の某アニメは非常に参考になった。

「いよいよ明日なんだな」

「そうだ、革命の日になるぞ」

佐藤と桐谷はニカっと笑い、その後起きるであろう学校の混乱などについて面白おかしく話して、「じゃあ明日だな」とからん、ころんと喫茶店を出た。

しばらく歩いて、佐藤をみるとバックを持っていない。

「あの店に忘れた!」

「何やってんだよ」

二人で走って戻ると、すでに二人が座っていた席には不幸そうな男が一人でコーヒーを啜っていた。

なんとなく声をかけづらいなと思っていると、男が席を立った。

どうやらトイレのようだ。

店員に事情を説明して、足元のバックをさっと取り返すと、再び喫茶店を出た。

「明日は絶対失敗できないんだから、頼むぞ」

「わかってる。僕に失敗の二文字はない」

また何かの漫画かドラマで言ってそうなセリフを佐藤は吐いた。


トイレから戻るとカバンの位置が少し変わっているような気がしたが、間違いなく足元にカバンがある。

誰かがひっかけたのだろうか。

この中は爆弾だというのに雑に扱いすぎたな、と椅子の上に置きなおした。

とはいえ、簡単に爆発はしない。

直哉が起爆スイッチを押さなければ、少々の揺れでは爆発することはない。

今までの技術を総動員して作った爆弾だ。

それにしてもまだ決行する決心がつかない。

やるなら明日だ。

付き合った記念日に綾子と共に自分も消し去るのだ。

そう心の中で直哉は何度も唱えるが、心が決まらない。

死ぬのが怖いのもある。

それ以上に本当にこれでいいのかという思いもある。

こういう優柔不断なところがあるから付け込まれるのだなと直哉は自虐的に思った。

人生は七転び八起きだという。

何度失敗しても、くじけずに立ち上がって頑張ろうとすることの例えらしいが、もう何度もこけて立ち上がってきて、それでもやっぱりコケてしまう自分はやっぱりまた立ち上がってもきっとコケるに違いない。

本当にロクでもない人生だ。

直哉が泣きそうになってポケットからハンカチを取り出そうとすると、引っかかって床にひらひらとハンカチが落ちた。

綾子から初めてもらったプレゼントのハンカチだ。

拾おうと手を伸ばした瞬間に、ハンカチを踏まれた。

全てがスローに見えた。

「あ、ごめんなさい」

踏んでしまった女の人は謝って、はたいて返してくれたが、踏まれた瞬間、直哉の中での何かがプツンと切れた気がした。

(もういい―)

直哉はコーヒーもほとんど飲まずにカバンを持って立ち上がった。

前も見ずに歩き出したせいで男とぶつかった。

思わずカバンから手が離れる。

男は恐ろしい目でこちらをみると、カバンを手に取ってレジを済ませて、喫茶店を出ていった。

(本当にロクでもない人生だな)

直哉は、うっすら笑みを浮かべながら、喫茶店を出た。

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