④喫茶店で
(本当にこれでいいのだろうか)
直哉はいつもの喫茶店で真剣に悩んでいた。
確かに綾子はひどい女だった。
だからと言って命まで奪っていいものだろうか。
自分の隣に置いたカバンを見つめる。
これを使えば最も簡単に命など吹き飛んでしまう。
綾子と出会ったこの喫茶店にくれば、何か答えが見つかる気がしたがそう簡単に結論は出ない。
綾子との楽しい思い出がたくさん思い出されるが、最後に感じた絶望も忘れることが出来ない。
どうしても許せない気持ちがあるのは事実なのだ。
スマホの通知がなって、カレンダーアプリを開く。
明後日は付き合った記念日だ。
綾子へプレゼントを買うことを忘れないように、事前に通知が出るようにしていたのだ。
この予定を入れていた時の自分が空しい。
かろん、ころんとドアが開く音がして、見てみると楽しそうに高校生たちが入ってきた。
男の子の二人組だ。
佐藤と呼ばれた男の子は、文化祭での出し物について話しているようだ。
直哉は時代が変わっても、文化祭は楽しいイベントなのだなとほほえましく思った。
爆弾を抱えながら何を言っているのかと思いつつ、再び自分がどうすべきなのかを再び考え始めた。
からん、ころんとドアを開けて、雅也は奥の席にどかっと座った。
娘のさつきを美奈の親に無理を言って預けてきた。
勝手に結婚したんだから自分たちで何とかしろ、と正論をお義父さんに言われたが、お義母さんが最終的に非常時だからと預かってくれた。
さつきに会ったのは生まれた時の1度きりで、きっと孫に会いたいという気持ちもあったのだと思う。
さつきは不安そうにしていたが、やはり美奈を育てあげた母親だ、ママのママだと説明して少し遊んでいるうちにすっかりなついてしまっていた。
さつきが落ち着いたのをみて、雅也は義実家を後にした。
美奈の症状は落ち着いていた。
とはいえ、完治するには手術が必要だ。手術には莫大な費用がかかる。
保険に入っておけばと思うが、今更どうしようもない。
出来る限り早く手術をすることが望ましいと言われている。
だからこそ、雅也はあれだけ強く誓った誓いを破ることに決めたのだ。
いよいよ明後日が決行の日だ。
美奈が助かるなら自分は地獄に落ちてもいい、そう思っている。
「おい、あの人見てみろよ」
佐藤に言われて、桐谷がそちらを見ると、いかにもガラが悪そうなガタイのいい男が、奥の席に座った。
「あれは犯罪の匂いがするな」
佐藤はそう言って、コーヒーを啜った。
「こんな安いボロい喫茶店でそんな話するわけないだろ」
「お前はわかってないなー、犯罪は日常の中に存在するんだぞ」
どこかのドラマか漫画で言ってそうなセリフを佐藤は自慢げに言った。
「そんなことより、計画はどうなってんだよ?」
「準備は順調だ。明後日の文化祭はきっと盛り上がるぞ」
佐藤がにやりと笑う。
「教師にバレねぇかだけが心配だな」
桐谷の心配はもっぱら教師にバレて停学や退学にならないかだ。
「俺がそんなへまするわけないだろ?」
佐藤は変わってはいるが、頭はいい。勉強もできるが、それ以上に頭が切れるタイプという感じだ。
そこは桐谷も信用している。
だからこそ、爆発させると言った時は、何を馬鹿なと思ったが、実際の作戦を聞いて参加を決めたのだ。
それに桐谷も高校の規律を重んじる考えに辟易していたのもある。
これで何かが変わることはないだろう。
でも一石を投じることはできるかもしれない。
桐谷は文化祭の日のことを想像して、またわくわくした気持ちになった。
時計をみると、19時を回っている。そろそろ帰らないといけない。
「また明日」と佐藤と別れた。
明日はいよいよ最終確認、そして明後日は決行日だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます