第3話 まずは帰ろう

「まずは、まともな服を買わないとな」

「別に裸でも私は大丈夫ですよ」

「俺がよくないんだよ」


俺たちは歩いて学園に帰るために歩いていた。

さすがに彼女を連れて乗り物に乗ってしまうことになれば、俺が変態扱いをされることになるだろう。

そんなことになってしまえば、俺はきっと■■■■■■という願いを叶えることができないのだから…

そう頭の中で思ったとき、激痛が走り、何を考えていたのかがわからなくなる。


「いて…」


思わずそう口にするが、考えていたことを忘れることで、激痛はすぐに収まった。

ただ、そんな俺のことを彼女は見る。


「どうかされましたか、ご主人様?」

「いや、なんでもない」


俺はすぐに頭を振って考えようとしたことを振り払う。

どうして頭痛がしたのかはわからないが、今は考えても仕方ないからだった。

それよりも大事なことがあるということをわかっていた。


「どうやって学園の中に連れていくかだよな」

「学園ですか?」

「ああ、知らないのか?」

「はい。そういうものに行ったことも通ったこともありませんね」

「そうなんだな」


学園を知らない。

その言葉に驚く。

遺物は当たり前だけれど、世界にたくさんある。

そんな中で、遺物を封印するための養成所としての役割をこなす学園があるというのは、有名だからだ。

遺物学園というのは、世界にいくつもあると聞いているからだ。

そんな中で入学できる条件というのが、遺物を見えるという特殊な体質をもつ人のみなので、普通の人には全く関係のない話になってくるだろう。


「そういえば、名前をちゃんと聞いてなかったな?」

「私の名前でしょうか?」

「ああ…聞くのは当たり前じゃないのか?」

「いえ、私の名前を聞いてくるのはご主人様が初めてですよ」

「そうなのか?これまでのご主人様はどんなやつだったんだよ…」

「もちろん体を求められて名前なんかは呼ばれたことはありませんね。こいつとかお前とかですね」

「物としか見てもらえてないってことか」

「はい。実際に私は聖杯という遺物ではありますから。物で間違いはありませんよ」

「で、結局はなんて呼べばいいんだ?」

「好きなようにというべきですが、聖杯の私は八番目ということになりますので、ハチというのでどうでしょうか?」

「それでいいなら、そう呼ぶか」

「ご主人様は?」

「ああ、俺は飯田館いいだやかただ」

「では、改めまして、よろしくお願いいたします。ご主人様」

「ああ、それはいいんだが、嫌なことが起きた」

「それはなんでしょうか?」


疑問に思う俺とは違って、ハチはこれから何が起こるのかわかっていない。

まあ、当たり前だ。

俺のコンタクトモビル。

連絡用携帯に連絡が入ったからだ。

それも差出人というのが、俺の幼馴染からのものだった。


「やばい」

「どうかしましたか?ご主人様」

「面倒なことになった、逃げるぞ」

「学園に向かうのではないのですか?」

「向かうには向かうけど、こうなったら一度身を隠してからのほうが都合がいいからだ」


俺は慌ててその場からハチの手をとって逃げようとしたときだった。


「身を隠すってどうして?」


そんな声が真横から聞こえる。

俺は声がした方向を見る。

そこにいたのは、簡単に言えば美少女だった。

黒く長い髪に、黒い目。

少し気の強そうな目をしながらも、ほぼ誰が見ても綺麗だという感想を口にするであろう見た目をしている。

ただ、そんな彼女のことを俺は苦手にしている。

理由は簡単だ。


「どうして隠れるの?美少女幼馴染であるうちのことを無視するの?」

「まず自分のことをそうやって言うから嫌なんだよ」

「でも、実際に美少女でしょ?」

「くそ、否定できないから困るんだよ。それで、今回はどうして来たんだよ…」

「決まってるでしょ?遺物を拾うだけなのに、学園に帰ってくるのが遅かったから、心配で見に来たんだけど、なるほどなるほど、授業をさぼってよくないことをしてたんだ」

「完全に誤解だ。そもそも今日会ったばかりの相手なんだぞ」

「そ、そんな…館は今日会った相手にそんなことをする人間だったんだ」

「だから誤解だからな、まじで、そもそもハチは人間じゃないからな」

「人間じゃない?」


俺のその言葉に反応した幼馴染である蒼井亜衣あおいあいは眼を細める。

ただ、よくわかっていない様子だった。

だからこそ、俺はハチに言う。


「あの姿になれるか?」

「はい、ご主人様の命令なら」


ハチはそう言葉にすると、聖杯に姿を変える。

輝きだしたハチを見て、亜衣は少し驚いていたが、光が収まったところで、さらに驚く。


「ほ、本当に遺物だったんだ」

「だから言っただろ?」

「だって、信じられないでしょ…見た目は普通の女の子だったんだから…」

「確かにな。ハチ、もういいぞ」

「はい」


亜衣が納得したところで、また女の子の姿に変わってもらう。

そんなハチのことを亜衣はまじまじと見る。


「本当に人と変わらないなんて」

「まあ、俺も初めて出会ったときにはビックリしたよ」

「でも、今の話が本当なら、学園長には話を通さないといけないんじゃないの?」

「それはそうなんだが…」


俺が口を濁らすのを見て、亜衣は理解する。


「なるほどね。確かに他の人に見られると厄介な案件ではあるわね」

「ああ、だから話をつけておいてくれるか?」

「別にいいけど借り一つね」

「へいへい」


何かを頼むといつもこんな感じだよな。

俺は今では違うチームとなってあまり会話をしなくなった亜衣と久しぶりに話してそんなことを思う。

お互いに遠慮なしに会話をする俺たちにハチは不思議そうに言う。


「ご主人様。こちらのかたは?」

「あー、こいつは悪いことしかしない幼馴染だ」

「悪いことって、それはあんたのことでしょ?」

「なんだと?」

「なによ!」


俺たちの会話を聞いていたハチは、考える素振りを見せてから言う。


「幼馴染ですか…その言葉は聞いたことがありますね。確か幼少期から仲良くしていた相手だとか」

「そんな感じだな」


俺はその言葉に頷いた。

ハチは頷く俺を見ながら言う。


「なるほど、そうなると私の誘いを断ったのも納得します。このかたがご主人様の奥様になる相手ということですね」

「「違うからな(ね)」」


ただ、ハチにそんなことを言われた俺たちは、反射的にそう返す。

まさかの言葉がかぶってしまった状況に俺は亜衣のほうを見るが、亜衣も同じようにこちらを見ている。

こんなタイミングよくお互いが動いてしまえば、仲がいいと言っているようなものだ。

俺はそう思われるのが嫌で、強引すぎるが話題を変える。


「まあ、今はそんなことよりもだ。さっきのことともう一つ頼まれてくれないか?」

「何よ。また貸し一つね」

「いや、今回のことは亜衣にも死活問題だと思うぞ」

「それって何よ?」

「ハチの服を頼めないかってことなんだが…」

「確かに、その見た目じゃそもそも学園長に合わせることも厳しいわね」

「だからこれで頼む」


俺はハチのほとんど裸という見た目を見て、納得してくれた亜衣にお金を差し出す。

ただ、亜衣はそれを見ても怪訝な表情を浮かべるだけだった。


「どうしてお金を渡そうとするのよ」

「いや、だって入らないだろ、お前の服どべら…」


最後までいう前に俺は勢いよくビンタをくらう。

いつものように不機嫌そうな亜衣と、そんな俺をハチは心配する。


「失礼なやつね」

「大丈夫ですか?ご主人様」

「ああ…いつも通りだから気にするな。とりあえず、着替えてきてくれるか?」

「わかりました」

「本当に、いつも失礼なんだから…うちだってまだ成長くらいするんだから…」


亜衣がそんなことを小さな声で言っているのは気にしないでおこう。

二人が着替えるのを待ちながらも、俺は荷物を確認するのだった。

学園に戻るにしても、言い訳を考えるためにも…

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