第2話 ご主人様に選ばれて
「ご主人様だと?」
「はい!違っていましたか?」
「不思議そうに言われても、俺にはわからないんだよな」
「では、ご主人様ということでいいのでないでしょうか?」
「今のところはそれでいいのか?ここで押し問答をしても仕方ないしな」
俺はそう言葉にすると、上着を渡す。
「とりあえず、これを来てくれ、そこからいろいろ聞きたい」
「ご主人様が言うのであればわかりました」
全裸の彼女はそう言葉にすると、上着を羽織る。
一応俺よりも背が低いということもあって、大事な部分は隠れるとはいえ、さすがに目のやり場に困った。
俺の視線に気づいているのであろう、彼女は言う。
「押し倒してもいいのですよ」
「そんなことするか!」
俺は思わずそう返すが、彼女はそんな言葉にニコリとも笑うことはなく続ける。
「でも、これまでのご主人様は全員が体を求めてきましたよ」
「どういう意味だ?」
「こういう意味です」
彼女はそう口にすると体が発光する。
そして光が収まったそこにあったのは、遺物だった。
「どういうことだ?」
俺は震える体を抑制しながらそれに触れる。
すると、杯の形をした遺物は、声を発する。
「わかりましたか?」
「いや、わからないんだが…」
「わかりませんか?おかしいですね。好きな姿に変えることができるのですから、ご主人様が望む姿になっていろんなことをし放題ということですよ」
「いろんなことってなんだよ。そもそも今日初めて会ったやつに対してそんなことをやるっていうテンションにはならないからな」
「そんな、魅力がないということですか?」
「今の姿にはないだろ…」
「確かに!」
彼女はそう言葉にすると再度姿を変える。
杯をもっていたので、当たり前なのだろうけれど、俺は彼女をお姫様抱っこする形になった。
そのことで驚く俺に対して、彼女は冷静だ。
「どうでしょうか?襲う気になられましたか?」
「いや、ならないって…そもそも、どうして俺に襲わせたいんだ?」
「決まっています。あなたは聖杯ナンバーハチである、私のご主人様になられたのです。なので、それくらいのご褒美がないというのはいけませんから」
「言ってる意味がわからないし、聖杯って…」
彼女が言っていることは少しだけ学園で学んだことがあった。
聖杯。
それは、願いを叶えてくれる遺物だと書かれていた。
聖杯の中に願いを叶えるための代償を入れることによって、それを叶えてくれるというのが聖杯という話だ。
あらゆる願いを代償さえ払うことができれば叶えることができる遺物。
当たり前にはなるが、かなり危険な遺物であり、現在でも見つけ次第に封印を施さないといけないことになっている代物だ。
だからこそ、俺はわけがわからないながらも、銃に指をかけて警戒をする。
ただ、彼女はそんな俺のことを見ながら言う。
「ご主人様、私にその銃で撃ったところで意味はありませんよ」
「はあ?何を言ってるんだ?」
「では、私にその銃で弾を撃ってください」
「あ、ああ…」
俺は言われたままに銃を構えると、自分を聖杯だという彼女に向かって引き金を絞る。
ただ、普通であれば弾は封印をするために中身が破裂してそれが纏わりつくはずが、そうはならず弾は簡単にはじかれる。
「は?」
「わかりましたか?それでは、私は封印されません」
「どういうことだ?このアーティファクトであれば、封印されるはずだろ?」
「でも、それは遺物の模倣品ではありませんか?」
「!」
彼女にそう言われて俺は驚く。
確かにアーティファクトは、その通りのものだったからだ。
アーティファクト。
それは、遺物を封印するために人為的に作られた模倣遺物であった。
もともと、遺物を封印するために使用されていたものというのも遺物であった。
ただ、その遺物は簡単に作成できるものではなかった。
遺物を封印するという願いをもった人たちによる純粋な気持ちによって、遺物は作り出されるのだが、その願いが少しでもうまくいかなければ、結果的に遺物を封印するための遺物ができなくなってしまう。
そんなことになってしまえば、暴走した遺物たちは封印できないまま世界はそんな遺物たちによって、破壊の限りを尽くされてしまうだろう。
それを止めるべく開発されたものというのが、アーティファクトだ。
アーティファクトとは、中に遺物を使用することで、限定的ではあるが疑似的に願いを叶えるもので、その願いというのがアーティファクトに刻まれている術式のようなものになる。
この銃のアーティファクトには、遺物を封印するという願いが込められているのだ。
そのアーティファクトを持っているからこそ、この銃であれば遺物を封印するということが可能になるはずなのだが、できていない。
彼女が普通の遺物と違うというのだろうか?
「これではできないってことなのか?」
「はい、そういうことです」
「そもそも、お前は何がしたいんだ?」
「決まっています。私がしてほしいことは、聖杯をすべて集めて封印ができる遺物によって封印をしてほしいことです」
「どうしてそんなことをしてほしいんだ?」
「決まっています。それは私たちがいれば、争いが起こるからです」
「争い?」
「はい。そうですね、今も近くに来ています」
彼女はそう言葉にする。
俺は慌てて周りに意識を向ける。
確かに、こちらにすごい速度で向かってくる何かが感覚でわかる。
俺は、彼女の手をとって逃げようと引っ張るが、彼女に逆に押し倒される。
「は?」
わけがわからないながらも、俺はそのまま唇を奪われる。
一気に顔が赤くなるのを感じながらも、俺は茫然としてしまう。
「充電が完了しました」
彼女はそう言葉にすると、すっと右手を横に出す。
気づけば握られていたのは、刀だった。
何をしようというのかわからずにいると、彼女は構えをとる。
「ギャアアアアア!」
「なんだあれは!」
「あれもアーティファクトです」
「あれがアーティファクトだと?」
急に異形の怪物に驚いていると、彼女はアーティファクトだという。
俺は驚いた。
あんな禍々しいものがアーティファクトだというのか?
見た目は完全に怪物で、オオカミのような見た目をしているそいつらは、俺たちに向かってくる。
ただ、俺たちに到達する前に彼女はその刀を振るう。
「はああ、は、はあああ!」
言葉とともに三度刀を振るう。
それによって、高速で振るう刀でオオカミを切り裂く。
「強いな…」
「任せてください」
「でも、壊すなら、ここじゃないのか?」
「え?」
俺は動きの止まったオオカミの違和感がある部分に銃を突き付けて撃ち抜く。
すると遅くなっていたオオカミの動きが完全に止まる。
「アーティファクトのコア…遺物がある部分がご主人様にはわかるみたいですね」
「どういうことだ?」
「私にも、その理由はわかりませんが、やはり私がご主人様を選んだということに間違いがなかったということですね」
「まあ、まだ会ってほとんど時間がたってないからな、ご主人様と言われることにすら、違和感しかないんだが…」
「どうしてでしょうか?許していただけたのではなかったでしょうか?」
「あのときは、戸惑いとかがあったか…」
「どうかしましたか?ご主人様?」
「静かに…」
俺はすぐにその気配を察知して、彼女を連れて隠れられる場所に身をひそめる。
最初はどうしてなのかわかっていなかった彼女も、すぐにその異変に気が付いたのだろう、俺と同じように静かになる。
気配だけで俺は動悸が早くなるのをなんとか耐えていると声が聞こえてくる。
「ああ?ポンコツが動かなくなってるぞ?どういうことだこりゃ…コアになってるって言ってた遺物が壊されてやがる。誰の仕業だ?」
声だけで、男なのだろうということだけはわかる。
その男は周りを見渡す素振りを見せるが、すぐに溜息をつく。
「ちっ、こういうときに探査系のアーティファクトを持っているあいつがいればなんとかなったんだがな…こいつが壊されりゃ、使えなくなるのは仕方ないか…今回は戻って報告だけするくらいになりそうだな。報告するのは面倒だが、まあ、楽しみが増えたと考えりゃいいしなあ」
そういうと、豪快に笑って男が去って行くのが聞こえる。
俺は安堵の息をつきながら、無意識のうちに彼女の胸を触ってしまったのだった。
「あん…」
あんじゃないんだよ…
俺はそう思いながらも、周りを確認すると彼女に話しかける。
「一応落ち着いたってことでいいんだよな?」
「はい、追手は今のところ、先ほどで最後だと思われます」
「ならいいんだけどな。今もわからないままだから、いろいろと説明をしてもらうことになりそうなんだが、いいか?」
「はい。ご主人様になられたんですから、それくらいのことはお任せください」
なるべく隠れながらも俺たちは隣り合って座っていた。
彼女を連れていくにしても、話を聞いてからでないと不可能だということをわかっていたからだ。
「それで?さっきの話の続きになるが、聖杯だから、狙われているのか?」
「そうです。聖杯のことを聞いたことは?」
「あるな。八個集めれば、対価を支払えばどんな願いも叶えてくれるって言われているからな」
「はい。それに間違いはありません」
「そうなのか?でも、普通に考えれば、俺たちの願いを叶えるためだとうまいことを言ってやらせるものじゃないのか?」
「確かにそうするのが、一般的なのでしょう。最初はそう言っていました。聖杯で願いを叶えてから封印をしてほしいと…ですが、聖杯は危険なのです。今は特に…」
「どういうことだ?」
「先ほどご主人様がおっしゃった通り、聖杯は八個集まれば願いを叶えてくれます。そして、そのときに対価が必要になるというのは言っていた通りですが、今は対価がいらないのです」
「対価がいらない?」
言っていることの意味がわからなくて、疑問に思っていると、彼女は説明を始める。
「聖杯が八個集まると、願いを叶えるための器になるというのは知っているとは思います。ですが、現在はその聖杯が八個に分かれているといことになります。そして、その一つ一つに聖杯が選んだご主人様がいるのです」
「それで、俺がその一つのご主人様とやらになったということだよな」
「はい、そういうことになります。そして、聖杯から解放されるためには、死ぬか聖杯を集めきるという二つしかありません。ただ、今まで一度たりとも聖杯を八個集めた人はいません」
「ということは、今までのご主人様とやらは…」
「はい、全員が亡くなっています」
「そうか…」
「ですので、危険なのです」
「どういうことだ?」
「聖杯を使用するのに必要な代償というものは、その亡くなった人たちの命で、すでに支払われているのですから…」
「まじかよ…」
今の話が本当だというのであれば、聖杯を八個集めただけで、聖杯が願いを叶えてしまうということになってしまう。
でも、そこで疑問があった。
「なあ、どうして俺はご主人様とやらに選ばれたんだ?」
「それは、ご主人様の願いが、私にとって甘美なものだったからです」
「甘美だと?」
「はい」
彼女が嬉しそうに言葉にするが、俺は意味がわからなかった。
だって、俺には叶えたい強い願いなどなかったからだ。
もしあるのであれば、一つだけであり、この体が遺物を見ても震えることがないことくらいだろう。
彼女は俺の不思議そうな表情には気づくこともなく、話を締めくくるように言う。
「ご主人様は私の願いを叶えて、私はご主人様の願いを叶える…それをしたくて私はご主人様を選んだのですから」
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