『噛ませ犬愛好家』とフラッシュバック

『南雲詩織さん、貴方の事が好きです!!付き合ってください!!』


 良くも悪くも私が変わるきっかけとなったのは、この一言からだった。


 …

 ……

 ……………


 キーンコーンカーンコーン


 その日はいつものように校舎全体に鳴り響くチャイムの音から私の高校生活が始まった。


「おはよう。ねぇ、アレ見たー?」

「あ、もしかして、昨日のドラマのやつー?」

「そう!!あのドラマの俳優がさー」

「おっーす。先輩がさぁ……」

「うっすって、お前またかよ!?」

 ————ぼっちの私には関係ないかなぁ…


 チャイムが鳴っても収まらないクラスメイト同士のコミュニケーションを傍目に、私は机の上で両腕を突っ伏して担任が来るのを待っていた。


「南雲さんだよな……?」

「えっと……」

「おっと、俺としたことが名乗るの忘れてたぜ。俺は陽代太陽ひしろたいよう、一応サッカー部のエースをしているんだけど、知ってたりする?」

「あっ……そのあまり……」

「太陽、南雲さんを困らせちゃだめよー」

「いや、でも、南雲さんって放っておけないっつーかなんつーか…」


 私の突っ伏している机の元へクラスの中心で所謂、『陽キャ』と呼ばれる『陽代太陽』が近づいて来た。当然、人気者の彼が訪れた以上、他のクラスメイトも私の机の方に近づいてくる。


 バタンッ


「おー、席につけー。HR始まるぞー」

「あ、やっべ!!南雲さん、また後でな!!」

「もうっ…!!太陽のせいじゃーん!!」

「わりぃわりぃ。またジュースでも奢っから」


 勢いよく扉を開けながら入った担任に注意され足早に私の席から自分の席へと戻って行く。


 こんなよくある些細なきっかけが私と『陽代太陽』の出会いだった。


「昨日のサッカーの試合でさぁ…。実はぁ……で協力してくれてさぁ…………」

「南雲さんの趣味ってなんなの?…ふーん。ゲームかぁ。俺もやってみよっかなぁ……?」

「今日の数学テストの結果どうだった?俺はさぁ…………見返りなしに友達に教えてあげたんだけど…………で……………」


 その日以降、太陽はぼっちでいる私の席に近づいて、聞いてもいないサッカーの話や私に関する雑談、自分のテスト結果の話を披露してくれる。


 この時の私は『恋クリ』のようなシナリオゲームにハマっていたため、最初は太陽が話す話題に興味が湧かなかった。


 次第に彼の話を聞いているうちに私も彼の会話に参加するようになり、日を追うごとに私と彼の距離は自然に縮まっていった。

 

 …

 ……

 …………


 そんな日々を過ごしていると気づけば、いつの間にか私は『ぼっち』から脱却していた。今まで気に留めていなかった髪のケアや化粧も使い、ゲームをやる時間も日を追うごとに減っていく。


 そんな生活をしていたある日、昼休憩時に太陽から呼び出された私は高校の屋上へ足を運んだ。


「太陽、こんな所に呼び出してどうしたの?」

「南雲詩織さん、貴方の事が好きです!!付き合ってください!!」


 太陽が屋上に私を呼び出そうと聞いた直後、彼は頬を赤らめ、大きな声と共に背中を直角に曲げながら私の方に右手を差し出す。


 ————思い出すのは太陽の話す時の笑顔

 ————太陽と話して変わった私の高校生活

 ————太陽がいたから私は……

 ————小刻みに震える彼の手

 ————そっか。私は………太陽の事が……


「私も好きです!!!是非、付き合ってくだ……」

「はーい、そこまでぇー!!」

「南雲、お前のような陰キャが本当に俺と恋愛できると思ってたの?」

「超ウケるんですけどーーー」

 ————なん……………で、一体………なにが


 私が太陽の告白に返事を出した瞬間、屋上に隠れていた太陽達といつもいるクラスメイト達が笑いながら私の方へ集まってきた。


 それと同時に、本性を剥き出しにした太陽が私へ冷ややかな視線を向けながら告げてくる。


 ————わ、わ、わ、わたしは…………


 恥ずかしさと悔しさから自分の心の中の何かが壊れていくのを感じる。


 太陽が近づいてきた当初は何らかの疑問を持っていたはずだった。


 ———『陽キャ』特有の悪ノリやドッキリかなんかじゃないか


 心の中ではそう考えていた。


 だからこそ、太陽の話にあまり反応を示さないようにしていたつもりだった。


 ————それなのに私は信じてしまった……。いや、むしろ信じたかったのかもしれない…。


「俺は『見返り』を求めずに、ただただ『協力』をしただけなんだ」

「それ言っちゃうー?確かにー、計画はあたし達だけど、太陽が1番楽しんでたくせにー」

「まっ、否定はしないけどな」


 既に自分の中でも事態の収拾がつかなくなっていたため、これ以上の事は思い出せない。


 ただ、クラスの中でぼっちだった私が『陽キャ』達に『噛ませ犬』にされた。その日を境に私は、自室に籠り自宅警備員になった。


ーーーーーー


「んっんー……」

「さっきからご主人様マスター、ずっとうなされてるにゃ」

「零お嬢様とあの『勇者』に何か関係が……」

「零ちゃんは『雪凪殿下』と違って、あの『勇者』とは接点はないはずなんだけどねぇ…」

「ふっ………はぁっはぁっ…すーっ………」

 ————くるしっ…


 いつ寝てしまったのか分からないけど、私は、『異性』や『陽キャ』に敵意を持つきっかけとなった例の『悪夢』に魘されていたらしい。


 その後、零華お母様と瑠璃と真里の声が聞こえてきた事もあり、上半身を起こしてみると自分の身体が息切れを起こしていた。


 とりあえず、深呼吸をしてなんとか落ち着かせ、改めて周囲を見渡すと宿の一室の中だった。


 —————まさか、今って……


 バサッ


 窓の隙間から差し込む光の正体にカーテンを開くと太陽が昇ろうとする時間となっていた。


「えーと…私はどれほど………」

「馬車の道中で眠ってしまっていたにゃ」

「ええ…だから半日以上は寝ているかと……」

「零ちゃん、王立魔法学院の入学試験には間に合うから心配しないでちょうだい!!」

 ————どれだけ悪夢に魘されたんだ…?


 心の中で疑問に思いながら、零華お母様と真里と瑠璃に起こしてくれた事に感謝を伝えて、急いで支度の準備をする。


 ————まさかとは思いたいけど……

 ————あの勇者が太陽だとしたら………

 ————私は彼に勝てるのだろうか。


「零お嬢様、大丈夫です…」

「ふぇえ!?」

「……拳が小刻みに震えておりましたので」

 ————真里、ありがとう。


 無意識とはいえ、私は自分の拳を小刻みに震わせていたらしい。それに気づいた真里が優しく暖かい手で私の拳を包み込んでくれる。


ご主人様マスター、『勇者を倒す』事じゃないにゃ。必要なのは『合格』にゃ。ミーはご主人様マスターなら合格するって信じてるにゃ」


 ————瑠璃、大丈夫

 ————私は、もう逃げないと決めているから


「真里と瑠璃ちゃんに言いたいことは取られちゃったわ!!零ちゃんなら大丈夫よ。だって、私とあの人の娘なんだから自信持ってちょうだい!!」

「零華お母様、瑠璃、真里、ありがとう!!私、絶対合格するからっっ!!」


 私の言葉に零華お母様達は満足そうに頷いた後、宿をチェックアウト済ませ、真里が呼んでくれていた青野さんと合流を果たして『王立魔法学院』へ向かうこととなった。


ーーーーー

次話からメイン舞台です

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