『菊さん』と『噛ませ犬愛好家』※誤字修正済

 瑠璃と真里とお風呂を出て脱衣所で涼んだ後、部屋の方へ移動する。


ご主人様マスターからいい匂いがするにゃ」

「そ、そ、そうかな?わ、わ、私からすれば、瑠璃や真里達の方がいい匂いだと思うけど……」

 ————ううっ……封じていた前世の私が『こんにちわ』しちゃったじゃんっ………!!


 部屋へ移動している最中、瑠璃が私へ近づいたかと思えば、恥ずかしい事を言ってきた。


「し、仕方がありません。それではせ、僭越ながら私が零お嬢様から解き放たれる匂いを………」

「真里は変なこと考えていそうだからだめにゃ」

「なっっ!?!?」

 ————あっ、この真里の反応は図星だなぁ…

 

 瑠璃に正論を言われてしまった真里は驚きの表情と共に肩を落とす。とりあえず、そんな彼女の頭を優しく撫でながら部屋へと向かった。


 …

 ……

 ……………


 いつもと変わらず、まずは真里が襖を開き私から先に部屋へと入っていくと零華お母様がワインを片手に『海鮮鍋』を始めていた。


 そんな零華お母様と向かい側で明らかに困った表情をしながら、菊さんが鍋を煮込んでいた。


「おっ……おかえりやでぇ」

「零ちゃぁぁぁん……」

 ———零華お母様、飲み過ぎぃぃ……


 お風呂から戻ってきた私達の姿を見た瞬間、菊さんは安心したような表情を見せる。


 それとは対照的にとろんとした瞳をした零華お母様が千鳥足で私の方へ抱きついてくる。


「えーと……零華お母様?」

「しぇいざ……!!」

「えっと……」

「しぇいざぁぁ!!」

「…はい」

 ———呂律が回ってない……??


 いきなり、私の方に抱きついてきたと思っていたら、今度は正座を要求されてしまう。


「私ぃぃ…知ってるぅぅ。零ちゃんがぁ瑠璃ちゃんを救うためにぃ……命を賭けたってぇぇね?」

「そ、それは……」

「ばかぁぁ……」

「…………申し訳ございません」

「だからぁぁぁ………私はぁぁぁ監視するためぇぇぇにぃぃぃ………………」


 バタンッ


 床に倒れた音と共に何かを言いかけたまま、零華お母様が急に後ろへ倒れてしまう。


 急いで正座を辞めて、零華お母様の方へ近づくと、すーすーと小さな寝息が聞こえてきた。


 ————零華お母様、ごめんなさい。

 ————それと零華お母様、ありがとう


 きっと、零夜お父様から夢思王城での出来事を聞いていたんだと思う。


 それなのに、零華お母様が『月夜家』で私を叱らなかったのは当事者の瑠璃がいたからだ。


「零華はんは、零はんの事を心の底から心配してはったからねぇ……」

「………はい。それと私の大切な零華お母様に付き合ってくださり感謝いたします。」

「ええねん。ええねん。ほな、残りの鍋は零はん達で自由に食べてくれたらええから」


 菊さんは私達の様子を見て大丈夫と判断したのか、その言葉を残し私達の部屋から退出した。


「これをミー達が………」

「瑠璃、これは身分を気にせず、全員で食べれる『鍋』と呼ばれる不思議な食事です!!」

「にゃ!?聞いたことないにゃ。この『鍋』にはナイフはいらないのかにゃ??」

「ええ。フォークでそのまま『鍋』に突いて、小皿に乗っけて口へ運ぶんです!!」


 前回は真里が私や零夜お父様に教えられたからか、今回は張り切って瑠璃に教えている。


 説明を聞いても困惑したような表情を浮かべる瑠璃に真里が海鮮鍋から貝等を分けていた。


「これをそのまま……かにゃ?」

「ええ」


 唾をゴクリと飲み込む瑠璃に対して、真里はこくりと縦に頷いた後、同じように口へ運ぶ。


「っ!?これは身がぷりぷりして噛めば噛むほど美味しさが増していくにゃ!!こんな食べ物は初めてだにゃ!!ミーは感動したにゃ!!」

「奥方様が出してくださったおかげです…!!っぅ……本当にこの『鍋』はたまりません…!!」


 瑠璃は大はしゃぎで嬉しそうな笑顔を浮かべ、真里も美味しさのあまり両目を瞑っていた。


 そんな幸せそうな瑠璃と真里の笑顔を見た後、私も鍋から海老を取り出して口へと頬張る。


 ————海老本来の甘味を残しつつも最後は出汁が包み込む…。本当に美味しい……!!


 結局、『海鮮鍋』の残りとシメのパスタははすぐになくなることとなり、私達はお腹を幸せにしたまま寝付くこととなった。


 …

 ……

 ……………

 

「すーっすーっ…零……お嬢様……大好き」

「ん………んっぐ…」

「も、もう………食べられないにゃ………」


 窓の隙間から差し込む月明かりと同時に布団を捲り上げて上半身を起こす。


 寝言でも私を慕ってくれる真里

 酔ってるせいか……寝息が荒い零華お母様

 海鮮鍋の夢見ているであろう瑠璃


 布団は4つあるが、実質使っているのは2つしかない。その理由は私の寝てる所の左側に瑠璃、右側に真里がいるからだ。


 ———『女性』だけの方が楽かも…


 前回の零夜お父様の場合だと、部屋の行き来が大変だったため、楽に感じる。


 ————明後日に控えている王立魔法学院入学試験………私は……


 …

 ……

 ……………


「寝られない……」


 真っ暗な部屋の中、頭の中で王立魔法学院の入学試験を考えていたら、寝付けなくなっていた。


 不意に情けない自分の本音が零れてしまい、これからどう過ごすかを考える。


 ———色々考えたけど、まずはお風呂に入り直した方がいいのかなぁ…


「零はんやないか。零はんが寝れへんねやったら、少し話さへんか?」

「え?ええ」

「ほな、零はん、ついてきてやぁ…」


 そう考えた私は襖を開いて、トボトボと宿内の廊下を歩いていると、同じように歩いていた菊さんと出会い、彼女に着いていく事となった。


 …

 ……

 ……………

 

 菊さんにそのまま着いて行くと、彼女が普段使っていそうな生活感が溢れる部屋へ辿り着いた。


 菊さんに案内された部屋は和式が採用されているものの、広々とした机があり、その上には色んな情報が載ってある大量の紙が並べられている。


 周囲を見渡すと、紙以外にも箪笥やドレッサー等の家具も全部が案内された部屋に揃っていた。


「お茶でも淹れてくるから少し待っててなぁ」

「えーと……私は…」

「好きにしてて構へんでぇ」


 とりあえず、菊さんから好きにしていいと確認が取れたので座布団に腰掛けて待つことにした。


 コンッ


 座布団の上で待っていると小さな音共に、菊さんが私の前に湯呑みを出してくれる。


「もしかしての話やけど、零はんならこれを読めはったりします?」

「これは………」


 菊さんが出してくれたお茶を口に含んでいると、机に並べられた紙とは異なる埃が被ってあるボロボロな状態の別のメモ用紙のような小さい紙を菊さんの手から私の手に渡される。


 渡された紙を手に取り、目を通す。


 ———これは英語……?いや、違う。アルファベット表記だけど、よく読めばローマ字だ…!!


「零はん、正直に答えて欲しいねん。読めるんちゃいます?」

「…………ええ。読めます」

「薄々気づいておりましたけど、零はん、こことは違う世界からきはったやろ?」

「……………ええ」


『恋クリ』は日本をモチーフにしており、漢字やひらがなが採用されている。だからこそ、ローマ字とはいえアルファベットの表記の場合、『恋クリ』のキャラクターでは読む事はできない。


 ————つまり、これを書いた人は私や奏音と同じ日本人………!?もしかして、過去の……


「察しのいい零はんなら、気づいてはるかもしれまへんけど、その紙はこの宿の創設者である『過去の勇者様』が遺した物らしいねん」

「………そうでしたか。ちなみに、いつからお気づきになられました?」

「零夜はんと『本音』で話した時やなぁ…。この紙を知っているから信じ難い話やけど……この世界とは異なる『別の世界』があると思えたねん」

「………感服いたしました」

 ———ローマ字を知らずに文字だと推測した上でそこから『異世界の存在』へ繋げたんだ……。


 菊さんの洞察力に天晴れである。きっと私ならば、勇者が残した『落書き』と考え、興味さえ持たなかったかもしれない。


 話を戻そう。


 別に私が『日本』から来た事をバレたところで問題ない。その理由は私が『月夜伯爵家の長女である月夜零』がある事実は変わらないからだ。


 だからこそ、私は菊さんの瞳を真っ直ぐに見つめてそう答える。


「零はん、安心しはりな。大丈夫やでぇ。なにを残したかったのか、知りたいだけなんよ……」

「菊さんのお言葉を信じましょう。改めて読ませていただきますね」

 ————菊さんが広める利点もない


 でも、意図的に『噂』を広められるのはまずい。この『恋クリ』では人伝に伝わるから噂に尾鰭が着くのは想像に難くない。


 どうすれば抑制できるのかと考えていたら、菊さんに私の考えが見透かされていたらしい。


 菊さんを信じることにした私は、改めて汚れている部分が目立つ紙を解読していく。


 …

 ……

 ………………

 

 菊さんから渡された紙から私が推測して解読してみた結果、『真の敵は誰でもない』と言う忠告だけだった。

 

 ————どう言うこと?


 とりあえず、埃を取っ払って紙を月光に照らすとやや赤黒い部分が目立つ乱雑に書かれた文字達…


「零はん、どうやろか」

「えーと……私の解釈が合ってるのか分からないですけど、『真の敵は誰でもない』でした」

「零はんはどう思うん?」

「正直、わからないです」

「同じやわぁ…。ふわぁ……そろそろ眠くなってきたんとちゃう?」

「ええ。菊さん、お役に立たず申し訳ございませんでした」

「ええねんええねん。ほな、部屋まで送るなぁ」


 正直、菊さんから貰った紙の内容は全く分からなかったが、これから『恋クリ』を歩む私にとって重要な気がしたため、覚えておくことにした。


 そして、そのままお開きとなったため、菊さんに手を引かれるまま部屋に戻った私は布団に身体を包み朝を迎えることとなる。


ーーーー

 熱で寝込んでいました….orz

 12/3 精神的に余裕がなく誤字等に気づかず投稿していました。申し訳ありません

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