『噛ませ犬愛好家』と『勇者』

「ほな、金貨4枚頂くなぁ」

「い、意外とするわね…」

「おおきにやでー」


 もちろん、宿の中に入る前に菊さんへ代金を払う。零華お母様が『金貨4枚』と聞いて引き攣った笑顔を浮かべながら出したが、前回と同じ『鍋』ならば、払う価値はあると思う。


 その後、菊さんの後を着いていった先にあった部屋は見覚えのある客室だった。


 部屋に入る前に入り口付近を見渡すと、隅の部分が黒色でそれ以外の部分を白色で構成された襖、右側には洗面台、左側には御手洗がある。


 スーッ………


 菊さんが襖を右へとスライドさせる。そうすると、襖と床の擦れる微かな音と共に、見覚えの座布団などが敷かれている和室が視界に飛び込む。


「それで『勇者』を警戒とは……」

「一旦お茶でも飲んで落ち着きはりな」


 足早に用意された座布団に腰掛け、菊さんに話の続きを促すが、菊さんは首を左右に振る。


 ————菊さんに焦ってるのがバレてる…?


 心の中で悩みながら彼女に提案された『お茶』に対して、縦に頷く。

 

「なんかすごく心が落ち着く部屋だにゃ……。ご主人様マスターの部屋もすごいけど、この部屋は少し違う意味で凄いにゃ」

「私もこんな部屋に泊まった経験がないわぁ…。帰ったら問い詰めなくてはいけないわね!!」

「………決して旦那様も悪気があったわけでは」


 私とは正反対に泊まる和室を興味本位に見渡しながら思ったことを口にする瑠璃と零華お母様。


 なぜか、零夜お父様が説教されそうになっていたところにフォローを入れる真里。


 そんな個性ある3人の自由奔放な姿を見ていると、心が落ち着いていく。


 …

 ……

 …………


「零はん、落ち着いたみたいやねぇ。ほら、これお茶やでぇ」

「どうも……」

「それでお菊、そろそろ零ちゃんに話してあげてほしいわね!!」


 私達の前に温かいお茶を置いていく菊さんに零華お母様が私へ助け舟を出してくれる。

 

「零華はんの所にも『勇者』の情報は届いてはるんとちゃいます?」

「………少なくはないわね」

「この宿には顔馴染みの冒険者の方も寄ってくれはるけど、どの冒険者の方も『勇者』の話をしてくださる。今の話題の渦中は『勇者』やねん」

 

 月夜伯爵家で瑠璃や真里と『朝食のつまみ食い作戦』や『短剣の実験』をしていた時には零夜お父様や零華お母様にも情報が届いていたらしい。


「でも、それで『警戒すべき』とは点と点が繋がってないような……」

「光があれば闇があるのが世の常やねぇ…。つまり、『耳が明るい情報』しか残されてない『勇者』なんて過去も未来も存在しないねん」

「………そう言えば、私の知っている情報だけでも全て脚色されているような気がするわね」

 ————光があれば闇がある……。つまり、意図的にいい情報を流してるのか流されているのか


 菊さんの説明に零華お母様は思い当たる節があったらしく、知ってることを話し始める。


・曰く、勇者様が襲われていた平民を救った。そして、見返りさえ求めず、去った。

・曰く、勇者様が盗賊に襲われていた『領地』を救った。見返りさえ求めず、去った。

・曰く、勇者様は夢思王と親睦を深め、魔王を倒すことに見返りさえ求めず、努力をしている。


 零華お母様から出てきた情報は他にもあるが、基本的には同じような内容だ。


 ————どの内容も『報酬』を求めない事が美談になっている……?


 別に私達は『ボランティア』ではないからそれに対する『報酬』を求めてもおかしくない。


 だから、見返りの『報酬』を求めない姿勢は素晴らしい。それなのに、どの情報も事前に『筋書き』があったかのように聞こえてくる。


「………ミーの住んでいた国では『勇者』はあまりいい話を聞いた事ないにゃ」

「今更かもしれんけど、零はんが言ってた『件の猫族の子』やねぇ」

「ミーは猫宮瑠璃にゃ。囚われていた所をご主人様マスターが助けてくれたにゃ」

「それで瑠璃はんの所の『勇者』の話を聞いてみたいもんやねぇ」


 自分の頭の中で菊さんの話と零華お母様から教えていただいた情報を頭の中でまとめていると、先程まで黙って聞いていた瑠璃が口を開いた。


 瑠璃が口を開いた瞬間、菊さんは瑠璃のことを初めて認識したらしい。私と瑠璃の視線を交互に見ながら笑顔を浮かべた後、続きを促す。


「『魔王』を倒すための存在が『勇者』にゃ。そんな『魔王』を倒して平和になった後、ミーの国で伝えられたのは『人族の横暴』だにゃ」

「せやねぇ。瑠璃はんの言う通りやでぇ。だから、『勇者』は光も闇もある存在っちゅー事や」

「待ってちょうだい。私達の考えすぎている可能性はないのかしら?」

「零華はんの言う通りやし祖先を疑いたくはない気持ちはある。でも、既出の『勇者』の情報が自然すぎて不自然のように感じてまうねんなぁ…」

 ———そういえば、この宿も……

 

 零華お母様の意見も菊さんの意見も両方分かる。仮に、零華お母様の言う通りの『根本からお人好しすぎる勇者』ならば問題はない。


 ———でも、そんな甘くは行かない気がする…


 私は瑠璃の首元にある『隷属の首輪』へ視線を移しながら、拭えない不安を冷え切ったお茶を一気に飲み干す事で切り替える事にした。


 …

 ……

 …………


「ミーにはご主人様マスターの不安な気持ちはわからないけど、入るにゃ!!」

「そう言えば、瑠璃って猫族でしたよね?なぜ、お風呂は平気なんですか?」

「騎士のお偉いさんのおかげだにゃ」


 菊さんと話した結果、『勇者は警戒すべき』と言う結論で終わりを迎えた。


 その後、零華お母様が菊さんと思い出話をしたいと言ったため、夕食の『鍋』は後回しにして、私達は一足先に『女性』と書かれた暖簾を潜って浴場へと向かう事となった。


 ———今更だけど、瑠璃が月夜家でもお風呂に入れてたのは灯火のおかげだったんだなぁ…


 …

 ……

 ……………


 ガララララララ……


 心の中で灯火に感謝を伝えた後、脱衣場から浴場へ続くスライド式の扉を開ける。


「ここのお風呂もすごいにゃぁ!!えーと……洗う場所はどこだにゃ?」

「以前に訪れた時よりも湯気が充満してる気がします……。瑠璃、こちらです。ゴホンッ、まずは零お嬢様の背中を流すので手伝いなさい」

「え?いや……いいよ。月夜家の時も1人で洗ってるから気にしな………」

「零お嬢様、いいですよね?」

「私は1人で洗え………」

「い•い•で•す•よ•ね?」

「は、はい……」


 瑠璃が来るまで真里は普段はすぐに涙を流していたのに、私の危機には物怖じせずどんな時にも立ち向かう。意外と照れ屋なのに小悪魔的な面も兼ね備えた私だけのメイドだと思っていた。


 それなのに、最近の真里の後ろに般若が見えるようになってしまったせいか頭が上がらない。


「では、瑠璃は零お嬢様の髪を洗ってください」

「真里だけずるいにゃ。ミーも身体がいいにゃ」

「何がずるいのでしょうか?この中で1番真面目の私がどさくさに紛れて零お嬢様の身体を堪能しようなどと考えるはずがないでしょう!!」

「鼻血がでてるにゃ」

「こ、こ、これは決して零お嬢様に興奮していたとかそういうわけではなくてですね……」

 ————真里のこう言うところは健在かぁ……


 瑠璃と真里がそれぞれ言い合っていても、このままでは埒が空かない。そのため、彼女達の間へ入り2人で一緒に洗う事を提案する。


「やむを得ません………。瑠璃、貴方を侮っていました。ここはフェアに行きましょう」

「真里、ミーを出し抜くには100年早いにゃ!!」

「ふー……すっきりした!!先に入るねー」


 紆余曲折有りながらも、瑠璃と真里が握手をして互いを認めている間に私は手短に身体を洗う。


「そ、そんな零お嬢様………いつのまに……」

ご主人様マスター、騙したにゃ!!」

 ————騙したつもりはないんだけど…


 最終的に瑠璃と真里から大量のクレームを受ける事になったものの、3人で湯船に浸かり、熱々のお風呂を思う存分に堪能した。


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レビューなどしていただけたら嬉しいですー!!今後もよろしくお願い致します!!もう少しで王立魔法学院試験編です!!

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