(後)救われないはずだった猫族は幸せを掴む

 騎士のお偉いさんに手を引かれて、雪凪殿下の部屋の前まで足を運ぶ。


 ———大きな扉だにゃ


 ゴクリッと唾を飲み込む。


 ———なんでミーはこんなにも緊張を…

 ———結局、奴隷なんだからにゃ…

 ———期待なんて………

 ———騙されてもミーは……

 ———違うにゃ…。ミーは信じたいんだにゃ…

 ———だって、ミーを助けてくれたんだにゃ


 ミーは『月夜伯爵嬢』を心の底から信じている。それなのに彼女の『奴隷』になると言う現実が今になってミーへ襲いかかる。


 その現実を顔を左右に振り、前を向いて『月夜伯爵嬢』と再会する覚悟を決めた。


「いい表情だっ!!」

「そう……ですかにゃ」


 そんなミーの表情の変化を悟った騎士のお偉いさんがミーの頭の上に手のひらを置く。


「猫宮瑠璃、安心するがいい…!!なぜならば、私と我が君の自慢の友達だからなっ……」


 ミーにだけ聞こえる小さな声でそう言いながら、反対の手で扉を開けた。


 …

 ……

 …………


 騎士のお偉いさんが扉を開けた先には、ソファーに腰掛け、優雅に紅茶を楽しむ『雪凪殿下』と『月夜伯爵嬢』がいた。


 ———2人とも楽しそうに話しているにゃ


 そんな『雪凪殿下』の後ろには騎士達が並んでおり、『月夜伯爵嬢』の背後には彼女の専属と思しきメイドの女の子がいる。


「我が君、お待たせいたしました。……『猫宮瑠璃』を連れて参りました…!!」

「感謝するのじゃ」


 ミーが周囲を観察している間に騎士のお偉いさんは雪凪殿下へ跪き、報告を行なっている。


「瑠璃っ!!瑠璃ーっ!!」

「もうっ…!!零お嬢様…はしたないです…!!」

「いだだだだだ……」


 一方でシルバーブロンドの髪を肩まで伸ばした鮮やかで大きな蒼眼を待つ小柄な少女がミーの姿を見た瞬間、満面の笑みを咲かせた。


 そして、同時に大きな声でミーの名前を呼び、ソファーから移動しようとする。


 そんな少女を黒白基調で麻色のボブヘアをしたメイドが肩を掴んで静止していた。


「真里……!!感動の再会なの!!許して!!」

「だめです…!!雪凪殿下も居られるんですから」

「余は別に気にしな……」

「雪凪殿下、仲良くなったからと言って、私の零お嬢様を甘やかさないで頂きたいです!!」

「し、しかしじゃ」

「ご理解いただけましたか?」

「わ、分かったのじゃ…」


 ミーの目の前で月夜伯爵嬢とメイドと雪凪殿下の微笑ましいやり取りが行われている。


 ———それなのに、なぜか痛いにゃ…


 周囲にいる騎士達や騎士のお偉いさんも楽しそうにしているのにミーは胸がズキッとした。


 ———ミーもああいう風に………


「零、すまない。これが『隷属の首輪』だ……」

「灯火は悪くないよ…」

「…………これは余の責任じゃ」

「雪凪殿下も悪くない。私の想定が甘かった」


 ミーが悲しんでいる一方で、事情は分からないが、雪凪殿下と月夜伯爵嬢と騎士のお偉いさん達の間で気まずい雰囲気が流れていた。


「確か、猫宮瑠璃さんでしたよね?」

「え?はいにゃ」


 そうしているといつの間にか『真里』と呼ばれていたメイドがいつの間にか、月夜伯爵嬢の後ろから離れてミーの目の前に来ていた。


「いいですか?私の方が『先輩』で私の方が先に『零お嬢様』と両思いです」

「ミーは奴隷に…………」

「そうですか。じゃあ、零お嬢様は私が幸せにさせて頂きます」

「そ、そっちだって使用人以上はっっ……」

 ————どうしてミーは熱くなって……


 ミーが言いかけた瞬間、真里と呼ばれたメイドの女の子が真っ直ぐ見つめてくる。


「私は女です。それでも零お嬢様を心の底から愛しております」

「ミ、ミーだって、月夜伯爵嬢の事が心の底から愛しているにゃ!!」


 しかし、ミーは恋愛と言うものをしたことがない。だから、真里と呼ばれたメイドの女の子へ対抗心から宣言してしまった。

 

 ————月夜伯爵嬢を見てるとミーを救った時の姿が今でも目に浮かぶにゃ

 ————だからこそ、『奴隷』のミーでは絶対に行けない地位にいるメイドが羨ましいにゃ

 ————なにより、月夜伯爵嬢を取られたくないにゃ!!このメイドには負けたくないにゃ!!


 それでも、月夜伯爵嬢へ抱く複雑な感情の正体はミーなりの愛だと思うから、負けたくない!!


「ええ。私はその言葉を待っていました。改めて、ライバルとしてよろしくお願い致します」


 真里と呼ばれたメイドの女の子の瞳を真っ直ぐ見つめる。そうすると、ミーの想定していなかった答えが帰ってきた。


「どうして……にゃ」

「きっと貴方は私を羨んでいるでしょう。それと同じです。私は貴方が羨ましい。だからこそ、対等で勝ちたいからフェアに挨拶するんです」


 ————上手くいかなかったミーの人生のどこを羨む場所が…………………


 直前で出かけた言葉を飲み込み、頭を左右へ振る事で否定する。


「……ミーも無抵抗で負けるつもりはないにゃ」

「ええ。私はこれから貴方のことを『瑠璃』と呼ばせてもらいます。貴方も私の事を『真里』と呼んでください」

「わ、わかったにゃ…!!」


 全部を理解したわけではない。それでもミーは真里に負けたくないし、月夜伯爵嬢を取られたくない。だから、ミーは真里の言葉に縦に頷く。


「あれ、今度は仲良くなってる!?」

「零お嬢様、そちらの用事は……」

「色々終わったのでソファーから移動したんだけど、真里と瑠璃は終わったのかな?」

「ええ。たった今、終わりました」


 真里と話していると雪凪殿下と騎士のお偉いさんたちと話を終えた月夜伯爵嬢がソファーから移動してミー達の周囲に移動していた。


「それじゃ、瑠璃………いい?」

「元より覚悟はしてるつもりにゃ」

 ————そんな不安そうな表情をしないで欲しいにゃ


 ミーの前にいる月夜伯爵嬢の瞳は不安なのか、小さく左右に揺らいでいる。


「今回は余が取り仕切るのじゃ。まずは零から『隷属の首輪』に血を垂らすのじゃ」


 月夜伯爵嬢は雪凪殿下の言葉に小さく頷き、『短剣』を召喚させ、軽く切り傷を作る。


「次に猫宮瑠璃、血を垂らすのじゃ」


 同じように軽く血を垂らして切り傷を作った後、首輪の方へと血を垂らす。


 そうすると『隷属の首輪』の中央部分が激しく紅色に発光を始めた。


「雪凪殿下、『隷属の首輪』ってどういう原理なのでしょうか?」

「うむ。まず、それを説明する前に余達の体内には魔力の源となるどの種族にも『魔素マナ』がある」

「え?私は魔力がないとお聞きましたが……」

「『魔力』は一定以上の適正属性の『魔素マナ』があって具現化するのじゃ。だから、零は『魔力』はないが『魔素マナ』はあるのじゃ」


『隷属の首輪』の紅色の光を見た月夜伯爵嬢が雪凪殿下の質問をする。そして、彼女の質問に対して彼はわかりやすく答えていた。


「そして、『隷属の首輪』は先に血を垂らした『魔素マナ』の持ち主が後から血を垂らした『魔素マナ』の持ち主を拘束するのじゃ」

「それじゃ悪用されてしまう可能性とかは……」

「もちろん、織り込み済みじゃ。元より『隷属の首輪』を管理しているのは国じゃ。つまり、国が認めなければ『器』として機能を失うのじゃ」

「丁寧な説明、感謝いたします…」

「後は猫宮瑠璃がそれを自身の首に付ければ『隷属の首輪』の効果は発動するはずじゃ」


 雪凪殿下の言葉を聞いて、改めて息を呑む。その後、『隷属の首輪』を改めて観察する。全体的に銀色で構成されている。


 ただ、血を垂らす前と異なる所は『隷属の首輪』の中央付近に紅色が発光している所だ。


 ———後はミーがこれを………


「瑠璃、辛い思いさせてごめんね…」


 ミーが緊張しているのを察したのか、月夜伯爵嬢が優しい声音と共に語りかけてくれる。


「…違うにゃ。ミーが意気地なかっただけにゃ」


 そして、月夜伯爵嬢の言葉を聞いたミーは彼女へ返事をした後、自ら隷属の首輪を着用した。


 ーーーーー


「瑠璃ー!!今日も一緒に寝よー!!」

ご主人様マスター、ミーはいいんだけど、怒った真里が来ると思うにゃ」

「それなら真里も一緒に寝ればいいと思う!!」


 ミーが月夜伯爵嬢の『奴隷』となった日から、早くも2週間程の月日が過ぎた。


『隷属の首輪』を着用した後、そのまま『夢想王城』から『月夜伯爵領』に移動する事となった。


 移動する時も何する時も、『月夜伯爵嬢』と監視する『真里』は常にミーの隣にいる。


 ———本当に命令も一切しないにゃ

 ———ミーを迎え入れてくれた月夜伯爵家の人達は全員が優しいにゃ


 当初は『零様』や『零お嬢様』と呼んでみたものの、『零様』だと距離を感じると拒否され、『零お嬢様』は真里によって拒否されてしまう。


 結局、考えた末に『ご主人様マスター』と呼ぶ事で許してもらえることとなる。


 更に困惑したのは月夜伯爵様や夫人様についてだ。まさか、『お父様、お母様と呼びなさい』と命令されるなんて想定外だった。


 その他に関しても、月夜伯爵家の使用人達は、ミーを『奴隷』として下に見たりしないことに驚愕を隠せなかった。


 …

 ……

 …………


 そんなミーのルーティンは月夜家で『ご主人様マスター』のお手伝いをする。合間に美味しい食事を食べる。その後、少しくすぐったいけど、抱き枕をされたまま一夜を過ごしている。


「これはミーが見ている夢かにゃ?」


 ふと、そう思ってミーを抱き枕にしている『ご主人様マスター』の視線を見つめてみる。


「ううん。私達が掴んだ幸せだよ」


 ————その時、ミーは気づいたにゃ

 ————ミーはやっと幸せを掴めたんだにゃ


ーーーーーーー

日曜日は更新できなくて申し訳ないです。満足に行く描写を何度も試行錯誤して書き直していると日にちが経過していましたm(_ _)m

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