『噛ませ犬愛好家』と『くっ……殺騎士』隊長

「ゴホンっ……そろそろ良いじゃろうか」

「は、はいにゃ」

「…はい」 


 暫くの間、瑠璃を抱きしめていると奏音が『1番重要な事、忘れてないしー?』と言わんばかりの目線を私と瑠璃へ送ってくる。


「そうだったにゃ。ミーの『無罪』なんてどうやって証明するんだにゃ?」

「余もそこを考えてるのじゃ」

「頭に思い浮かんでいるのが1つあるんだけど、その前に瑠璃が雪凪殿下を襲っている時、その場で居合わせた人達は?」

「余が覚えいるのは『如月隊長』と数人のポンコ……『魔法騎士団』じゃ」

 ———瑠璃の前なのに言いかけたぁ……!!


 奏音の言葉から考えると『巡回交代』のタイミングで瑠璃と奏音の現場に鉢合わせしたと考えれる。そうと決まれば、私は自分が思いついた作戦を奏音へ耳打ちする。


「…………っ!?確かに、それならば……ある意味、馬鹿と天才は紙一重なのじゃ」

「『無罪』を勝ち取るためならば、どんな手段でも使います…!!!!」

「そうじゃな…」


 私の作戦を聞いた奏音は目を見開いた後、こちらの方をジト目で見つめてくる。


 その後、失礼な事を言われた気がしたので、その場で抗議の姿勢を示すとため息を吐きながら、やれやれと言わんばかりに頷いてくれる。


「な、何が起きてるんだにゃ」


 一方で私と奏音のやり取りを見ていた瑠璃は戸惑っている様子である。でも、瑠璃に全部話したとして彼女の場合、口を滑らしかねない。


「瑠璃を救うための『作戦』だから大丈夫だよ。それよりも、私の予想だと『陽山侯爵家側』が明日に瑠璃へ接触すると思う」

「なぜ、『陽山侯爵』がミーに…?まさか、ミーを助けてくれるのかにゃ!?」

 ———この子はなんて純粋なんだ……!!天使!!


 実際、瑠璃に話を持ちかけたのは『ファッキン陽山侯爵家』である。


 それ故に、瑠璃が勘違いするのもわからなくはない。ただ、現実は常に残酷だ…。


「……落ち着いて聞いてね?実は、私が『瑠璃の無罪』を証明する立場で『陽山侯爵』は『瑠璃の有罪』を証明する立場なんだ」

「ミーは『陽山侯爵』に言われて行ったのに…なんで………ミーの事を」

「…………瑠璃、さっき、『雪凪殿下』が言った言葉を覚えてる?」

「そう言えば、ミーに…」

「そう。その通りなの…」


 瑠璃が奏音の言葉を思い出したのか、悲しそうな表情をする。そんな瑠璃の表情を見て私は自分の考えを整理する。


 …

 ……

 …………


 前世の『恋クリ』の時系列ならば、百歩譲って、理解できる。しかし、私達のいる時系列で『ファッキン陽山侯爵家』が瑠璃へ執着する理由が見つからない。


 私達のいる時系列で『ファッキン陽山侯爵家』が行おうとしていた事をまとめるとこんな感じだ。まず『猫宮瑠璃』に暗殺依頼の話を持ちかけ、『クレイジーサイコキング』へ根回しをする。そして、瑠璃を自分達の『奴隷』にすることが目的だったんだろう。


 それに対して、たまたま奏音に呼ばれた私が『夢想王城』に訪れる。


 そして、『謁見の間』の際に『クレイジーサイコキング』に『デスゲーム』を持ちかけ、『ファッキン陽山侯爵家』の策略を防げた。


 ———たまたまタイミングが重なっただけ?


 私の脳裏に『ファッキン陽山侯爵家側』を裏で操った人物がいる可能性が過るが、これはまだ可能性に過ぎない。何より推測に時間を消費するほど余裕がない私は頭を左右に振った後、もう1度、瑠璃へ真っ直ぐ見つめ直す。


「私の推測がただしければ……か………って言ってくると思う。それに対して、私が瑠璃にやって欲しいのは…………………なんだ」

「……余が『月夜伯爵嬢』の言葉を保証するのじゃ。だから、協力して欲しいのじゃ」


 その後、今後『ファッキン陽山侯爵家』側が瑠璃と接触する際に起こすであろう複数のパターンに分けて瑠璃へ伝える。


 私の推測を聞いた瑠璃は未だに信じられないと言わんばかりの絶望の表情を思い浮かべたがそんな彼女に対して、奏音が力強い言葉で彼女の背中を押してくれる。


「……ミーのやるべき事は分かったにゃ」

「それじゃ私達はそろそろ出るとするよ」

「…………そうだったにゃ」

「そんな顔をしなくて良いのじゃ。其方は『月夜伯爵嬢』——余の親友、『月夜零』の大切な人じゃ。それならば余は其方の『仲間』じゃ」

「ミーも薄々勘付いてはいたんだけど、やっぱりお二方は仲良かったんだにゃ」

「んー…これでも、遠い昔はすごーく仲が悪くて喧嘩ばっかしていたんだけどね?」

「………最初に仕掛けてきたのは零の方じゃ」

「いいえ、私はあの件に関して謝ったから、粘着した雪凪殿下の方が悪いです…!!」

「「ぐぬぬ………」」

 

 相変わらず、いつまで経っても『雪花王女』の炎上事件を根に持ち続けるギャルゲーマーめ…


 ここで、あの時の『噛ませvs正統派』の続きでもするってのか!!すぐそこに私の『噛ませ犬推しが見ている側でっ………!!悪くない…!!


「…………ミーにはそんなお二方がすごく眩しく見えるにゃ」


 奏音と2人で睨み合って火花を散らしていると、瑠璃がポツリと呟いた。


「其方も入ればいいのじゃ」

「もちろん、瑠璃は私の味方だけどねー?」

「むっ………」


 そんな瑠璃に私は彼女の右側の肩へ、奏音は左側の肩へと周り込み、彼女に声をかける。そうすると瑠璃は、初めて笑顔を咲かせた。


「私達がすぐに助けるからま………」

「暫し待ってて欲しいのじゃ」

「お二方………本当に感謝ですにゃ…」


 その後、別れを告げる時に肝心の最後を奏音へ持って行かれた事に不満になった私はジト目を送る。分かってはいた事だけど、私のジト目は奏音に涼しい顔でスルーをされてしまう。


 ———まぁ、いっか……


 そう思った私は奏音と共に瑠璃がいた牢から外へと移動する。

 

 …

 ……

 …………


「我が君と『野…』ではなく月夜伯爵嬢、お戻りになられましたか………!!」

「………うむ」

「え、ええ」

 ————わざとか!?わざとなのか!?………落ち着こう。冷静に対処………心頭滅却!!心頭滅却!!


 牢を出ると私達を待っていたのは直立不動の姿勢で待機していた『忠犬騎士団』達だった。


 相変わらず、この『くっ……殺騎士』隊長のわざとなのか天然なのか、よく分からない私の名前の間違いを『心頭滅却』により耐える。



「我が君、用が済んだなら、こんな場所を去りましょう。我が君が汚れてしまう…」

「あぁ…我が君の美しさに陰りが生じるのはだめだとも…!!」

「私の『我が君』が汚れるなんて…!!」

「今、誰だ。さりげなく抜け駆けした奴……!!」

 ————今度は身内で争うなぁぁぁぁぁ…!!


 ………私が不要なトラブルを起こさないように『くっ……殺騎士』隊長の名前を間違えたことに関して水に流したのに、なぜだ…!!


「………とりあえず、出るのじゃ。『月夜伯爵』が心配してるかもしれないのじゃ」


 暫く『忠犬騎士団』による『我が君争奪戦』で盛り上がる事となった。


 ———真顔になるのはっっや………


 しかし、そんな彼等の光景に痺れを切らした奏音の言葉を皮切りに、先程まで歪みあっていたはずの『忠犬騎士団』達は一気に真顔へと変わり、奏音の護衛を固めていく。


 そして、周囲の安全を確認した後、地下牢の方の脱出口を目指して移動を始める。


「ゴルァ…!!こっから出せや」

「クソガキがぁぁ」

「げへへ、可愛い嬢ちゃん」


 帰りも同じように様々な囚人達から汚い罵声等が飛び交う中、私達はそれらの言葉を無視して階段の方へと移動する。そして、整備されていない階段を上がって行った。


 ーーーー


「ご機嫌よう。雪凪殿下、本日は私を素敵な『夢想王城』へ招待いただき感謝いたします」

「………楽しめたじゃろうか?」

「ええ、とても有意義な時間を過ごせました」

「…それならよかったのじゃ」


 地下牢を出て大きな窓の隙間から夕陽が差し込む薔薇畑が見える王城のエントランスへ移動した。その後、私は奏音と『忠犬騎士団』へと振り返りカーテシーをする。


 ———まぁ、私にまともな案内したのは奏音と城門にいた『忠犬騎士団』しかいないけど…


 心の中で降り積もる不満はあるが、それらは『瑠璃』と無事に出会えたことで相殺しよう。

 

 奏音と短い問答のやりとりの末、薔薇畑の方向へ足を進めた瞬間、やるべき事を思い出す。


「………忘れていた事がございました。如月隊長……こちらへ来ていただけませんか?」

「はぁ……」

 ———奏音以外には本当にそっけないなぁ…


 心の中でそう思いながら、私は『忠犬騎士団』の中のトップである『くっ……殺騎士』隊長へお誘いの言葉と共にジェスチャーをする。


「今から話すのは内緒ですからね?実はですね……雪凪殿下の好みの女性は綺麗な青髪ロングで正義感の高いお嬢様系タイプなんですよ」

「ばっ…なっ………!?なぜ、それを私に……」


 そして、私は兜と腰を下げるように伝えると渋々『くっ……殺騎士』隊長は私の要求を受け入れて、しゃがんでくれる。


 ———金色の長髪に紫色の瞳、おまけに体型はモデルボディ……。きっと、変態じゃなければ理想の綺麗系お姉さんなのになぁ…。

 

 若干、彼女の残念なポイントを心の中で思いながら、彼女へ耳打ちをする。そして、私の情報を聞いた『くっ……殺騎士』隊長は分かりやすいくらいに耳まで真っ赤にさせる。


「これはそうですね…お試しです。もし、私の頼みを聞いて頂けたら、定期的にこれからも情報提供をしますが、如何でしょう?」

「た、確かに、すごく有益な情報だった。しかし『月夜伯爵嬢』はその……我が君の事…」

「え?全然、眼中にございませんので……」

 ———勘違いするのも分かるんだけど……


 私の想像通り、『忠犬騎士団』が私に対して辛辣な態度を取っていたのは奏音絡みだった。


 ただ、私自身は奏音を異性として見ていない。正直、想像しただけで鳥肌が出てしまったが、それは口に出さないようにする。


「そ、そうなのか……。まさか……いや。それはいい。それで私に頼みたいこととは……」

「私の頼み事は……………を…………のです。もちろん、責任は私が取ります」

「………大丈夫なのか?」

「……一応、雪凪殿下もある程度知っているので、大丈夫だと思います。責任なら私に」

「………それならば承知した」


 私が奏音を狙っていないことがわかった途端、『くっ……殺騎士』隊長から発されていた私への警戒心が消え失せた。


 周囲を見渡せば、奏音を含めて私と『くっ……殺騎士』隊長の長いやりとりを見て首を斜めに傾げているが、放置しておこう。


「それでは皆様、ご機嫌よう」

「明日はどうするのじゃ?」

「……明日は彼等が動き始めるでしょう。……私のやるべき事は今日で終わりました」

「………そうじゃな」


 私の作戦は至ってシンプルであり、私自身が必要な準備は初日で終えている。


『ファッキン陽山侯爵』側が動く場合、方針を定めてから複数人が動くこととなるだろう。


 私の予想が正しければ、今日は動かずに明日から本格的に動き出すはずだ。


 だから、私は正反対に1日で終わらせる。


「月夜伯爵嬢……またお茶でもどうだろうか」

「ふふっ…私の事は『零』とお呼びください。代わりに『灯火』と呼ばせていただいても?」

「もちろんだとも…!!」

「なら私と灯火はもう『友達』です。また、零夜お父様に頼み、当家の招待状を出しましょう」

「待っている…!!」


 少し前まで歪みあっていた私と『くっ……殺騎士』隊長の関係の変わり様を見た『忠犬騎士団』や奏音まで目を見開いて周囲が騒々しい。

 

 ———これは、奏音にも教えなーい。


 私は心の中でほんの少しだけ優越感に浸りながら『くっ……殺騎士』隊長と握手を交わした後、彼等に背中を向けて薔薇畑へ移動した。


 …

 ……

 …………


「零…!!」

「零お嬢様…!!」


 城門の方へ到着すると、零夜お父様と真里が私を待ってくれていた。


「零夜お父様、真里、大変お待たせしまし…」


 2人を待たせた罪悪感と待ってくれていた安心感等の感情が混ざり、足早に2人の方へ近づく。


「………零、話したいことが山ほどあるのさ」

「………零お嬢様、行きましょうか」

「はい……」

 ———めちゃくちゃ怒ってるぅぅぅ…


 そして、私が零夜お父様達の方に挨拶をした瞬間、満面の笑みを浮かべている2人の様子を見て私は全てを察した。

 

 私の右手は真里に

 私の左手は零夜お父様に


 ガッチリホールドされた私はそのまま夢想王城の真下にある『夢想王国城下街ドリームマーケット』へと連行される事となった。


 …

 ……

 …………


 陽が沈む頃の『夢想王国城下街ドリームマーケット』では、朝早くに呼び込みをして食べ物を売ってたお店は店を畳んでいるのに対して、アルコール類などを提供するお店等は開店作業をしている状況だった。


 どこかで寄り道してみたかった気分だが、未だに笑顔を絶やさない零夜お父様と真里の様子を見てそんな提案など出てこない。


 そのため、私はそのまま2人の入っていく宿の泊まる部屋へと移動することとなった。


「零お嬢様、こちらへどうぞ」


 ちなみに部屋の割り振りは私と真里が同じ部屋で、零夜お父様は別の部屋らしい。私と真里が泊まる部屋に入ると、モダンな感じで煌びやかではなく、落ち着いた雰囲気の部屋だった。


 特に派手な飾り物などはなく、明るめの茶色の壁と黒色の床で構成されている部屋である。


 壁と床以外で言えば、端の方に大きめのベッドと中央にソファーや最低限の収納場所などの生活上で必要な家具達がある程度だ。


 そして、部屋全体を観察した後、真里に呼ばれた私はソファーで待機することとなった。


 ———ふかふかぁ…


 そう言えば、夢想王城では立ってることの方が多かった……。あまりの座り心地のよさに目を瞑りそうになるのを必死で我慢する……。


「零お嬢様、お待たせいたしました」

「やぁ、零お邪魔するさ」

「今、紅茶を淹れましょう」


 私が色々堪えていた時に、零夜お父様がいつのまにか私の部屋に入ってきていたらしい。そして、私と対面のソファーに腰掛けている。


 一方で真里はと言えば、私達の紅茶の準備をしてくれているらしい。


 …

 ……

 …………


「零お嬢様、旦那様、どうぞ」

「涼宮君、ありがとう」

「………いただきます」


 真里の淹れてくれた紅茶を口へと含むと茶葉が私の喉をスッキリさせてくれる。もちろん、それだけでなく、身体もポカポカと温まる。


「それで本題に入るんだけど、私達が怒っているのはなぜか分かるかい?」

「思い当たる節が多すぎて……検討が付かないと言うのが本音です」


『クレイジーサイコキング』に跪かなかった事

『デスゲーム』を自ら提案した事

『零夜お父様』達へ報告せず奏音と密談した事

『零夜お父様』達を待たせすぎた事

 

 パッと思い浮かぶだけで、私が叱られる要因は4つも頭に浮かび上がる。


「私達が怒ってるのは、ただ1つさ…。涼宮君、困っている零に教えてあげるといいさ」

「かしこまりました。私達が怒っている理由は『命を賭けたこと』です」

「昨日、『命を賭けて戦う』って言っ……」

「なんで本当に賭けているんですかっっっ!!」


 私を見守ってくれていた真里が、初めて、私に対して声を大きくした。そんな真里の表情を見ると、彼女の瞳には大粒の涙が溜めていた。


「零、本当に命まで賭ける必要があったのかい?他に手段はなかったのかい?」


 真里は耐えきれなくなったのか、両眼を両手で覆い泣き崩れる。そんな彼女の様子を見た零夜お父様が代弁するかのように私へ質問する。


「……申し訳ございません」


 ここで私が実は『別の世界から来て、夢想王の本性が狂っている』なんて説明しても、余計に混乱を招きかけない。


 そう判断した私は、本心から零夜お父様と真里の瞳を見て謝罪をする。


「……件の猫族は零にとって『命を賭ける』程に大切なのだろうさ。しかし、それは零も同じだ。零を思う人がここや月夜家にいるのさ」

「はい…」

「………とまぁ私は零の覚悟を知っているからさ。生きて帰ってくれば、許すつもりさ」

「私は……ひぐっっ……許しませんっ…。零お嬢様が死ぬなら…っっわ、私も死にますっ…」


 真里は頬から雫を流しながら、それでも、彼女の瞳を見るとその瞳には強い意思が宿っていた。


ーーーー

本当にスローペースで申し訳ないです💦


 

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