『元噛ませ犬』と『噛ませ犬』

「時間もないから率直に聞くけど、瑠璃はなんで『雪凪殿下』を暗殺しようと思ったの?」


 改めて自己紹介を終えた後、私は抱きついていた瑠璃と一旦離れつつ、彼女の琥珀色の瞳をまっすぐ見つめて質問をする。


「ミ、ミーがしたかったからしたんだにゃ」

 ———嘘が苦手な所も変わってないなぁ…


 それに対して、目を逸らしながら私の質問に答える瑠璃の様子を見て私は安堵する。


 瑠璃がついた嘘は、内容がなんの捻りもされていない彼女らしい不器用な嘘だからだ。


「私は『猫宮瑠璃』が暗殺事件を故意に起こしたわけではないって確信しているの」

「そ、それはあり得ないにゃ!!だって…ミーとあなた様は初対面のはずにゃ。ミーの事を知ってるわけがないにゃ!!ミーは騙されないにゃ!!」

「じゃあ、当てていけば信じてくれる?」

「もちろんだにゃ!!メス猫族に二言はないにゃ」

 ———多分、それを言うなら『男に二言はない』だと思うけど……まぁいっか…。


 まんまと罠に引っ掛かった瑠璃に私は、表情に出さないよう心の中でニヤリとほくそ笑む。


「そうねぇ…。まずは『夢想王国』の『間者スパイ』をしていたってのはどうかな?」

「にゃ!?」

「……その様子は当たりだね」


 悲鳴のような大きな声であからさまに動揺する瑠璃の姿を見て心が温まる。


「次は…大好物は青魚で、匂いすらNGなのは玉ねぎってのはどうかな?」

「にゃっにゃ!?」

「後、趣味は釣りで…苦手なのは計………」

「ス、ストップにゃ!!分かったにゃ!!あなた様がミーのことを知ってるのは信じるにゃ!!」


 顔を真っ赤にした瑠璃はギブアップと言わんばかりに机を何度も叩いている。


「それじゃ本題に戻るけど、どうして瑠璃は暗殺未遂をしたの?」

「そ、それは………そのにゃ……」

 ———どうしようかな


 どうやら、私に対する疑念は晴れたものの、肝心の質問には誤魔化そうとする。


 …

 ……

 …………


「…余から良いだろうか?」

「『雪凪殿下』!?ミ、ミーの何も言わない様子に怒ってしまいましたかにゃ…!?」

「……違うのじゃ。とりあえず、黙って聞いて欲しいのじゃ」

 ———何を言うつもりなのかなぁ…


 先程まで静かに私と瑠璃の問答を傍観していた奏音が口を開いた。奏音が何を言うのか……若干私の中で緊張が走る。


「余は『猫宮瑠璃』が言いたくないならこのまま誤魔化し続けて構わないと思うのじゃ」

「にゃ?」

 ———え?


 てっきり、合理的に動く奏音の事だから『時間の無駄じゃ』とでも言うと思っていた。瑠璃も私と同じ事を考えていたのかは分からないが、私と同じような反応を示している。


「ただし、明後日にはそこにいる『月夜伯爵令嬢』の命はないのじゃ」

「にゃ!?なんの冗談を言って……」

 ———それを言うためかぁぁぁ………。できれば、隠しておきたかったんだけどなぁ……。


 ちらりと奏音を見ると『何か文句でもあんのか?』と言わんばかりに私を睨んでくる。


「…私は3日後、自分の命をチップに『猫宮瑠璃の無罪』を夢想王へ証明する必要があるの」

「にゃ!?だから最初、『時間がない』って…」

「あ、あはは……実はそうなんだ」

「『猫宮瑠璃』、これだけは忘れないでほしいのじゃ。数時間前の毛繕いや其方のために流した『月夜伯爵令嬢』の涙は”本物”なのじゃ」

「やっぱり夢じゃなかったんだにゃ。……なぜかすごく安心できて眠ってしまったんだにゃ」

 ———えぇ!?ここでその話を掘り返すの!?


 私自身も溜めてきた色々な想いが爆発して無意識な行動に出たのは事実だ………。しかし、自己紹介以降、掘り返されることがなかったため、無かったことにできたと思っていた…。


「ここに来てからずっと眠っていなかったからにゃ。起きた時にうっすら覚えていたんだにゃ。……本当にそうだとは思わなかったにゃ」

「ア、アレは私が好きでしたことだし、雪凪殿下の言葉は気にしなくていいから…ね!!」


『デスゲーム』終了までの期限を考えると私に与えられている時間の猶予は少ない。


 ただ、瑠璃の協力が得られないなら得られないなりに別の方法で動くつもりだった。


 それよりも、数時間前の私の行動に何も思っていなかった瑠璃に対して、奏音が私の『無意識な行動』を掘り返してきた事に恥ずかしさを覚えて、両手で顔を覆ってしまう。


「其方にとって『月夜伯爵令嬢』は初対面なのかもしれないのじゃ。だが、『月夜伯爵嬢』は其方のことを心の底から愛して……むぐっ!?」

「ちょっと……『雪凪殿下』、お口が過ぎておりますので………失礼致します」


 なんで、この場で奏音に『公開告白』の代弁をされなきゃいけないんだよっ!!そう考えた私は、身分を忘れて奏音の口を手で塞ぐ。


「………もう十分伝わったにゃ。だから、ミーも本当のことを話すにゃ。ミーが『雪凪殿下』を襲った理由は大金が必要だったからにゃ」

 ———奏音、絶許!!…………それより、大金が必要?借金でもしているのだろうか?でも、そんな設定はなかったはずだし……


『魔法の天才』と称される奏音の暗殺に成功すれば、依頼主から大金が入ることは間違いないと思う。ただ、そんな私利私欲のためだけに瑠璃が行ったとは思えない。


 だから、私は瑠璃の続きの言葉を待つことにした。


「……ミーは王城内で孤独でいようとしたにゃ。でも、そんなミーへ優しくしてくれたおばあちゃんの使用人先輩がいたんだにゃ」

「仙沼さんの事かの?」

「その通りにゃ」

 ———借金ではなさそう?『仙沼』…?どこかでその名前を見た覚えが……思い出した…!!



 ーーーー


雪花王女『零太様、私が暗殺されかけたんですよ?なぜ私の味方をしてくれないんですか?』

零太『C.でも、あの猫族だって事情が……』

仙沼『あたしゃも勇者様に同意だねぇ…。あの子は純粋だったからねぇ…。あたしゃはきっとなんらかの事情があったと踏んでるねぇ…』


 ーーーー


 私の記憶が正しければ、瑠璃が暗殺未遂を起こした時に分岐ルートの『C』を選んだ時のみ、『仙沼さん』が登場したはずだ。

 

 そして、殆どの使用人が瑠璃を非難する中、『仙沼さん』だけが彼女の援護をしてくれる。


 当時の私はそんな『仙沼さん』がシルエットだったとは言え、瑠璃の味方になってくれたことが嬉しすぎて名前を覚えていたのだ。


 …

 ……

 …………


「確か、つい先月に仙沼さんなら『持病の療養』のために実家に帰ったはずじゃな……」

「そうにゃ…。でも、その持病が悪化したらしいんだにゃ。その時、『陽山侯爵』に金銭的工面をしてもらう代わりに……」

「それなら瑠璃は仙沼さんを助けるために大金を……?」

「当たり前だにゃ!!ミーは『仙沼さん』のおかげで救われたんだにゃ」

「そっか……!!そうなんだね!!瑠璃が私の知っている優しい瑠璃で本当に良かった!!」

「ちょっ……ミーの耳を撫でないで欲しいにゃ!!ちょ…くすぐった……んんっ………にゃぁ」

 ———優しい瑠璃の事だから、事情があるのは分かっていたうもりだけど、本当に嬉しい!!


『ファッキン陽山侯爵家』に底しれぬ怒りが沸いたが、今は置いておく。


 それに瑠璃の『家族を人質』にされて……等ではなく、自分の恩人を救うために行動へ移した瑠璃に心から嬉しく思った。


 ただ、瑠璃に反省点があるとすれば『頼る相手』を間違えていた事だろう。


 それでも、瑠璃の根本が変わっていないことに彼女を愛おしく思ったので彼女のふさふさした耳を優しく撫で撫でする。


 …

 ……

 …………

 

「…………でも、どんな事情であれ王家に手を出した事はどうなるか分かってるよね…」

「…………分かってるつもりにゃ。それでも、ミーはミーにとって恩人の『仙沼さん』が救われるなら、全く後悔はしていないにゃ!!」

 ————本当に後悔がなさそう……。


 瑠璃は私と奏音へ真っ直ぐな瞳で見る。その言葉の一言一句に嘘がない事はすぐに分かる。


 そんな瑠璃の表情を見た瞬間、私の張り詰めていた肩の力が嘘のように抜けていく。


「本当に支払われるかもわからないのに、なぜ、『救われる』と思い込んでいるのじゃ?」

「そ、それは………で、でも、『陽山侯爵が実行すれば渡す』って言ってたにゃ!!」

「余からみれば、其方がそう信じる事で諦める目的を探しているだけのように見えるのじゃ」


 再び、奏音が瑠璃に対して、口を開いた。そして、奏音の言葉に動揺したのか、真っ直ぐな瞳があからさまに揺れ、言葉を探す瑠璃……。


「……ミーがした事はいけない事だにゃ。『死刑』又はそれに近い罰くらい分かるにゃ!!だからっ…最後くらいカッコつけさせて欲しいにゃ!!」

「カッコつけるも何も其方にとって『死刑』は怖いはずじゃ」

「ミ、ミーが恐れているなんて……」

「まだ気づいておらぬのか?其方の瞳から大粒の雫が流れ落ちているのが何よりの証拠じゃ」

「ち、ちが……これは涙なんかじゃないにゃ」


 奏音の言葉に驚き、瑠璃の方を見ると彼女はいつのまにか大粒の涙を流していた。すぐさま私はハンカチを取り出し、瑠璃に駆け寄る。


 ———もし、私が1人だったら??

 ———奏音がいなければどうなってた??


 瑠璃の事を大好きなはずなのに、私は彼女の『強がり』を見抜けなかった。


 それなのに、奏音は瑠璃の『強がり』を見抜いて本心を引き出してくれた。


 ———奏音、ありがとう


 この時ばかりは奏音へ最大の感謝をする。


 …

 ……

 …………


「瑠璃、私は拒まれてもあなたの無罪を証明するよ…。瑠璃にとって私は初対面かもしれない。それでも私にとって瑠璃は大事なんだ」

「なんで…そこまでしてダメダメなミーを…」

「ダメダメで臆病な私が心の底から愛した人が私と同じようにダメダメで不器用で優しい『猫宮瑠璃』だったんだよ」

 ———そう。私と『噛ませ犬推し』達は共にダメダメな状態から始まったんだ……。


 そして、瑠璃の涙を拭き取りながら、私は自分の心の中で抱く想いを彼女へ伝える。


 今は月夜伯爵嬢という立場を得ているが、前世の私は瑠璃達と同じ『噛ませ犬』でダメダメな人間だった。

 

「だから『私と共に戦う』か『そのまま戦わずに待つ』か……瑠璃が選んでちょうだい」


 奏音がここまでお膳立てしてくれたんだ。時間もそんなに猶予はない…。


 瑠璃がここで私を拒否しても、私は奏音と2人で戦う事を決めている。


 だから、瑠璃へ最後の選択肢を聞くと彼女は考え始めた。


「……質問してもいいかにゃ」

「…うん」

「……もし、ミーが参加して負けたら」

「その時は私も一緒に死んであげる」


 私が『噛ませ犬推し』達を救えず、前世と同じ悲劇を繰り返すくらいならば、私は今世の命を賭けることは惜しまない。


「たとえ勝ててもミーに居場所なんか…」

「私が瑠璃の居場所になる…!!私、月夜零が生涯をかけてあなたを幸せにすると約束するっ!!」


 今まで瑠璃は『夢想王城』の使用人として働いていた。でも、今回の事件で『無罪』を勝ち取っても同じように働けるとは思えない。


 それに加えて『百獣公国』は『力こそ正義』を抱える国である。


 可能性としては低いが、瑠璃が『間者スパイ』を失敗したと彼の国にバレよう物ならば…………存在ごと消されてもおかしくない。


「ミーは暗殺しようとしたんだにゃ…。それなのに…なのに幸せになってもいいのかにゃ?」

「………誰が否定しようと、私が肯定する」

「これは夢か……にゃ?」

「ううん。現実だよ」


 瑠璃は俯きながら、私へ質問をする。瑠璃の足元には小さな水溜りができていたが、今は彼女の質問に対する答えに集中した。


「ミーも……違うにゃ。ミーのために……ひぐっ…共に戦って助けて欲しいんだにゃぁぁぁ」

「うん……うん……大丈夫だから」

「余も其方と月夜伯爵令嬢のために全力で力を貸すのじゃ。そして、運命を変えるのじゃ」


 耐えきれなくなった瑠璃が初めて大きな声をあげて泣いた。私はそんな瑠璃の頭をめいいっぱいの力で腕の中で抱き寄せる。そして、奏音の言葉に私も瑠璃も縦に頷く。


 ———『恋クリ』では感情のない涙だった。

 ———でも、今の涙は違うっ!!

 ———この時、『運命』が変わったんだ……!!


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