『噛ませ犬愛好家』と『正統派ヒロイン愛好家』2
『謁見の間』を退室すると、奏音にやや強引に手を引っ張られて階段を降り『謁見の間』程の規模の扉ではないとはいえ、大きな扉がある部屋の前へと連れていかれる。
当然、私の後ろには零夜お父様や真里が着いてきている。零夜お父様と真里のすぐ後ろに『愛しの我が君』を取られたと勘違いしたのか鬼の形相をした『くっ……殺騎士』隊長率いる『忠犬騎士団』がいるのだけど、これに関しては気にしないでおくことにした。
「この先以降は余の部屋じゃ。だから、余と零以外の一切の立ち入りを禁ずるのじゃ」
「零、私と涼宮君はお茶でもしてくるさ」
「…はい。零夜お父様、真里、ありがとうございます」
どうやらこの先の扉の奥は奏音の私室に続いているらしい。
零夜お父様や真里は私の『本音』を知っていることもあり、すぐさま察して『忠犬騎士団』の列を分けて2人は移動した。
…
……
…………
「し、しかし、我が君が心配です…」
「如月隊長の言う通りです。我が君も先程の『謁見の間』をご覧になったでしょう?あれは、伯爵令嬢と言うよりどこかの野良犬ですよ」
「野良犬の方がまだ従順な気がします」
———アオォォォンってやかましい!!『忠犬』に言われたくないっ!!
問題があったのは『忠犬騎士団』の方だった。先程の『謁見の間』を経て彼らの私に対する評価は『伯爵令嬢』から最下層に位置する『野良犬』にまで落ち込んだらしい。
「……我が君、どうかお考え直しを」
「そんなに其方達の眼には余が崇高な存在に見えるのか?」
「なんと言っても夢想王国史上稀に見る『魔法の天才』で……」
「違うのじゃ。だから、余は其方達ではなく零を選ぶのじゃ」
奏音があんなに『忠犬騎士団』に対して慕われていたのに、複雑そうな表情をしているのをみて私にも共感できるところがある。
———私が真里の告白に即座に返事を返せなかった時と同じだ。
きっと『仮面』を被って振る舞う『雪凪殿下』と素がギャルゲーマーな『寺田奏音』でジレンマが生じているんだと思う。
私自身も『恋クリ』に来てから『ご機嫌よう』とか『お嬢様』の仮面を被っているが、素の自分は辛いことばかりから逃げ続けた臆病で情けなくて親不孝な『3JK』だ。
———素の自分を見せれないから気が許せない。だから冷たくなるんだなぁ…
そんな風に思っていると気づかないうちに『忠犬騎士団』から思いっきり睨まれていた。
その事実に今頃気づいて、身体中から冷や汗が噴き出してくる。
「我が君の言ってる事が分かりません…」
「我々ではなくあの野良犬のメスなんかを…」
「お前らの気持ちはわかるっ!!それでも私は、『我が君』の意思を尊重すべきだと思う!!」
「如月隊長……」
「そうかもしれない…」
「『我が君』ファーストだった」
次々と騎士達から零れる不満の数々に一石を投じたのは『くっ……殺騎士』隊長だった。
彼女の言葉を皮切りに、嘘のように不満が消えていく。
「我が君、何かあれば何のご用でも構いません。我々を呼んでください」
「…………すまないのじゃ」
「いいえ、我が君、これだけは覚えていてください。私達はあなた様を『剣』です。どうか……この事だけはお忘れ無く」
「頼りにしているのじゃ」
珍しく真面目な『くっ……殺騎士』隊長と奏音が笑顔で握手をする。
その後、『忠犬騎士団』達は奏音と私に背を向けて別の場所へと動き始めた。
「……入って良いのじゃ」
先程の辛そうな表情とは異なり、少しだけ笑顔になった奏音が私に入室許可を出したので、そのまま私は足を踏み入れた。
…
……
………
———広っっ!!
奏音が使っている部屋は、私の使っている部屋の1.5倍程の規模のサイズだった。
部屋の内装は壁が白色で床が黒色のありがちな配色だった。軽く奏音の部屋を見渡してみたところ、右端の方にある大きな赤色のベッドとその隣にガラス張りの本棚が複数ある。
———そういえば…奏音は男なんだっけ。まさかあの本棚にエ◯本とか…………
「詩織、これでもあーしはまだ5歳で元は女性なんよー…。まさかとは思いたいけど、さっき本棚を見てエ◯本とか想像してないしー?」
「して………ないよ…」
———奏音ってエ◯パー!?
「バレバレ…!!絶対してたしー!!とりあえず、そんな所に突っ立ってないで早く入るんよー!!」
私の考えは奏音に読み取られてたらしい。とりあえず、奏音の指示通りに奏音がいるベッドに少し離れて腰掛ける。
改めて本棚を見渡したところ、その中には『魔法の書』に関する書物でぎっしり詰まっている。その書物の所々にはページに紙が挟んであって、栞のように使われていた。
「詩織と出会うまではあーしはあーしを封じていたんよー…。…………………1度でも『仮面』を取ってしまうと、窮屈なんよー…」
「どっちが本当の自分か分からなくなるの……………私はまだ浅いけど、共感できるよ」
「そうなんよー…」
『仮面』に関して正解はなく、自分の中で割り切るしかないと頭の中では理解していても、なかなかできることではない。こればかりは私と奏音に永遠に付き纏う課題だろう。
…
……
…………
「そういえばさ、如月隊長の『魔法の天才』ってどう言う意味なの?この部屋にもたくさんの『魔法の書』があるし…」
先程の『くっ……殺騎士』隊長の発言と奏音の部屋に置いてあった大量の魔法の書が気になった。だから、少し時間を置いた後、私の方から聞いてみることにした。
「……あーしが『恋クリ』に転生したのって赤ちゃんの時だったんよー…。だからまずは色んな『魔法』を知る事から始めたんよー」
「………『恋クリ』の『魔法』ってそれぞれの『適正属性』が必要なはずよね?………………ところで、奏音は何種類できたの?」
「実はそのー…詩織には言いにくいんだけど、3属性ともあーしの『適正属性』なんよー…」
———絶許!!絶許也!!!悪霊退散!!!!悪霊退散!!!
奏音の返答を聞いた私は心の中で荒ぶることとなった。それにはもちろん、理由がある。
ーーーー
『恋クリ』の世界には『5属性』の魔法がある。
『5属性』は火、水、風、光、闇がある。
ただ、『光』が扱えるのは『聖剣の刻印』がある者にしか使えない。一方で『闇』は『魔族』と呼ばれる者達の特権である。
当然だけど、それぞれの属性に応じた相性が存在しており、特に火、水、風はポ◯モンのような相性を表している。
『火』は『風』に強い分『水』に弱いし、『水』は『火』に強く『風』に弱い。『風』は『水』に強く『火』に弱い。
ちなみに『光』と『闇』の相性は『行使者』の力量によって変わる。
ただ、『光』は勇者の象徴である『聖剣の刻印』があるキャラクターが手にすることとなる。そのため、本格的に『光』と対抗できる存在となるほは『魔王』や『逆襲の王国』のようなラスボスクラス以上の存在達だろう。
話を戻そう。
結論から話せば『恋クリ』で主に使われている魔法の種類は『火魔法』『水魔法』『風魔法』の3種類である。
補足として『適正属性』がないからと言って、『火魔法』『水魔法』『風魔法』に関しては誰でも扱う事だけならできる。
ただ、威力面や魔力量の消費が激しくなる傾向があるため、基本的には自分に合う『適正属性』の魔法を行使して戦うこととなる。
つまり、奏音はその基本となる『3属性』全てに『適正属性』があるため、常に100%のパフォーマンスを発揮できる魔法の使い手と言える。
———同じ転生のはずなのに、待遇の差に異議を申し立てたい…!!
私は魔力も魔法も行使できない。残ったのは大して役に立たない『攻略知識』と手の甲にある『聖剣でもない短剣』の刻印しかない…。
それに対して奏音は将来安泰の『王子』で『魔法の天才』で『頭もキレる』
「うぐっ………くずっ………」
「これだから言いたくなかったんよー…。ちょ、そんなガチ泣きすんなしー!!」
「ないでないもん……」
全てにおいて完敗した私の目から何かが零れ出た気がするが、これは涙じゃない……!!
「落ち着いたしー??」
「うん…本題に入ろうか」
「時間制限もあるから当然なんよー」
ベッドの上で正座で座り、奏音と向き合ってお互いに深呼吸をする。
…
……
…………
「なんで『瑠璃』が暗殺未遂してんじゃ、馬鹿奏音がぁぁぁぁぁぁ!!」
「そういう詩織こそ、なんであーしのパピーと無茶な『デスゲーム』開催してるしーー!!!」
「どこかの馬鹿奏音がうまくやってたら違いました!!!!それにあいつは『クレイジーサイコキング』…!!私にとってラスボスだから……!!!」
「それは『せったん』を蔑ろにした末路が辿る特定の天罰ルートだしー!!」
向き合った瞬間、今まで溜めてきたお互いの不満が大きな声で言い合う形となった。
コンコンッッッ
「我が君、大丈夫ですか!?先程、大きな声が……聞こえましたが…!!」
「余は大丈夫じゃ!!」
「かしこまりました!!」
お互いの大きな声はどうやら扉を貫通して外まで聞こえていたらしい。定期的に奏音をストーキングしてると思しき『忠犬騎士団』の騎士が私たちと同じくらい大きな声で尋ねてきた。
「とりあえず、こっからは静かにするんよー…」
「そうだね…。今のでスッキリできたし…」
「とりま、あーしから話すんよー…。『猫宮瑠璃』が事件を起こしたのは今日より4日前の早朝なんよー…。あーしが寝ている時だった」
『暗殺』を行うならば、基本的に『深夜』のイメージがつきやすいかもしれない。だからこそ『忠犬騎士団』は夜の警護を厚くするだろう。
———狙い時が『早朝』だったのは巡回交代のタイミングと見るべきかなぁ……
「その後、奏音はどうしたの?」
「『落ち着いて話すのじゃ』と止めたけど、止まらなかったしー…。あーしの見間違えかもしれんけど、悲しそうな表情をしてたんよー…」
「『雪花王女』推しなら瑠璃が好きでやってないのは知ってるでしょう?」
「アレは『
私の知っている『恋クリ』ならば『猫宮瑠璃』が雪花王女に暗殺未遂を起こしたのは『百獣公国』による指令があったからである。
ただ、『指令』の出る時系列が異なるし、そもそも彼の国は『魔法よりも己のフィジカルによる力』を尊重している。そのため『夢想王国』の『魔法騎士団』が側にいるにもかかわらず、『猫宮瑠璃』を脅すことは難しい。
———つまり、他の者が『忠犬騎士団』達の目を掻い潜り、瑠璃に介入した…?
私の脳内で浮かんだ可能性は『全く異なる第三者』による事件の介入だが、それは瑠璃に直接会って話を聞かなければわからない事だ。
それに仮に会えたとしても素直に話してくれるとは到底思えない。
「それより、詩織の『謁見の間』の時の行動はなんだったんだしー」
私が如何に『瑠璃』の救出を考えていたところに、奏音が逆に質問してきた。
「奏音、『雪花王女ルート』の時に夢想王の表情って覚えてる?」
「もち、常に気難しい顔をしていたんよー…」
『夢想王』は『雪花王女』を正規攻略しても、決して微笑みを浮かべない。それは『零太』と『雪花王女』が結ばれても変わらなかった。、
「でも、『恋クリ』であの夢想王が『最高の笑み』を浮かべることが1度だけあるんだ」
「それはどんな時なんよー…」
「『クレイジーサイコキングルート』へ突入する時、夢想王が泣いている雪花王女の髪を撫でるシーンがあって夢想王はその時に『笑顔』なんだ」
私の言葉に目を見開き、奏音は口を唖然とさせる。私も数回程度では『クレイジーサイコキング』が笑っていることに気づかなかった。
なぜならば、『雪花王女』が泣いているため彼女に視点が行ってしまうからだ。
「だから、詩織はあの時……ってでも、リスクとリターンが成り立ってないんよー!!」
『クレイジーサイコキング』が持つ1面を知っていたし、それは事実だった。ただ、さっきの『謁見の間』で私の『デスゲーム』の提案がうまくいく保証など、当然ない。
ほぼ博打のような事をしたことに私よりも賢い奏音が気づかないはずがない。
「正座なんよー……」
「でも、時間が……」
「あーしも頭を冷やすし、詩織も頭を冷やす」
「………分かった」
期限が『3日』しかない私の焦る気持ちを奏音が見透かされていたのだろうか。2人でふかふかなベッドの上で正座して、瞑想するという謎の時間がしばらく続く事となった。
…
……
…………
「頭も冷えたし、考えるとするんよー」
「あいたたた…」
30分くらいの間、ふかふかのベッドの上とはいえ、正座を続ければ足がピリピリと痺れる。
それなのに、奏音は何気なさそうにしているのに対して私は未だに足の痛みが残っている。
「くっ……奏音、『恋クリ』に整骨院ってあったりするかな…」
「………あんまふざけたこと言ってると、もう1時間追加するんよー?」
「すいませんでしたっっ!!」
決してふざけたりしてるわけではなく、こう言う痺れた時や腰を痛めた時は『整骨院』に通って高齢者と世間話で盛り上が…………
———悪霊退散!!悪霊退散!!!前世の私よ!!出てくるんじゃないっ!!心頭滅却!!心頭滅却!!!
「ゴホンッ…本題に戻るよ。つまり、『第三者』の介入の可能性はほぼ濃厚だよね?」
「それは間違いないんよー…。ただ『3日程度』では尾を掴むことは無理なんよー」
「手がかりは……」
「『猫宮瑠璃』に会って見ることなんよー」
結局、どう動くのか……は『猫宮瑠璃』に会わないとわからない。奏音と私は縦に頷きあった後、ベッドから降り、扉を出ることにした。
ーーーー
もう少しで2人目のヒロインが登場します…。スローペースで申し訳ないですm(_ _)m
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