噛ませ犬愛好家は再会する。
「零お嬢様、おはようございま…」
「真里……もう朝なのね…」
いつものように支度を整えた真里が私の近くに来たので、彼女の方へ振り返る。
「もしかしてですけど……」
「昨夜、困った事に私の前に小悪魔が現れてね…。おかげで一睡もできなかったの…」
「あわわ、昨日の事は忘れてください…!!」
もちろん、真里は悪くない。しかし、彼女の行動で眠れなかったのも事実だ。
そのため、真里へ少し意地悪な事を言うと、彼女は顔を真っ赤にさせながら、両手を私の前に出して左右へ振りながら懇願する。
「えーと…記憶が朧げなのだけど……私の記憶が正しければ私の頬に……むぐっ…」
「あ、あ、あ、あ、あの時は、きっと嫉妬でおかしくなっていただけですから…!!」
———真里も恥ずかしく思ってくれていたなら、おあいこって事にしておいてあげようっ!!
そう考えた私は、真里の必死な姿勢に首を縦に振って忘れてあげることにした。
「それじゃ…朝食へ行こっか」
「ううっ………かしこまりました…!!」
真里が何かを主張するようなうるっとした表情で見てきたが、今日は王城へ早朝出発する日である。そのため夕食時と同様に私と真里は零夜お父様の部屋へと移動することとなった。
…
……
…………
「零、涼宮君、おはよう。えーと…零、その様子で大丈夫かい?」
「旦那様、おはようございます」
「零夜お父様、おはようございます。えーと…馬車で仮眠を頂こうかと…」
「やれやれさ。とりあえず、朝食を取ろうか」
机の上にはサラダと魚の干物や魚介のパスタなどが綺麗に並べられている。朝食にしてはややボリューミーだと思ったけど、そんな事も気にならないくらい料理達が食欲を掻き立てる。
「涼宮君も気にせず食べるといいさ」
「旦那様、はい。ありがとうございます!!」
サラダは月夜領産の野菜を使用しているのか馴染みのある味だった。魚の干物は前世で食べた事のあるほっけのようにふっくらとしている。魚介のパスタは貝類などから抽出したスープとパスタがよく絡まっている。
———どの料理も美味しい……
ただ、王城でどのように動けばいいのか等を頭の中で考えているうちに自分の表情が強張っていくのが分かった。
実際、零夜お父様や真里が朝食の感想で盛り上がっていたにもかかわらず、その輪に入れなかったのが何よりの証拠である。
「零、気持ちは分かってるつもりさ。それに零は1人じゃないさ」
「零お嬢様、お辛い時は頼ってください」
「そんなに表情に出ておりましたか…」
自分でも表情が強張っている事を理解していたが、まさか零夜お父様達にも見透かされたいたのは想定外だった。
「ええ。まるで、これから戦場に出陣する兵のような表情をされていました…」
「私には熟年の猛者がライバルと決闘に行く時の表情に見えたさ」
「それは大変失礼いたしました…」
———そこまで強張ってた!?
せっかく楽しいはずの朝食時に関係ないはずの零夜お父様と真里に心配をかけさせてしまったことは私の落ち度である。零夜お父様達に感謝と謝罪を伝えた後、反省する。
ーーーー
「零はん、辛い時こそ笑うんやで。ほなお三方、おおきにやで」
「……はい!!」
「菊、今回は本当に世話になったさ」
「かまへんかまへん。困った時はお互い様っちゅーねん」
「菊様、本当にありがとうございました!!」
そして、朝食を食べ終えた私達は早々に王都出発の準備を整えた後、見送ってくれる菊さんへお別れの挨拶を告げる。
なぜか真里の挨拶の時だけ菊さんが彼女にこっそりと耳打ちをしていた。耳打ちを聞いた真里は分かりやすく顔を真っ赤にしながら頷く。
————まさか、昨日の夜に見せた真里の行動は……そんな訳ないか。
考え過ぎだと思った私は真里には何も聞かずに、宿を出る。
———そう言えば、ここの宿名は…………
零夜お父様に尋ねて見るべきかと思ったが、必ず次も訪れる事になる宿になるため、敢えて今回は聞かないことを選ぶ。
…
……
…………
「お待ちしてやした。月夜伯爵様、昨日のあっしの情報を元にどうされるんでぇ!!」
「さっきも伝えたけど、最速で王都へ向かうことにしたさ」
「念の為の確認でさぁ…!!月夜伯爵様がそういうならわかりやしたぁ!!」
宿を出て少し行った港町で青野さんは既に馬車を引き連れて私達を待っていた。いつものように零夜お父様は青野さんの隣へ、そして、私と真里は後部の方へ座り、馬車が出発する。
ガラッガラッガラガラッガラガラッ…………
青野さんが零夜お父様の『最速』という言葉に張り切っているのか、昨日の馬車の速度より確実に運転が荒くなっている……。
「零お嬢様、離さないでくださいねっ」
「真里、ありがとう」
荷物の下敷きならないように、私と真里は手を繋いで姿勢を固定する。そのおかげで、馬車内に危険はなくなったものの、馬車が動く限り臀部の痛さに耐え続けるには変わらなかった。
この後の馬車は潮風が吹く港町を颯爽と抜けていく。暫く、道なりに進んでいると小さめの煉瓦街が遠くの方から見えてきた。
…
……
…………
「「ヒヒーッッッ」」
いつのまにか煉瓦街付近に来たところで甲高い馬の声と共に馬車が一時停止する。
「何者……って月夜伯爵様じゃないですか」
「やぁ。1か月前もお世話になったばかりさ」
「あっしは見ての通り、月夜伯爵様御一行を送り届けてる馬運行でさぁ」
「それならばどうぞ、お入りください」
———門番よ、それでいいのか……。
煉瓦街の入り口には小さな関所のような所が設けられている。真里に聞いた所、本来は通行するには身分の保証が必要みたいだけど、零夜お父様の場合は顔パスでいいらしい……。
ちなみに月夜伯爵領にも関所はあるらしいが、零夜お父様のような領主が移動する場合、専用のルートを使っているらしい。
…
……
…………
「ここは『
「あっしもここの『赤土男爵』とは、良き商売関係でさぁ」
私と真里の会話が零夜お父様達の方まだ聞こえていたのか、真里の回答に補足してくれる、
———きっと、千鶴子爵領も同じように『関所』があったのだろうなぁ…。
でも、あの時は必死で自分の声を殺していた時だ。その後、真里と零夜お父様や零華お母様の冒険者の話で盛り上がってしまい、前方の零夜お父様達の声が後方まで聞こえなかった…。
…………うん、今は気づかなくても仕方なかったと思い切り替えよう。
…
……
…………
煉瓦街は馬車に乗っているとあっという間に通り過ぎてしまった。また、暫く変わらない風景を眺めていると、遠くの方に聳え立つ『夢想王城』とその真下にある城下町が見えてきた。
———『
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!?
必死に声を出さないまでも心の中で叫びたくなる。もちろん、それには理由があり、私の頭の中で『雪花王女』の忌まわしい記憶が蘇る。
ーーーーー
雪花王女『零太様、私は今日初めて夢思王国城下街に貴方様と来ましたわ』
零太『そうなのかい?てっきり夢想王国に続く道中の城下街だから、雪花王女は毎日見てる物かと思っていたよ…」
雪花王女『………もしかしたら、王国から学院へ通う時に通っていたのかもしれませんけど、きちんと見たのは初めてですわ』
ーーーーー
何が『………もしかしたら、王国から学院へ通う時に通っていたのかもしれませんけど、きちんと見たのは初めてですわ』だよ!!!!思いっきり目の前にあったじゃないか!!!
『恋クリ』のデートイベント時によくこんな出鱈目なセリフが言えたねぇ!!!
———雪花王女の中身が奏音じゃなかったら火の玉ストレートをかましていただろう……
…
……
…………
私の頭の中で雪花王女をサンドバックにしている間に、呼び込み等で活気溢れる『
「月夜伯爵様、あっしはここまででさぁ」
「あぁ、情報提供から何まで感謝するさ」
「いやいやぁ…あっしは大した事してませんでぇ。くれぐれも気をつけてくだせぇ」
「分かってるつもりさ」
城門付近には『雪凪殿下暗殺未遂事件』が発生しただけに、ただの城門警備にもかかわらず、『忠犬騎士団』が警戒している。
———いつ見てもあいつらに金色の鎧は勿体無いと思うんだよなぁ……
周りを見れば、私達と同じような王城へ用があると思しき複数の馬車が縦の列を作って城門付近へ並んでいた。
私達をここまで連れてきてくれた青野さん自身は別に王城へ用事があるわけではない。
そのため青野さんと話し合った末、少し離れた場所に私達を降ろしてもらうことになった。
青野さんに感謝を伝えた後、私達は歩いて馬車が並んでいる最後尾で待つことになった。
…
……
…………
「そこの3名、なんの御用だ。……現在は雪凪殿下の暗殺未遂で厳重体勢である。例え、有名な月夜伯爵でもそう簡単に通すわけには………」
「これを……」
———『忠犬騎士団』にとって主を害されればピリつくのは当然だなぁ…
零夜お父様は城門警備にあたっているこの場において、リーダー的立ち位置の『忠犬騎士』に奏音から届いた招待状を渡す。
「これは………急ぎ雪凪殿下の所へ案内するのだ!!この方々は雪凪殿下の招待客であるッッッ」
「「「「はっ…」」」」
『招待状』を見せた瞬間、先程まで私達を怪しんでいたはずの『忠犬騎士団』が、即座に私達を城門の奥へと案内する。
———奏音はこいつらをどうやってここまで手懐けたんだ……
『忠犬騎士団』の案内により城門の先へ足を踏み入れると、右側には広大な赤色の薔薇畑、左側には青色の薔薇畑が広がっおり、その真ん中のスペースに城へ続く道が用意されていた。
両方の薔薇畑の端には、薔薇を見ながら食事の時に使用するのか……外用の大きなテーブルとそれに合わせた椅子なども置かれている。
————豪華すぎるっっ!!
『恋クリ』をプレイしていたから薔薇畑があるのは分かっていたけど、やはりゲームのバックグラウンドと自分の眼で見る違いは大きい。
いつの間にか、私と真里は前面に広がる赤色と青色の薔薇畑に夢中になっていた。
…
……
…………
「ゴホンッ…そろそろいいだろうか?我が君はこの奥の王城におられる」
———薔薇畑に見惚れてすみませんでしたっ!!
「最近の我が君はお顔の色が悪い」
———奏音め…私に責められるのが怖いか?
「必ず、我が君を尊重するように…」
———とりあえず言い訳は聞いてあげよう。
「……我が君は偉大」
———思いっきり失敗しましたけど…?
案内人の『忠犬騎士』1人1人が王城に案内する途中に口に出すセリフに思わず、心の中でツッコミを入れてしまう。
そんな事をしていたおかげか城門から無駄に長い王城に続く道が終わり、私達の目の前に錬鉄製の大きな扉が現れる。
ギギギギ………
錬鉄製の大きな扉を慣れた動作で『忠犬騎士団』の4人は重低音を鳴らしながら開けていく。
そして、錬鉄製の扉の先の王城内に足を踏み入れると私達が来るのを知っていたかのように『くっ………殺騎士』と私の姿を見た瞬間、顔色を悪くした奏音が待っていた。
「月夜伯爵並びに月夜伯爵嬢及び使用人、余は待っていたのじゃ」
「ご•き•げ•ん•よ•う!!!これはこれは雪凪殿下、暗殺の襲撃されたと聞きまして馳せ参じましたが、随分とお元気そうで」
「月夜伯爵嬢、我が君は心を痛めている。対して威圧的な言葉を使わないでいただきたい
———やかましいっっ!!こっちは聞いてた話と違うんだ。何もわからない犬公は出てくるなっ!!
私が奏音に対して、怒っていますアピールを含めた挨拶をすると『忠犬騎士団』の『くっ………殺騎士』が前に出てくる。
「零、余は其方に話しがある。用が済めば、余の部屋に来るといいのじゃ。その時は其方達でさえ余の部屋への立ち入りを禁ずるのじゃ」
「そ、そんな……我が君は先日暗……」
「余の声が聞こえなかったか?」
「し、失礼しました。我が君の仰せのままに」
「うむ。まずは『謁見の間』へ招待するのじゃ。余の父君と母君は其方達に会える日を楽しみにしていたのじゃ」
————ついに『クレイジーサイコキング』と初対面の時が来ましたかぁぁぁぁ………
奏音から『謁見の間』に招待と聞いて私の全身から冷や汗が噴き出ることとなった。
ーー
タイトル変更しました。よろしくお願い致します。
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