『猫宮瑠璃攻略編』

1人目の攻略の始まり

「んじゃ同盟成立なんよー」

「『正統派』、私の前世の名前は『南雲詩織なぐもしおり』って言うの。『噛ませ』と呼ばれるよりも『詩織』って呼んでちょうだい」

「詩織ね。了解なんよー。んじゃあーしの前世名前は『寺川奏音てらかわかのん』だから、あーしも『奏音』って呼んでくれたらいいんよー」

 ———それにしても、あの恨みしかなかった『正統派』と組むことになるなんてね…


 不思議と恨みしかなかったはずなのに、今は誰にも負ける気がしない。


「あーし達は明日から月夜伯爵領を出て王城に帰ることになってんのよー。だから、帰ったら『招待状』を出すから、よろしくなんよー」

「『招待状』?」

「そっ………まずは詩織の推しキャラでもあり、『雪花王女せったん』ルートの対応キャラでもある『猫宮瑠璃ねこみやるり』から攻略するんよー」

「……………そう言えば瑠璃は…!?」

「あ、それに関しては大丈夫なんよー」


 奏音から『瑠璃』が性別反転してないと聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。


「『猫宮瑠璃』自身も変な動きはないしー、詩織が王城へくるまでの間、あーしが軽く観察しとくんよー」

「分かった。『招待状』が届き次第、すぐに王城に迎えるように準備しとく」


『ファッキン陽山』はあの『貴族交流パーティー』にて、ある程度の取り巻きが削がれている。それに加えて、『夢想王城内』ならば、奏音のテリトリーである。だから、奏音の提案を聞いて私は縦に頷く。


「………何はともあれ、あーしは詩織が来てくれてよかったと思ってんよ」

「それは私も同じ気持ちだよ。奏音の『正統派ヒロイン』への愛を私は知っている」

「あーしも詩織の『噛ませ犬キャラクター』への愛を知っているしー」


 パァンッッッ


「「相棒、これからよろしく(なんよー)」」


 何も見えない暗い場所の中、私と奏音の大きなハイタッチ音だけが周囲に響いた。


 その後、私は『本館』へ、奏音は『別館』へと背中を向けて移動する。


 ーーーーー


「ッッハァ……ハァ………零お嬢様………どこへ………ッッ行かれて居たのですかッッ…」

「え?真里……なんで起きてっ……」

「うっ……よがっだ……………」

「……ごめんなさい」

「分かっでくだざれば……ぐっ…良いんでず…本当に………零お嬢様が無事でよかっだぁ…」


『本館』の扉を開けると息を切らして外へ出ようとする真里と鉢合わせすることとなった。私を見ると安堵した真里は両目に大粒の涙を流しながら、私を強く抱きしめてくる。


 そんな彼女を見て自分の行動が軽率だったと反省し、自然に彼女に謝る。


 それと同時に、真里へ自分の事情を伝えることができない罪悪感も生じた。


 ———真里にもいつか本当の事を……


 ……号泣する真里の身体を支えて、私はゆっくりと彼女を撫でながら落ち着くのを待つ。


 …

 ……

 …………


「真里、今日は私の部屋で一緒に寝ない?」

「それは……」

「今日はなんだか……そんな気分なの」

「はい。お供致します」

 ———本当は真里ともっと……


 なかなか素直になれない自分に呆れながら、本館のエントランスから自分の部屋へと階段を登り、真里と共に寝具へと眠る。


 ———温かい…


 すやすやと眠る真里の寝顔をみると安心できる。彼女の寝顔を横目に私も色々な覚悟を決めて眠りについた。


 ーーーーーー


「んっ………朝かー」


 太陽の陽射しが窓から私の目に入り、私は目を覚ます。最近は真里に起こされるよりも早くに目を覚ますのが日課となっており、すぐさまあそこへ行くための着替えなどの準備を始める。


 …

 ……

 ………


『恋クリ』で『月夜零』に転生してから1ヶ月の期間が経過した。零士お兄様は『貴族交流パーティー』の後、王立魔法学院へ帰っている。


 零夜お父様は基本的に自分の領地経営をしており、零華お母様は零夜お父様の書類整理等のお手伝いをしている。


 私も月夜家に1ヶ月住み続けてわかったことがある。月夜家には使用人が10人以上いてそれぞれ使用人によって役割が異なっている事だ。


 例えば、『料理』に関しては月夜家に雇われている専属の料理人の天谷裕香あまやゆうかさんと天谷裕司あまやゆうじさんの夫妻が作ってくれている。


 元々『天谷夫妻あまやふさい』に関していえば、月夜領とは違う領地で天谷さん夫妻は元々レストラン経営していたらしい。『天谷夫妻』はその領主に目をつけられてしまって行き場を失ったそうだ。


 そんな時に零夜お父様が助けたことにより、『天谷夫妻』は『月夜家』の料理人をしつつ、同時に月夜領の領地で美味しい野菜のレストランも経営しているのだ。もちろん、前回の『貴族攻略パーティー』もビュッフェの食事を用意したのもこの2人である。


 ———なんてハイスペック……!!私も天谷さん達に料理を習えば『3JK』のうちの『家庭的でなし』の不名誉な称号から脱出できるかな?


 ゴホンッ、話を戻そう。


 そんなわけでわざわざ私が早くに起きて、階段を降りて向かった場所は、料理の出来立てが味わえるかもしれない厨房である。


「零お嬢様、おはよさん。いつものように今日も味見だねぇ?」

「裕香さん、裕司さんおはようございます。え、えへへ。真里にはシーッですよ?」


 私が唇に人差し指を抑えて、『シーッ』と分かりやすいようにジェスチャーをすると、天谷さん達は笑顔で縦に頷いてくれる。


「零お嬢様、おはようございます。本日の朝も大変楽しそうですね?」

「ひっ………真里、こ、これは違うの…!!」

「こりゃ参ったねぇ…。零お嬢様、これはおあずけだぁ」


 天谷さん達が密かに用意してくれたであろう私専用の朝食を食べようとした時、真里の声が私の背後から聞こえてきて振り返る。


 ———嘘ぉぉぉぉ……


「えぇぇ………」

「我儘はダメですー!!朝食は奥方様と旦那様と一緒に食べなければなりません…!!」

「うっ………」


 結果、真里に『待て』の合図を受けてしまい肩を落としながら、私は椅子を引いて零夜お父様たちが起きるのを待つこととなってしまう。


 …

 ……

 …………


「零、おはよう」

「零ちゃん、おはよう」

「零夜お父様、零華お母様、おはようございます」

 しばらく待っていると零夜お父様達が私のいる食事場へとやってくる。


「さ、朝食をいただこうか」

「はい」

 ———やっとだ…!!


 零夜お父様達が待っている間、私はテーブルに彩られていく食事達を前に手が出せないという拷問を真里に受けていた。


 何度も涎が出るたびに、ハンカチで拭き取られる恥辱を味わい続けた…!!


 いつものようにフォークとナイフを用いてサラダとエッグポーチと焦茶色のパンを食べる。


「零はいつも何をやってるんだい?」

「私の『短剣』の研究をしています」


 私がパーティーを終えた次の日からあの『短剣』をどうにかうまく利用できないかと実験の日々を送っている。


 ———焼いても変化なし

 ———氷漬けにしても変化なし

 ———攻撃の威力は剣と変化なし

 ———上から落としても変化なし

 ———地面に埋めても変化なし


 結局、この1ヶ月の間で分かったことといえば、私の『短剣』が物凄く頑丈だという事だ。


 ———私、何やってんだろ……


 そう思いながら、食事を進めていく。


「そういえば、零ちゃんに『招待状』が届いていたわよ」

「それ見せていただいてもよろしいですか!?」

「え?ええ」

 ———奏音からだっ!!


 零華お母様から渡された薔薇のシールで止められている封筒を開けて目を通す。


 …

 ……

 ………


 内容としてはざっと目を通した限り、猫宮瑠璃に動く気配はなかったから、今の間に王城に来てという内容である。


 もちろん、これは私の意訳で、実際の文面は『王城にも月夜伯爵家のような素晴らしい使用人がいるから、今度は月夜家が王城へ遊びに来て欲しい』という内容を長々と綴ってある。


「そういえば、月夜伯爵領から王都ってどれくらい距離があるんですか?」

「馬車で1日半程度さ」

「分かりました。それでは私と真里はこの朝食の後より『王都』へ行きたいと思います」

「一応、私達も『招待状』を確認させてもらっていいかい?」

「ええ、どうぞ」


 正直、認めたくはないけど奏音は私よりも圧倒的に賢いと思う。それを裏付けるのは、彼女の手腕の高さである。


 あのポンコツ騎士団を『雪花王女』の時以上に手懐けて自身のガードを固める。その後、私のパーティーに自然と紛れ『ファッキン陽山』の策略を知りながら、私の人間性を試す。


 ————ギャルゲーマーなのにデキルッッッ


 何より転生初日で1番気をつけていた私が『お嬢様RP』で所々で素が出てしまったのに、奏音は完璧に『王子様RP』を演じていたのだ。


 当然、そんな彼女が送ってきた文書に疚しい事などは何もない。


「ふむ。王都へ行くことを許可しよう。ただし、私もついていくのが条件さ」

「え?零夜お父様も!?」

「私がついてきては何かあるのかい?」

「い、いえ……」

「深く考える必要はなくただの『親心』さ。それに零も涼宮君も魔法が使えない。道中で何かある場合とかさ」

 ———なるほど


 零夜お父様の主張することはごもっともだったので、彼が提案した条件を了承をする。

 

「旦那様、私は馬車の準備をして参ります」

「涼宮君、言い忘れていたさ。君は今日から『零専属の特別使用人』とするさ。以前よりも給金は1.5倍程上げるから、零は君に任せたさ」

「そ、そんな旦那様……私は使用人として当然の事をしたまでです……。それに私はまだ『身辺整理』の階級のはずです」


 他の貴族の家は分からないが、月夜家では『使用人』にそれぞれランクが設けられている。真里のような年齢が若い人は『身辺整理』の役割が与えられる。慣れてきた人たちは『掃除』や『応対』などが任される。


 もちろん、1番給金が高いのは『天谷夫妻』であり彼女らは経営ましている。


 そのため金銭的には困っていないはずなのに今も月夜家のために働いてくれている。


 ———零夜お父様も零華お母様も人の見る目が長けている……。


 普通『出世』と聞いて異議を唱える人はごく僅かである。大半が感謝を述べた後、その地位を感受するのが通説だ。


「真里、私の専属は嫌かしら?」


 だから、なかなか昇給に応じようとしない真里に少し意地悪な質問をする。


「零お嬢様、その聞き方はずるいです……」

 ———知ってる…


「はっはっはっ…そういうことさ」

「零ちゃんはあなたといると楽しそうに笑ってるの。私達はそれに感謝してる。貴方ならこれからも零ちゃんを任せられるわ」

「奥方様……はい……!!」


 その後、真里の昇給祝いとして真里も私達とテーブルを囲って食事をする事となった。なぜか彼女が持つフォークとナイフを持つ手が緊張で震えていたが、気にしない事にした。


「天谷さん達も、私達と食事を囲ってくれてもいいのにさ」

「月夜伯爵様と机を並べて…?悪くない誘いだけど、俺と裕香の役目は、月夜伯爵様達に美味しい食事を食べてもらうことだからなぁ〜」

「レストランの経営も順調見たいだし、十分恩なら返してもらったけれども?」

「いやいや、夫人様、みくびらないでくださいよ!!俺達は許していただく限り、ここにいさせて欲しいでせぇ」

「ええ。私達はあの時、月夜伯爵様と婦人様の助けがあったから順調なんです」

「それならば、2人が許す限り当家でずっと働いてもらうけどさ?」

「まかせてくだせぇ!!」


 零夜お父様達と天谷夫妻の会話を聞いて胸が温かくなる。本来、この世界で伯爵と料理人が対等で話せるはずがない。


 それなのに天谷夫妻も零夜お父様達も気さくに話しかけている。


 ———私もいつか……零夜お父様達のように


「零お嬢様、私は馬車の手配をして参ります」

「ええ。お願い」


 そう思いながら、真里と自室へ戻る道中で別れて私はそのまま自室へと戻った。


 …

 ……

 …………


 コンコンッ


「零お嬢様、真里です」

「どうぞー?」

「王都へ出発の準備ができましたのでお迎えに上がりました」


 真里が私の扉に開けて入ってくる。


 ———そういえば、奏音の『招待状』が届いたんだっけ……


「んーっ……」


 結局、真里と別れて自室に戻ってきたものはいいものの…やることがなかった私は気づかないうちに眠ってしまったらしい。


「まさか、王都を訪れるのがこんなに早くなるなんて思いませんでした」

「まぁ…目的地は『王城』だけどね」

「旦那様がお待ちです。お早めに零お嬢様も参りましょう」

「ええ」


 そのまま私は真里に手を引かれるまま、零夜お父様が待つ場所へと歩き始める。


 ———さぁ、私の『噛ませ犬推し』の猫宮瑠璃攻略の始まりだっ!!



ーーーーー

なかなかカクヨムで伸び悩んでいますが、頑張ります。感想などいただけたら嬉しいです←




 


 






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