『噛ませ犬愛好家』と『正統派ヒロイン愛好家』
「待たせてしまったのじゃ」
「いえ……それよりも殿下はどこに滞在されておられるのですか?」
「余と騎士団は『別館』の方で滞在させてもらっているのじゃ。あぁ、安心するのじゃ。護衛などは連れてきていないのじゃ」
現在、私が訪れているのは昼間に訪れていた『別館』のエントランス付近である。
もちろん、理由に関しては雪凪殿下に『夜更けに話そう』と伝えられていたからだ。
「感謝いたします。私も1人で来ました」
「でなければ困るのじゃ…」
念のためお互いに周囲を再度確認した後、一定の距離を保ったまま見つめ合う。
ヒューッッ
突風による木々の環境音も相まっているのだろうか。私と雪凪殿下の間で謎の緊張感が生まれる。私はまだ初日だけど、雪凪殿下は何日も王子の仮面を被り続けてきたのだと思う…。
…
……
………
「初めまして。私は『恋クリ』プレイヤーです。月夜伯爵家に生まれたので『勇者』だと思ったら『偽物の勇者』でした………」
仮にもここは仮面の先輩の顔を立てようと考えた私は深呼吸をした後、私の方から雪凪殿下へ話を切り出すことを選択した。
「ふー…やっと見つけたんよー!!それにしてもあんたが『勇者』じゃないって分かった時、あーしは笑いを堪えるので精一杯だったんよー!!!」
———え?ギャル!?あの感じで中身の人はギャルゲーマー!?!?私の天敵!?
今の『雪凪殿下』の口調から考えると『王子の仮面』を脱いでリラックスしている状態だ。
つまり、素の状態で1人称が『あーし』というわけになる。
更に口調も鑑みるとジメジメとした陰の中で生活していた私と異なり間違いなくクラスで中心的な存在に位置する『陽キャ』なのだろう。
「『陽キャ』ぶっこ……ううん。気にしないで。なんでもない。えーとあなたは?」
「いきなり、すごく物騒だしー!?あーしも同じ『恋クリ』プレイヤーなんよー。なんか前世にはなかったけん玉が生えてたんよー…」
————くっ……『竿とルアー』より『けん玉』の方がしっくりくる…なんか負けた気分…!!
いや、そこじゃない。むしろ、そんなのはどうでもいい。目の前の『ギャルゲーマー』が肩を落として分かりやすく落ち込んでいる姿を見て、なぜかスカッとしているが隠しておこう。
………きっと雪凪殿下の中身が『ギャルゲーマー』だった事の衝撃で私の思考が一時的に麻痺しているだけだ。
———冷静…冷静になれ…
心頭滅却していると今度は宿敵の『ギャルゲーマー』の方から話を切り出してきた。
「……まぁ、『性別反転』はあんたのを見てわかってたからいいんよー。それより『恋クリ』の攻略掲示板とかやってた感じー?」
「ええ、まぁ…」
———ただ、控えめに言っても私のアンチは多い…。どうか……目の前のギャルゲーマーがアンチじゃありませんように………!!
そう願いながら、私はギャルゲーマーからの質問に対して肯定する。
「じゃあ今度はあーしから言うんよー!!あーしのHNは『正統派ヒロインこそ王道@雪花王女ラブ』って言うんだけど、知ってたりするー?」
「………………悪霊退散!!絶許絶許絶許ぉぉぉ」
「ちょっっ!?」
———お前があの『正統派』だったのかぁ!!
そのHNを聞いた瞬間、中身がギャルゲーマーとはいえ、外見は雪凪殿下であることを忘れて彼の両肩を強く掴み大きな声をあげてしまう。
————これは譲れないっっ!!『陽キャ』だけでもギルティに近いのに、更に私の攻略掲示板の宿敵が目の前にいるのだっ!!
そう…。ここまで過剰に反応してしまうのも、雪凪殿下の中身の『正統派』が例の掲示板事件以降の『粘着ストーカー野郎』なのだ。
きっと、私も名乗れば『正統派』も私に主張したいことがあると思う。
———でも、私はあの日以降『正統派』のせいで欲しかった『
「ちょ……そもそもあーしが恨みを買う覚えは1人しかいないってまさかあんたが……その『噛ませ犬こそ至高@ヒロインアンチ』じゃー……」
「御名答、私のHNは『噛ませ犬こそ至高@ヒロインアンチ』です」
私の変わり様を見て、かなり動揺する『正統派』……ただ、すぐに答えが分かったらしい。
「よくもあーしの『せったん』をディスり倒してくれたなぁぁぁぁ」
————力強っ!!
今度は攻守交代となり、『正統派』の大きな声と共に私の両肩が掴まれる側となる。
「あ、あれはもう謝りましたぁぁ!!そっちこそ!!毎回、私の『
「あんなのは謝罪とは言わせないしー…!!そもそも、あーしは無駄な情報収集活動で掲示板を汚されたくなかっただけだしー!!」
もちろん、私だってあの『雪花王女炎上事件』に関しては既に謝っているつもりだ。それに加えて『正統派』の主張する『無駄な情報収集活動』は私にとっては有益である。
「「ぐぬぬぬぬぬ………」」
結局、話は平行線になってしまい『正統派』との睨み合いが生じて無言の時間が暫く続く。
「「はぁ…」」
「「真似しないで(んよー)」」
ただ、それも周囲に誰もいない暗闇の中行っていると無性に虚しさを感じてしまう。
自然とため息が溢れでると『正統派』も私と同じように感じていあらしい。まさか、次の言葉まで同じとは想定外だった。
…
……
………
「雪花王女ルートの正直な感想を述べて安直に批判したのは悪かったと思っている…」
いつまでも、ため息ばかり溢してても状況は進まないため私の方から大人の対応をする。
「あーしも…まさか本当に踏み台として用意されている『噛ませ犬』を救おうとしているバカがいるなんて思わんかったんよー……」
———なんて、腹の立つ言い方なのだろうか……。そっちがその気なら……!!
せっかく、私が大人の対応をしようとして平和的解決をしようとした時に、この『正統派』は私に皮肉を言ってきたのだ…。
「既にメインヒロインのエンドロールが用意されているのにそれ以上の『ウェディングロード』ルートを探すバカに言われたくないよ…」
「あ、せっかくあーしも謝ったのにー……」
「あれは謝罪じゃない!!」
「それはあーしのセリフだしー!!」
「「ぐぬぬぬ………」」
結果、『第2ラウンド』の鐘が鳴り響き『正統派』と睨み合いの時間が生じる。
「「はぁ……」」
結果、第1ラウンド目と同様、互いのため息のタイミングまで被ってしまう。
…
……
………
「あーし、分かった。あーしらの過去の事を掘り返すのはなしにした方がいんよー」
「それが1番良さそうだね…」
とりあえず『正統派』も私も言いたいことは山ほどある。それでも言っていたら話が進まない。そのため『正統派』の意見に賛成する。
ーーーー
「それで『正統派』は、私にこんな話をするために呼んだの?」
「んなわけないじゃんよー。あーしが『噛ませ』を呼んだ理由は、『同盟』の締結だよー」
「『同盟』の締結?」
「『月夜伯爵家』に生まれる子供が『恋クリ』の主人公なんよー。だから『王家』の立場を利用して無理矢理見に来たってわけなんよー」
———なるほどね…。
つまり、本来なら『貴族交流パーティー』に雪凪殿下は来なかった可能性が高い。
ただ、雪凪殿下の中身は『正統派』である。それならば、『未来の勇者』がどんな人物かを見にくるのは自明の理である。
「『偽物の勇者』だった私を選ぶ理由は?」
「色々あるけど、1番はあんたが『噛ませ』だったことが大きいんよー」
「私のHNが『正統派』との同盟になんの関係が………」
「『ファッキン陽山』の時、確信したんよー。あーしと同じあんたは『守りたいキャラクターを守ろうとする』人間だってことよー」
「逆に『正統派』が守りたいキャラクターは………」
「………………………………よー」
『正統派』から出された久方に聞いたとあるキャラクターの名前に目を見開く。
難易度は……『恋クリ』の各ヒロインルートのボスの難易度を凌駕するレベルである。
————私は興味なかったからトライしてないけど、攻略方法自体が未だになかったはず…
「もちろん、そんなに驚かなくっても、最初から危険は承知だしー?だから、あーしは見返りとして『噛ませ』の推し攻略を手伝うんよー」
「………正気なの?アレの救済って…………しかも、『正統派』の立場からっ……」
「あーしは……ムカつくけど『噛ませ』となら『悲劇の運命』を変えれると思ってんよー」
さっきまで歪みあっていたとは思えないほど私を真っ直ぐ眼で見つめてくる『正統派』
私もその視線に合わせると、私へ右手を差し伸べてくる『正統派』
「知っての通り…私は『偽物の勇者』、『短剣』しかない」
「現状は噛ませの言う通りなんよー…」
「例えこの『短剣』に何か秘められてたとしても開花できるか保証できない」
「そうなんよー…」
「でも、これだけは約束する。私は『正統派』が『正統派』である限り、私が『噛ませ』である限り隣に立ってあげる」
「『噛ませ』、あーしが1番求めてたのはそれなんよー。………つまり、さいっこうなんよー!!」
そして、私は差し出された『正統派』の右手に右手で強く握り返す。
こうして、真夜中に誰もいない月夜伯爵家の『別館』のエントランスで本来、絶対に交わることがないはずの『噛ませ犬こそ至高@ヒロインアンチ』と『正統派ヒロインこそ王道@雪花王女ラブ』の同盟がこの時、この場で成立した。
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