『貴族交流パーティー』1

「零お嬢様、エントランスの階段にお気をつけてください」

「え、ええ。ありがとう」

「今回は旦那様のご指示で『別館の裏口』の方へ案内させて頂きます」


 ———道中にあるお花や馬車、全てが煌びやかに見える。


 そのまま真里と『本館』から『別館』へ通ずる道を徒歩で歩き、到着した別館の裏側にある入口へと案内されることとなった。


「涼宮君、零を連れてきてくれて感謝するさ。それにしても零、すごく似合っているさ」

「旦那様、お褒めのお言葉、ありがとうございます」

「ご機嫌よう。零夜お父様、ありがとうございます。私が美しくいられるのは『真里』のおかげです。もし、私の今の姿をお気に召していただけたら、彼女へお給金を弾んでくだされば……」

「ふむ。零が『真里』と愛称できるほど仲良くなるとは……。ふふっ…そうだな。素晴らしいことだ。前向きに検討してみるさ」

「そ、そんな旦那様、私なんかにはもったいないことでございます……」


 萎縮している様子の真里だが、今の私がいるのは彼女のおかげだと思う。


「零ちゃん、本当に綺麗になったわね…!!これ、一応台本だから、今から案内する壇上に上がったら、そのまま読んでちょうだい」


 零夜お父様は黒色のタキシード、零華お母様は桃色のドレスに包まれている。零士お兄様はと思ったが、既に会場へいるらしい。


「零華お母様。かしこまりました」

「それじゃ、私達は特別な方への接待へ向かうから心の準備ができたら壇上に上がりなさい」

 ———特別な方………


 零夜お父様と零華お母様が直接会わなければならない人物ね……。


 そういえば真里が『殿下が参加する』とか言っていたような気がする…。


 スー……

 スー……

 ハァ……


 深呼吸を整えて胸に手のひらを置く。


「私は零お嬢様の後ろに控えております。いざとなれば、頼ってください」

「真里、ありがとう」

 

 いつも私のことを気遣ってくれる彼女へお礼を伝えて私は用意された光がない通路を歩く。


 コッコッ……


 ———ヒールってなかなか慣れないなぁ…


 コテッ


 ———痛っ!!


 前へ前へと突き進んだ結果、壁に頭をぶつけてしまった。


 ———引き返そう


 今度は前だけでなく周囲に気を遣いながら歩くと段差がある壇上へと無事に辿り着く。


 パンッッ


 私のいる壇上が中心にやや斜め上の左右両方から光が照らされる。


 ——参加人数は150人程かな。大人と子供の対比は3:1で子供の方が少ない。


 壇上の上に立ち、優雅に重心を落としカーテシーをする。


「ご機嫌よう。この度は皆様のご多忙の中、私のためにお集まりいただきありがとうございました。今宵は存分にお楽しみくださいませ」


 パチパチ……バチ

 パチパチパチパチパチパチッ


 特に何の変哲もない挨拶を済ませると、まばらに拍手が生じる。


 ———あの零夜お父様と零華お母様と護衛に守られている男の子が拍手をした瞬間、空気を読むかのように拍手が起きた……。


 この瞬間だけで『ファッキン陽山』が月夜家に直接的に攻撃するのではなく、周囲の貴族達を懐柔する方向を選んだことを理解できる。


「零お嬢様、こちらをどうぞ」

 ———げ………ガラスの形状から考えるにワインか……。前世でも飲んだことがない。

「それでは今宵を祝して僭越ながら、私が音頭を取らせていただきます……。かんぱーいっ」

「「「「「かんぱーい」」」」」


 ぐいっと目を瞑りながら、グラスに入っていたワインを一気に飲み干す。


 ———何年も熟された葡萄の香り……。アルコールが入ってるせいか痺れる舌の感覚……。こんな物よりもコーラの方が恋しい……。


 そう思いながら、壇上を照らしていた光が消え、反対に参加者の方へ光が照らされた途端に大人と子供がそれぞれ2つに移動を始める。


「零お嬢様もこちらについてきてください」

「え、ええ」


 どうやら『私の誕生日兼貴族交流パーティー』は零夜お父様によって『大人サイド』と『子供サイド』で分けられる予定らしい。


 ———既に伝達済みの様子だね…。『大人サイド』は利権や今後の付き合い『子供サイド』は顔合わせのような意図を感じるやり方だ。


 ……私の個人的な意見としては欲望に塗れた貴族の話よりも友達になるかもしれない王立魔法学院の未来の学友と交流を繋げれるなら後者の方がいいと思っていた。


「それでは、零お嬢様、皆様がお待ちしております」

「ええ」


 壇上から急ぎ足で移動して、『子供サイド』の方へと歩み寄る。一方で真里は『使用人』や『護衛』が見守る方へと移動している。


 ———このような公の場所だと仕方ない……


 真里がいないことに若干の寂しさを覚えながら、『子供サイド』を見渡す。


 ———人数的には50人ほど、男女比も半々と言った所かな。


 それより零士お兄様は……そう思い見渡した所、後方で零夜お父様と零華お母様がいた場所に移動して、同じように男の子の護衛のような役割をしている。


 ———既に護衛がいるのに、更に零夜お父様や零華お母様、いない時は零士お兄様がローテーションで側にいる……。


 つまり、あの男の子の爵位は少なくとも、月夜家の『伯爵位』や陽山家の『侯爵位』を優に超えることになるだろう。


 そうなるとその上の爵位は『辺境伯』『3代公爵家』『王家』意外ない。


 ———あの時、真里は名前まで覚えていないけど、『殿下が参加する』と言っていた……。


 しかし、よく考えてみるとそれはおかしい。『夢想王国むそうおうこく』の王位継承者は私の『恋クリ』の知識上、女性のはずだ。


 ———なんか面影がある気もするが、それは私の気のせいに違いない!!切り替えて『子供サイド』の中央を見よう…。


 『子供サイド』の中央付近に目を向けると『ファッキン陽山』が如何にも分かりやすく、『侯爵家』の力で懐柔したであろう貴族の子息、子女を自身の周りに配置していた。


「ご機嫌よう。私は月夜零と申します。以後お見知り置きを。今宵は、月夜家の名産の野菜を存分にお腹に入れて…………」

「まぁ……あの伯爵令嬢が『陽山侯爵様』を平手打ちしたという……」

「しかも、数発も叩いたらしいです」

 ———『ファッキン陽山』の取り巻き共め………そう来たかぁ……。心頭滅却…!!心頭滅却…!!!こういう時こそクールだよ!!


『ファッキン陽山』の隣にいる取り巻きがわざとらしく、私の挨拶へ被せてくる。


 その声と同時に数々の噂が尾鰭を広げて、『子供サイド』が騒々しくなる。


 そして、中央にいた『ファッキン陽山』とパーティー会場に来て、初めて目があった瞬間、彼は初めて口角をあげて嗤った。


 ————絶許!!!!!!!絶許!!!まじ、許すまじ!!!私の火の玉ストレートを10発はお見舞いしたい!!


「みんな、この寛大な僕ちんは”元婚約者”である月夜伯爵令嬢から暴行を受けた……。ああ、受けたさ……!!でも、僕ちんは無事だ。だから、これ以上、彼女を攻めるのを辞めて欲しい!!」

「なんて慈悲深い………」

「それに引き換え謝罪もなしにあの令嬢……」


 ———噂を広め……自身の囲いに私を責めさせ、自分は悲劇のヒロインに立つ……。


 今、私がこの状況で論を述べようものなら…

 今、私がこの状況で謝罪するなら…

 今、私がこの状況で黙ろうものなら…

 

 私がこれから起こす全てのパターンの行動が『ファッキン陽山』とそれに手を貸した『陽山侯爵家』に敗北したことを意味する。


 そうなったら、私のせいで月夜家は——どうすれば………そう思っていた瞬間、


「ち、違います!!!わ、私は『涼宮真里花』と申します。そこにおられる『月夜伯爵令嬢』の使用人です。確かに、陽山侯爵御子息様のいう通り、零お嬢様は平手打ちをしました。しかし、それまでに彼は零お嬢様に口付け迫っていました」

「随分と月夜伯爵嬢は慕われているらしいね。まさか、使用人を仕込んでまで……」

「『陽山侯爵』子息、それは違う。零は真里に仕込んでなどいない!!」

「これはこれは『月夜伯爵嬢』のお兄様まで大層な妹想いなことで僕ちん、泣けてきます…」


 ———真里……零士お兄様……まだだ。まだ私は1人じゃない……!!私も…!!


「あの使用人の行動有り得なくない?」

「使用人の分際で……」

「平民風情が……」


 零士お兄様の援護もあったおかげで、なんとか均衡を保てていた。しかし、今度は『ファッキン陽山』の取り巻き達が、私ではなく真里へターゲットを移したらしい。


「真里………!!」

「あ、あはは。零お嬢様、私は何を言われても大丈夫ですから」

「それでも……」


 思わず、自分がヒールを履いている事さえ忘れて真里の方へ駆け寄る。


「私達への挨拶も途中で放り投げて……なにあの主従……」

「なんでこんな無駄な時間を過ごさなければならないのかしら……」

「しかも、ヒールまで投げ捨ててまで………」


 周囲の貴族や他の使用人からも続々と非難の声が上がる。次第に非難の声は野次へ代わる。


『大人サイド』にバレないように、私達に直接危害を加えないまでもフォークやスプーンを床へ落として金属音を発生させる者までいる。


 きっと私が真里の前に立ち、使用人を守る姿に腹を立てたのかもしれない。『ファッキン陽山』の取り巻きの1人がヒートアップさせ、とうとう超えてはいけないラインを超え、私と真里へナイフを投げつけてきた。


 当然、投げられたナイフは私と真里の方へと向かう。

 

「零お嬢様………!!」

「真里………!!」

「お前らいい加減に……」


 ナイフを見た途端、真里は私を後ろへ押し、怖いはずなのに前に出る。そして、零士お兄様はナイフを投げた行動を見て耐えきれなくなったのか、声を荒げたその瞬間——


 ——ダメ、真里………いやだ………いやだよ……!!逃げて……!!!確かに、真里は私の噛ませ犬推しじゃない……!!でも、彼女は私の大切なんだ……!!誰か……誰でもいい……!!お願いだから真里を守って…………!!!


 キンッ


 私の心の声が通じたのか——私と真里を囲むかのように一瞬だけ白い光が生じる。


 そして、白い光が消えた時には私達に刃が刺さる直前だった。しかし、そのナイフが私達に刺さる事はなく、不自然に垂直落下をする。


 カランッ


「零お嬢様……?」

「真里……大丈夫??怪我は?」

「スーハー………スーッッッはい…。零お嬢様から放たれた何かが守ってくれたような……不思議な感覚がしました」

「真里……!!!もうバカなんだからっ!!!」



 ———確かに、白い光が生じたが、あれは私の身体から放たれたの??


 いつも以上に呼吸が荒い真里を強く抱きしめて彼女が無事な事がわかった途端、我慢していた大きな声が会場内に木霊した。


 この謎の現象に『ファッキン陽山』達も少しざわめく事態になる。それと同時に、ナイフを投げた取り巻きに対して、『ファッキン陽山侯爵』派の中でも『やりすぎだ』と複数の非難の声も上がっている。


「恐らく『魔素マナ』が守った……のじゃ」

「えーと、あなたは……」

「雪凪殿下……前に出てはいけません。貴方様の事を狙ってる輩がここにいるかもし……」

「良いのじゃ。零と言ったか?余の名前は『夢想雪凪むそうせつな』と申す者じゃ」

 ———仮にも『恋クリ』の『メインヒロイン』だったキャラクターが下腹部に竿と2つのルアーを生やして堂々と登場するなぁぁ!!


 ーーーーーーー


 これが後の親友となる雪凪殿下と私の初めての出会いだった。


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 初めてレビューをいただけました。とても嬉しいです!!投稿曜日は守れますが相変わらず、時間は守れません笑

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