『噛ませ犬愛好家』とメイド…?

「落ち着いたかい?」


 拭き終わったハンカチを零夜お父様に畳んで返して姿勢を正す。


「ありがとうございます。先程、私は陽山侯爵の御子息とお会いしました。その際に、返事を迷っていると唇を奪われそうになりました。私が気づいた時には平手打ちを炸裂しまい………」

「なるほど………平手打ちとは実に零らしい。それに零との婚姻は『陽山侯爵家』による強制的な物だったから破棄自体は問題ないさ」

「私もあの『陽山公爵家のナルシスト』にはうんざりしてたのよ!!月夜家も伯爵家よ?それなのに、今日のようにアポさえ取らずにね!!」

 ——零華お母様、私も同感です!!!!!

「そうだな!!ただ、王立魔法学院では肩身が狭くなるな……。あそこの表向きは『身分制度』はないが、実情は違うからな…」


 零夜お父様と零華お母様は私の行った行動に納得してくれている。零士お兄様も納得はしてくれているものの、学院を心配していた。 


 …

 ……

 …………


「なんで、零夜お父様も零華お母様も零士お兄様も私のことを責めてくれないんですか……」


 ——私の主張は『貴族社会』では通用しない。だから、責められるつもりだった。


 そう考えていたはずなのに、零夜お父様達は私の行動に叱責どころか賛同してくれる。


「零、良いことを教えてあげよう。これから理不尽な事はたくさん起きるだろう。そんな時は手が届く範囲だけを守りなさい」

 ———手が届く範囲…………

「『陽山侯爵家』の伝達の速さからも分かる通り大層ご立腹な様子だったさ。でも、私にとって守りたいのは『家格』よりも『零』さ」

 ———零夜お父様………

「その通りよ。零ちゃん、勇気を出して話してくれてありがとう!!」



 別に私は異世界に転生ができたからと言って、キラキラしたライトノベルの主人公達のようにヒーローや王様になりたい訳ではない。


 私の1番叶えたい願いは私の大切な『噛ませ犬推し達』と平穏に暮らしたいだけだ。


 だから、零夜お父様の『手が届く範囲だけを守りなさい』という言葉は初めて耳にしたにもかかわらず、私の胸へすんなりと入った。


「ただ、零の話を聞いても非があるのは当家になるだろう。後手に回る事になるが、まずは『貴族交流パーティー』で陽山侯爵家の出方を窺うことにしよう」

「今夜の『貴族交流パーティー』は荒れそうだな……」

「零士は心配しすぎなのよ。精々、月夜家に圧をかけてくるか——それとも……」

「零も零士もおびえる必要はないさ。それに今夜の主役はなんと言っても零だからさ」

「…………ありがとう……ございます」


 零夜お父様達とこれから起きる話を一通り終えた後、私は足早に自室へと戻る。


「零お嬢様、私いますから」

「えぇ!?真里、いつのまにいたのって………ううん。真里もありがとう」

「はい!!」


 ———さては盗み聞きしていたかな?でも、真里の言葉のおかげで気持ちが少し軽い。


「でも、盗み聞きはダメですからね!!」

「はっ……!?ば、ばれてしまいました」

「もうっ!!」


 私も盗み聞きをした彼女へ本気で怒ってる訳ではない。それこそ、少し唇を尖らせたりする程度で終えている。


 その後は例の『私の誕生日兼貴族交流パーティー』が始まるまでの間、私の部屋で真里が淹れてくれた紅茶を飲み談笑を弾ませた。


 ————


「零お嬢様、そろそろ『誕生日パーティー』のお時間が近づいて参りました」

「もうそんな時間なの……。少し名残惜しいけど、この程度で終わらせましょうか」

「後片付けをさせていただきますので、暫しお待ちくださいませ」

「ええ」


 真里が紅茶のカップを戻している間、色々と現状を整理するために目を瞑る。


「お待たせいたしました。それでは零お嬢様、私に着いてきてください」

「よろしくお願いするわ」


 真里が導いてくるまま、1階へと降りて食事場所の奥の部屋へと足を運ぶ。


「試着室はこちらです。そして、そのドレスアップが終わった後、『パーティー会場』に関しては『別館』にあるんです」

 ———『別館』!?つまり、ここと同じくらい広い家がもう1つあるの!?伯爵家でここまでブルジョワとなるなら………

「ふふっ、零お嬢様は分かりやすいですね。『別館』にも試着室はあるのですが、来賓されるお客様が使用される可能性があります」

「そ、そんなに顔に出ていたのかしら……」

「僭越ながら、私は零お嬢様には奥方様や旦那様のようにお優しい方へなっていただきたいと思っております」

 ———私も零士お兄様も含めてあの3人と目を合わせて肩を並べたいと心底そう思う。


 ガチャッ


 真里が開けてくれる試着室へと入り、彼女へ手を引かれるまま、大きな鏡が付いているドレッサーとセットとなる椅子へ腰掛ける。


 ———銀色の髪に蒼眼、小柄………美少女という文字通りを体現している気がする。


 それに比べて前世の自室にいた私はボサボサな黒髪+メイクなしのすっぴん+高校時代のジャージ姿が日常となっていた……。


 ———さらば、モニター仮想世界専門の警備兵だった頃の私……!!新しい私、こんにちわ!!!


 …

 ……

 …………


 鏡に映る自分を見てるとプレイしていた時の『零太』を思い出して、ぼーっとしてしまう。


 ———『零太』のビジュアルは金色+紅目だった……。性別だけでなく『ビジュアル』も逆になっているような……果たして私は…………


 そう思いかけたところで踏みとどまり、首を左右に振って考えを否定する。


「零お嬢様?準備はよろしいでしょうか?良ければ、始めさせていただきます」

「え、ええ。真里のおすすめでお願いするね」

「はい!!任せてください!!」


 私に任された真里は喜んで、化粧をしてくれている。もちろん、前世が『陽キャ』であれば、『〜風メイク』のようなリクエストもできたかもしれない。しかし、モニター越しから攻略掲示板へ書き込みながら『恋クリ』で孤軍奮闘をしていた頃の私はこんなメイクに時間をかけるくらいならば、1秒でも『噛ませ犬推し』の救済に時間をかけていた。



 ———ファッション?何それ?美味しいの?



 つまり、私の状態は正にこれであり『誕生日兼貴族交流パーティー』の容姿は全て真里に任せっきりとなった。


「零お嬢様は大変愛らしいので、メイクは控えめでいいでしょう。ドレスは瞳と同じ薄い水色のようなドレスが似合うかと思います」


 ———ファッションって色も大事なのか……


 真里の独り言に関心をしながら、私はそのままドレスアップが仕上がるのを待ち続ける。

 

 ———


「お待たせいたしました。どうぞ、鏡でご確認ください」

「真里、こんなにも丁寧にドレスアップをしてくれてありがとう」


 真里にお礼を伝えてドレッサーから少し距離を置いて全身をチェックする。


 ———貴方は誰?

 ———え?まさか、これが私?

 

 ただでさえ、ドレッサーに立つ前の私でも私とは思えないくらい『美少女』がいた。


 そこに真里の完璧なドレスアップが加われば、大人な雰囲気を醸しつつも、幼さを残した『パーフェクト銀髪蒼目美少女』がいて、私が私を疑う混沌カオスな状態になる。


「零お嬢様、いかがでしょうか?満足していただけましたでしょうか?」

「え、ええ。本当に心からありがとうね」

「いえいえ。それが私の仕事です。それでは『別館のパーティー会場』へ参りましょう」

「じゃ、会場までのエスコートはこんなにも私を綺麗にしてくれた可愛い真里へ任せました」

「………っつぅ!!」


 バンッ


『エスコート』を任せると言っただけなのに、真里に試着室の白い壁へと大きな音と共に押し寄せられてしまった。


「真里……?ど、どうしたの?」

「零お嬢様……私に勘違いさせるような事は言ってはいけません」

 ———なんだか……息が荒そう……?私としては褒めただけなんだけど、ここは素直に頷いておくのが良さそう。

「え?ええ。そうですね。気をつけます?」

「はぁぁ……分かってはいたんですけど、今はいいでしょう。それよりも向かいましょうか」


 なぜか真里に深いため息を吐かれてしまったのが解せないが、今は『パーティー』に集中すべきと判断して保留にする。


 その後、真里に手を引かれるまま『本館』の試着室を出て『別館』の『パーティー会場』のエントランスへと移動することとなった。


ーーーーーーー

カクヨムはPVがなかなか手厳しい……ただの独り言です苦笑 

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