第22話

「嫌よ。お店なんか行かないわ。嫌だ!」


 近所の喫茶店に入ろうとすると、雪江は声をあげた。その声に道行く人が振り返る。茂はなんともい心地悪そうにうなった。


「止めましょう」

 あまりのいやがりように気の毒になって、賢は言った。

「コンビニでなにか食べ物を買って、公園なんかで休みませんか」


「そうね。店だと人が密集して嫌なんでしょうし」茂は困った顔にほほえみを浮かべて言った。


 そして、コンビニまでやってくると、

「五十嵐さん、あなた雪江と外で待ってて、私買ってくるから」

「お金は僕が払います」

 財布を出そうとする賢を制して、

「いいの、ジュースとパンかなにか買ってくるから。年上の私が出すのが本当よ。あんたはおとなしくおごられていなさい」

「でも」

「しっ、何が飲みたい? 嫌いなものは?」

「何でもいいです。ありがとうございます」


 茂がコンビニ入っていくと、駐車場の横の影で、雪江と賢は待っていた。雪江はもう泣いていなかったが、ショールを顔に引き寄せて、その美しい顔を隠していた。雪江としては、だれか知り合いに出会って馬鹿にされるものでもないと考え、怯えているのだ。


「雪江さん」


 賢が突然呼びかけると、雪江はびくりと肩を跳ねさせた。


「怖がらなくても良いですよ。僕が守りますから」

「何を言っているんですか」


 守るとか何なのよ、と雪江は思う。今まで雪江を守ろうとした男なんていない。ましてや、こんな子供にそんな台詞を言われるなんて侮辱である。


「あなたは私たちに関わらないで家に帰って勉強でもしているべきです」

「雪江さんがそういうのなら、僕も頑張ろうと思いますが、今はこうしている方が良いんです。僕、今幸福です。好きです」

「そんなに簡単に人を好きになって、私は信じられません」

「結婚してください」

「だから、どうしてそんなに簡単に言うの?」

 雪江は声をあらげ、賢のことをきっと睨みつけた。


 怒っている顔も可愛いんだ……賢は真っ赤になった。今、二人切りの時間を共有していることがなんと素晴らしいのだろう。


「まあ、あなた赤くなって……本当に好きなの? でもいけないわ。歳が離れすぎているんですもの。それにあなたはまだ未成年で、自分の考えに責任をもてないでしょう。思いつきの考えなどで動いて失敗する恐れがあるの。すぐ足がくじけるの。そういう年代なのよ。あなたは。あなたがわからないのなら大人の私が気をつけてあげなきゃ。だから、私はあなたが道を踏み外さないようにアドバイスを与えるの。好きなのはわかったわ。でも私はあなたを愛せない」

「僕が雪江さんより年上だったら、愛しましたか?」

「私に男はいらないのよ」

「どうしてそう思うのですか。なにか嫌なことを男の人にされたことがあるのですか」

「そうよ」

「……僕はその人とは違う。僕はあなたをあらゆる汚れから守り、幸せにするつもりです。僕はあなたを傷つけない」


 雪江は鼻で笑った。そう簡単に信じられるものでもないのだ。


 冷たくあしらわれた賢は、もどかしかった。どうしたら自分のこの純粋で素敵な愛を見せられるか、それがわからなくて、うまく伝えられないことに苛立った。


 茂がコンビニから出てきた。


「お待たせしました。さあ、行きましょうか」


 賢は歩きながらあれこれ考えた。雪江に自分の愛を証明して受け入れられたかった。


 公園につくと、空いているベンチに三人は腰掛け、コンビニで買ってきたものを取り出した。お茶と、三本入りのみたらし団子だけである。


「一人一本づつよ」


 茂はそういって、みたらし団子を賢に差しだし、賢が一つ取ると、自分もひとつとって、あとは雪江に渡した。


 雪江は受け取ったまま手をつけないでいた。彼女は食べたい気分ではなかった。かといって食べたくない訳でもなかった。どちらかというと、食べないでいる方が楽な気がしたのだ。


「食べないんですか?」

 賢が、雪江の食べないのが気になって言った。


「ええ」

 雪江はふと横を見て、小学校低学年くらいの少年が、お菓子を食べている少年たちの輪から仲間外れにされて、遠巻きにうらやましそうに指をくわえているのをみて、その鼻の垂れたような小さな少年に言った。


「ぼく、おいで。ほらお団子食べない?」


 少年は遠慮するでもなく、

「うん」

 というと雪江の方に近づいてきて、団子をもらい、「ありがとう」とはにかんだように言うと、すぐに団子を口に入れてうまそうに咀嚼した。彼は一人でブランコに乗りに行った。


 雪江は何だか幸福である。


「優しいな雪江さん」賢は感心したように吐息をついた。

「あら私それほど優しくないわよ」

 雪江は謙遜して言った。


 変にいい気にならない。僕の好きな人がこんなんで良かったと、賢は誇らしく思う。

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