第20話
五十嵐賢は、部屋の床いっぱいに並べた写真を見ながら、顎に手を当て、考え込んでいた。今日は火曜日の夜七時。明日はいよいよ雪江に会う。学校に行った帰りに寄るつもりだ。そして、この写真の中から良い物をまたプレゼントするつもりだ。
賢は手を伸ばし一枚の写真を取った。それは水滴を受けて輝くスズランの写真である。なぜだか、この健気さと清純さが雪江を思い起こさせ、気に入った。賢はその写真を封筒に入れると、のりで封をした。
お目にかなわなかった写真たちをかき集めて片づけていると、母が部屋をのぞきにきた。
「やだ、そんなに散らかして。またあんたがいう芸術? 勉強なさい、勉強を」
「今はかたしているんだ。それに勉強するのが良いなんて僕にはかぎらないじゃなかい」
「何言ってんの。大学に行くんでしょ。それも良いところに行かなくちゃだめよ」
「僕は自分のしたいことをする。それが正しい道に進む僕の、僕だけの道筋なんだ。大学なんていかないっていったじゃないか。写真を覚えに働くんだ。どこかのテレビ局か、写真屋にか、出版社に入るんだ」
「馬鹿げたことを」
「なぜ? そんな馬鹿げたことかな?」
「みんな、大勢が進む方と違う方にいこうとしているのは馬鹿げているわ。大勢が進む方が正しいのよ。そうじゃない? 低学歴じゃだれも相手にしないわ。その芸術の方へ就職するにも学歴がいるのよ」
「お母さんだってわかっているじゃないか。僕に勉強の才能のないことをそれに運動だっててんでだめ。僕のことは僕が一番わかっているんだ。僕は自分の歩調で歩く」
「ゆるしませんよ。お母さんは、あなたの破滅がみえる」
「そんなことを言ったってどうにもならないよ。僕は頭が悪いし。うまくいかないことは分かり切っているだろうに。僕は現実主義者なんだ」
「呆れて物も言えないわ」
「じゃあ静かにしてよ」
「なんて口を聞くのだか」
「これが僕だ」
「不良」
「確かに出来は悪い」
機嫌を損ねた母が立ち去ると、賢は溜息を吐いた。実際賢も少しは不安なのである。学歴がないと就職できないかもしれない。しかし、賢は勉強が致命的にできない。そんなんじゃ学歴なんて得られない。必死に勉強しろと思うだろう。しかし、勉強しようとしてもすぐに飽きて、やめてしまうのだ。そして、自分の好きなことに熱中して時間をつぶしてしまう。いけないと思っても、やってしまうのだ。それに、いくら勉強しても内容が頭にはいらないのだ。まるで海の砂浜に指でなんぞと書いたそばから、波にかき消されるように、覚えようとすることが次の瞬間には忘れている。賢は美大に入ろうかなと思ったこともあった。しかし、写真は好きなのに絵を描くのが下手なので無理だろうと思ったのだ。
「僕みたいな不出来な人間もいないよ」
賢はそう思いながら、部屋の片づけをした。
夢。それは早朝の眩しい明かりのように、人を元気付けるものだ。
賢には夢がある。だから、できないことばかりでも落ち込むことなく心は晴れて、明るかった。ごちゃごちゃしているのではなくすっきりしていた。素直に彼は思うのだ。
僕は、好きな仕事に就く。好きなことをして、すきな人と一緒に。
読者諸君そんないらいらするでない。彼は未熟な若者なのだ。世の中には好きだけではうまく行かないものだ。しかし彼はそれがわからない。考えてみてすらない。それでいいのだ。壁にぶち当たったとき、彼は初めて考えるだろう。
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