第3話

 日に日に募っていく竜二への思いに、雪江は目眩を感じて打ちたおれてしまいそうになる。そして、どうかすると、激しく泣きじゃくりたくなる。恋をしていると思う。


 そして、その自分の様があまりに惨めでみっともないと感じる。自分なんかがあんなすてきな男性に……。恋をしている。それは雪江の胸をえぐった。それは、叶うことのない不遇な思いだから。


 恋を意識すると、雪江は、竜二の隣に立ったときなど直ぐに顔が赤くなった。目は潤み、心臓は早鐘のようにうるさく鳴り響いた。手足は震え、持っていた物は、その手を滑り落ちた。物を拾うのにかがむ度、雪江の頬は真夏の日差しのような痛みを伴った熱を感じた。


 雪江はトイレに行く度に、鏡の前に立って櫛で髪をとかした。ぼうぼうと生えていた眉毛も抜いて細くした。上唇の産毛は毎日剃っている。乾燥している唇にピンクの色のついている桃の香りのするリップクリームをぬって、毎朝学校に向かう。


 雪江がめかし込むと、学校のクラスメイトは、自分よりも下だと思っていた人間が、上に上がろうとするのが憎たらしく見えるのか、け落とそうとしてくる。聞こえよがしにブスだのという。人というのは、不幸を味わって俯いて悲しそうにしている者が、ある日から幸せそうに毎日輝いて生き出すと、それを許せないと思うらしい。不幸な人間が幸せになると、自分の幸福が盗まれたように感じるらしい。そう思うのは、一部の心の貧しい人かもしれないが、クラスメイトたちは楽しそうな雪江が癪にさわった。


 聞こえよがしに容姿に対する暴言を吐かれると、雪江は、せっかくすごろくの中盤まで進んでいたのに、いきなりスタート地点に戻されたような、何も進んでいない、何も変わっていない、何も起こる予定もない場所へきたような、そんな心細さを感じる。そして、あきらめのような感じで自分を省みる。

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